いつか見た星空を思い出す
それから私たちは、いろいろな話をするようになった。
城の敷地から出れずやることもなかったので、四人でボードゲームを何度も何度もやったし、一日一回お茶会をした。
そのうちに私とジュリは呼び捨てで敬語を使わず話すようになった。
私は事件が起こる日を正確に覚えていなかった。
大体あと一週間で帰れる、と思っていたくらいで日付をあまり意識していなかったのだ。
陸が予知夢を見るのが合図だ。日付がわからないというのは非常にもどかしかった。毎朝気が気じゃなかった。
けれど、陸はなかなか予知夢を見なかった。
元の世界に戻るまであと6日。
不安でしょうがない私は、朝食の席で何度も陸に予知夢を見ていないか問い詰めてしまう。
あの惨劇を思い出すと、問い詰めずにはいられなかった。
そんな私を見かねて、昼の護衛は城の常駐騎士に任せ、夜にトウヤさん、ケイ、ジュリ、ハイトさんの四人が警護してくれることになった。
陸は予知夢を見ていない。けれど、どうにも胸騒ぎが収まらなかった。
「今日一緒に寝てもいい?」
その日の夜、私は枕を持って陸の部屋を訪ねた。
お風呂も済ませ、パジャマにカーディガンを羽織ってあとは寝るだけ。
目が覚めた時、陸を見て安心したかった。
そう思って訪ねたのに。
「だめだ」
門前払いされてしまった。
けれどここで諦めるわけにはいかない。今にも扉を閉めそうな陸に必死で食い下がる。
「いいじゃん、よく一緒に寝てたでしょ?」
「小学校低学年までの話だ!」
「確かに大きくなってからはお泊り会してないけど……でもいいじゃん、なんでだめなの!」
「なんでって……」
陸が困ったように言い淀む。心なしか頬が赤い気がする。
「お、俺は男で、お前は女だからだ!以上!」
そう言って、勢いよく扉を閉められてしまった。
確かに、私たちは成長したけど。
諦めきれなくて再度扉を叩くと、扉越しに陸の声がした。
「俺は大丈夫だよ。予知夢も見なかったし、今日じゃないんだろ。安心して寝なよ。また明日。おやすみ」
「……うん。おやすみ」
陸が扉から離れる気配がした。
何とも言えない不安が拭いきれなくて、枕をぎゅっと抱きしめる。
後ろでその様子を見守っていたケイが近寄ってきた。
「振られちゃったね、咲季」
「……うん」
「陸も恥ずかしがり屋だなー。こんな機会ないんだし、ビシッと漢を見せるべきなのに~。あ、そうだ。抱き枕をご所望なら僕が添い寝してあげようか?」
「却下だ却下」
「トウヤに聞いてないんだけど?」
「あのなー、そんな危ないこと許可できない」
「えー、ひどくない?」
トウヤさんは、落ち込む私の顔を心配そうに覗き込んだ。
「……大丈夫?咲季ちゃん。寝れそう?」
「……はい。たぶん」
曖昧に微笑む。
私の返答に、トウヤさんは少し思案した後、ジュリを見た。
「よし、ジュリ。今日は咲季ちゃんについててやってくれ」
「「え?」」
わたしとジュリの声が重なる。
「ちょっと……兄上?」
「咲季ちゃんを安心させてやってくれ。なんならお菓子とか用意させるよ」
「で、でも」
トウヤさんの申し出は有難かったけど同時に不安だった。
確かに今晩は寝れそうにない。ジュリが傍にいてくれるならこの不安も紛れるだろう。
けれど、私の安眠よりも、一人でも多く殺人鬼に対抗してもらいたい。
私の考えていることを察したのか、トウヤさんは優しく私の頭を撫でた。
「大丈夫だ。こっちは三人いる。しかも騎士団でも腕に自信がある奴ばかり。安心していい」
「そうそう。君が経験してきた時間では俺もトウヤもやられたらしいけど、今回は三人いるからね。大丈夫大丈夫」
「お任せください。陸さんは必ず守ります」
三人が力強く頷く。
その頼もしい様子に肩の力が少し抜ける。
私は、彼らに向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「ありがとうジュリ。ごめんね」
自分の部屋に戻り、ホットミルクを入れてくれるジュリにぽつりと呟く。
私の言葉に、ジュリはふるふると首を振った。
「ううん。気にしないで。それに、あの三人が揃ってるなら私やることないし。なら咲季のそばでお話していた方がいいでしょ」
ジュリの標準装備は無表情だ。
けれど、短い間だけど話すようになってこうして微笑んでくれることが日に日に多くなった。
少なかった口数もだんだん多くなり、彼女と話す時間がとても好きだった。
私はジュリをベッドに寝転がるよう誘った。
使わせてもらっている部屋のベッドは日本にある私の部屋のものより二倍は大きい。
二人で寝ても余るくらいの大きさだ。
パジャマの私に対して騎士服のジュリはベッドに入るのを躊躇ったけど、なんとか説得する。
シーツに、私のこげ茶の髪とジュリの明るい茶髪が散らばった。
「ねね、恋バナしよ!」
私がそういうと、ジュリは目を丸くした。
「恋バナ……?」
「うん!お泊り会といえば恋バナだよ!」
「そうなの……?私、お泊り会なんて初めてで……」
お泊り会で恋バナがテッパンなのも、ジュリとそういう話がしたかったのも本当。でも本音は少しでも明るい話をしていたかった。
「ジュリは、好きな人とかいるの?」
そう問うと、ジュリは枕元にあったクッションをぎゅっと抱きしめた。
「ううん。いない」
「そうなの?じゃあ、初恋の人とかは?」
「……恋自体、よく分からなくて」
ジュリが少し寂しそうに目を伏せる。
彼女は美少女だ。小さな顔に大きな目を縁取る長いまつげ、整った鼻と唇。美少女の条件である癖のない艶やかな髪まで。
控えめだけど時折見せる笑顔。女の私でさえ、見惚れてしまう時がある。
「そっかー。私が男だったら絶対ジュリのこと好きになっていたと思う」
「……え」
「でも私が好きになってもジュリの周りには素敵な人いっぱいいるもんね。お兄さんのトウヤさんも、ケイもいるし。私はその足元にも及ばないな、きっと」
なんてね、と笑って言うと、ジュリは珍しく少し興奮した様子で反論した。
「そんなことない!私もきっと……咲季のこと好きになると思うもん」
「えー?そう?ふふ、かわいい子にそんなこと言われると嬉しい」
ジュリの言葉が嬉しくてにこにこしてしまう。
けれどそれも、ジュリから次のように言われるまでの間だった。
「……咲季は、陸さんと付き合ってるの?」
「ええええ、この質問三回目」
思わず出てしまった私の嘆きに、ジュリが不思議そうに首を傾げる。
「ごめん。同じ質問をトウヤさんにもケイにもされたから、つい。私と陸は、付き合ってないよ」
「そうなんだ」
心なしかほっとしたような顔をした後に、ジュリは顔を曇らせた。
「咲季、あとちょっとで帰っちゃうんだよね」
その寂しそうな顔に胸が痛む。
元の世界に戻ることで、この世界で出会った人たちと会えなくなるという事実を私は考えないようにしていた。
もちろん、早く帰りたいという気持ちは変わらない。
向こうの世界の両親や友達に早く会いたい気持ちはずっとある。
けれど、向こうの世界に戻ればこの世界に来ることはきっと二度とないだろう。
ただ離れ離れになるのとはわけが違う。この世界と日本では、きっと手紙のやり取りすらできない。完全な別れだろう。
「……帰ってほしくない」
沈黙を肯定と受け取ったのか、ジュリが悲しそうにつぶやく。
「……うん。私も、ジュリともう会えなくなるなんてやだよ」
「ねえ、もうちょっとここにいるのはダメなの?私、咲季ともっと話したいしいろんなとこに行きたい」
「ごめんね。私もそう思うんだけど、元の世界に帰らなきゃいけないの」
慰めるようにジュリの頭を撫でる。
ジュリは私よりふたつ上で要人の警護を任されるほど腕が立つのだろうけど、このようにしょんぼりする姿につい妹のように接してしまう。
最初は常に無表情で接しにくいかも、と思っていたのに、今ではもうジュリを可愛がるトウヤさんの気持ちがよく分かる。
「……寂しい。兄上もきっと、咲季に帰ってほしくないって思ってるよ」
「トウヤさんが?」
「うん。兄上、咲季の話する時すっごい楽しそうだもん。咲季のこと、大事なんだと思う」
「ふふ、そうだとしたら嬉しいな」
「……」
さっきまで悲しそうに目を伏せていたのに、何故かじっと見つめられた。
どうしたんだろう、と思っているとジュリはぐいっと体を近付けてきた。
「兄上は、若くして騎士団長にも高く評価されていて、一昨年行われた剣術大会では一位だったんだよ。それに、町のどんな人にも優しくて人気があって……!」
急に兄上アピール大会が始まってしまった。
その必死な様子に笑みが漏れる。
「ふふ、トウヤさんのこと大好きなんだね」
「……」
私がそう言うと恥ずかしくなったのか、口を噤んでしまった。
「トウヤさんから、小さい時のこと聞いたよ」
「……どんな?」
脳裏に浮かぶのは、鮮やかな海の青と辛そうに揺れるオレンジの瞳。
今でも、思い出すと胸がきゅっと痛む。
「トウヤさん、ジュリと海で星を見るのが好きだったって言ってた。大好きだったって」
「……」
「また一緒に、星を見に行けるといいね」
「……うん。私も、兄上と夜に海に行くの好きだった」
ジュリはごろりと寝返りを打って仰向けになった。
じっと天井を見つめるジュリの口角は、少しだけ上がっていた。きっと思い出しているのだろう。
幼いころに見た、あの海の星空を。
その後もいろいろな話をして気が付いたら私は眠りに落ちていた。
翌朝、私は紅茶の香りで目を覚ました。
「おはよう、咲季」
「おはよう……?」
ジュリがベッドサイドテーブルにティーカップを置いてくれた。
ミルクがたっぷり入った紅茶は、トウヤさんとジュリの髪色みたいだ。
どうしてジュリがいるんだろう、と数秒考え、寝ぼけた頭が覚醒するのと同時に慌てて扉を見た。
「そうだっ、陸は?みんなは?」
今にも飛び出しそうな私を、ジュリが引き留める。
「大丈夫。ずっと起きてたけど外はずっと静かだったよ。この部屋の扉は分厚いけど、乱闘になったらさすがに気付く」
「そっか……」
その言葉にほっと一息つく。
ジュリに促されるまま顔を洗い、服を着替えた。
少しぬるくなった紅茶を飲みながら、ジュリに髪の毛を整えてもらう。
私の髪をいじるジュリはなんだか楽しそうだ。
「そういえば、ジュリには妹とかいるの?」
「ううん、いないよ。なんで?」
「髪触るの、好きそうだから。妹さんにやってあげたりしてたのかなって思ったの」
「自分でやるヘアアレンジと他人にやるの違うから、楽しい。それに、うちは二人兄妹だよ。だからなかなか兄上が妹離れしなくて困ってる」
「羨ましいな。私は一人っ子だからお兄ちゃんいるの憧れる」
「……咲季、私の話聞いてた?困ってるって言ったんだけど」
「ふふ、ちゃんと聞いてたよ」
拗ねたように少し唇を尖らせるジュリはやっぱりなんだか楽しそうで。
されるがまま可愛らしいハーフアップが出来上がるのを鏡越しに見ていた。
「今日は何しようね?」
身支度を整え部屋の扉に向かう。
昨日はあんなに朝が来ることに怯えていたのに、隣にジュリがいるからか不思議と落ち着いていた。
「うーん、ボードゲームも楽しいけど、今日は外で体動かす?」
「いいね!それ。久しぶりに走り回りたい!」
「じゃあ鬼ごっこでもする?」
「えー、現役騎士様に本気出されたら私と陸は勝てないよー……」
笑い合いながら、部屋のドアノブに手をかける。
その先に広がっているのは昨日までと同じ日常。扉を開けたらみんなが挨拶をしてくれて、陸が「ほら、大丈夫って言っただろ?」って笑う。みんなで朝ごはんを食べる、いつも通りの一日。もしかしたら陸が予知夢を見ていて、今日の夜こそ眠れないかもしれないけれど。
大丈夫。大丈夫ー……。
「……?」
ジュリが扉を開ける手が途中で止まる。いや、何かに引っかかって扉がそれ以上開かなかったのだ。
そして、扉を開けた途端に感じる、いつもと違う匂い……。
『駄目だったんだ』と思った。
「兄上……!」
ドアの隙間から出てジュリがトウヤさんに駆け寄る。
騎士服は胸を中心に血で染まり、壁にもたれて座り込んでいる彼の腕は力なく垂れ下がっていた。
ジュリがトウヤさんの脈を確かめる。
「そんな……そんな、起きて、起きてください、兄上、兄上……!」
もう息がないのは私から見ても分かった。
それでも取り乱しながら何度も何度も脈を確かめるジュリをこれ以上見ていられなくて、私は陸の部屋に足を向けた。
この扉を開けたくない。
トウヤさんの近くには、ケイとハイトさんも倒れていた。
この先に見るのは絶望だろう。
だけど、私は扉を開けた。絶望を希望に塗り替えるために。




