約束
「……季、咲季!」
私を呼ぶ声で、目を開ける。
「……大丈夫か?座った瞬間急に寝だしたんだよ」
目の前の光景に、私は何度も瞬きを繰り返す。
隣には心配そうに覗き込んでくる陸、テーブルを挟んでトウヤさんとケイ。
それを認識した瞬間、頬に熱いものが流れる。
「え、ちょ、咲季?」
陸の慌てたような声が聞こえる。
「咲季ちゃん?ど、どうした?」
「怖い夢でも見たの?もう大丈夫だよ~」
優しく背中を撫でてくれる陸の手。
その温かさに、涙が止まらなくなってしまった。
子供みたいに声を上げて泣いて、涙が止まるころにはテーブルの前に大きなホールケーキが置いてあった。
「……今日誰か誕生日なんですか?」
四人では食べきれないほどの大きさのケーキを前に、陸がぽつりと問う。
「ううん?でもほら、悲しいときは甘いものかなーって」
「それってケイが食べたいだけだろ?……まあでもそれで咲季ちゃんが喜ぶならいいんだけどさ」
「でしょ?ね、食べよ食べよ」
泣きすぎて頭が痛い。目もぱんぱんに腫れているはずだ。
目の前のやり取りをぼんやり眺めていると、口元に一口大のケーキが乗ったフォークが差し出された。
その手の主は、優しく微笑んだ陸だった。
「ほら、甘いもの食べて元気出せ」
口を開けて陸の手ずからケーキを食べる。
クリームの甘さが体中に染み渡って、私はまた少し泣いてしまった。
前回は目を逸らしてしまったけれど、これまで起こったことは夢なんかじゃない、とようやく理解した。
陸は、死んでしまった。……二回も。
一回目はケイが大けがをしてしまい、二回目はトウヤさんまで命を落としてしまった。
そして私が陸の死に絶望していると巻き戻る世界。
私は、ループしているのだ。
きっとループから抜け出すにはあの事件を防がないといけないだろう。
……もしかして、このループの力は「救世主」によるものなんだろうか。
「救世主は世界に安寧をもたらす」
もしも、今までの救世主にもループの力があったのだとしたら。
救世主は安寧をもたらす存在なんかじゃなくて、一番いい結末になるまで何度も何度も繰り返したんじゃないか。
そう思うと、ぞっとする。
無論、私は陸がいなくなってしまうなんて嫌だから、何度ループしてでもあの事件を防ぐんだけど。
みんなでケーキを食べつつ、陸の予知夢の話となった。
「それで?陸くんは馬車の中でどんな夢を見たんだ?」
なんとなく予想はしていたけど、「今」は海に行った後、陸から予知夢の話を聞くところだった。
一回目も目を覚ましたら同じ時間だった。
陸は一通り夢で見たことについて話す。
その内容も、それに対する護衛二人の反応も前二回と全く同じ。
トウヤさんが騎士団に行く、と席を立とうとしたところで、私は慌てて引き留めた。
「私からもよろしいでしょうか……」
これまでのことを全て皆に話す。
同じ時間を繰り返していること。
二回起きてしまった悲劇。
声が震えて、上手く話せないところもあった。
陸が殺されてしまう、と口にした時にはパンパンの目からまた涙が零れ落ちた。
涙で話せなくなっていると、陸が手を握ってくれた。強く強く握りしめてくれた。
こんな話、信じてくれるか分からない。現実味のない噓みたいな話だ。でも、三人は口を挟まず静かに最後まで話を聞いてくれた。
すべてを話し終わると、部屋に沈黙が落ちる。
右手には陸の手のぬくもり。お互い少し汗ばんでいるけど、強く繋がれたまま。
トウヤさんは顎に手を当てて少し思索した後、安心させるような優しい笑顔を浮かべた。
「話してくれてありがとう。対策としてだけど、君たちの警護を増やす、っていうのはどうだ?」
「あ、それさんせーい。そもそも大切なお客様相手に二人しかつけないなんてうちの王様酷くない?寄せ集めるだけ集めようよ、100人くらい」
「……信じてくれるんですか?」
思ったよりもあっさりと肯定されて驚いてしまう。
私の問いに、彼らは迷いなく頷いた。
「うん。陸が予知夢を見るんなら咲季が時間を繰り返すのもあるんじゃない?」
「咲季ちゃんが嘘ついてるようにも見えない」
隣を見ると、陸も力強く頷いてくれた。
彼らの優しさに心が軽くなるのを感じた。
「ありがとうございます……!」
トウヤさんの提案通り、護衛を増やすという方向でまとまった。
事件の日はできる限り多くの護衛で守りを固めてくれるそうだ。
一回目も二回目も護衛は一人だけだった。どれだけ殺人鬼の方が強かろうと、沢山の騎士相手ではきっと勝てないはずだ。
話し合いを終えるころには夕食時だったので夕食を食べた後、私たちは部屋に戻ってきた。
けれど私は自分の部屋ではなく、陸の部屋に入った。お風呂の時間まで話そう、と私から誘った。
扉を閉めて二人きりになった瞬間、背中に熱を感じた。
陸に後ろから抱きしめられてるんだ、と少しして気付く。
幼いころこそ手をつないだりハグなんて日常茶飯事だった。
成長するにつれ、登校の時に手を繋がなくなったしハグなんてしようものならきっと拒否られる。
けれどこの世界に来てからスキンシップが増えて、昔に戻ったようでそれが少し嬉しくもあった。
「…陸?」
抱きしめてくれる陸の体が震えている。
そのことに気付いて振り向こうとするも陸の力が強くて動けない。
陸は無言のまま、私の肩に額をつけた。
彼の髪が首や頬に当たってくすぐったい。
肩が濡れる気配に、私は陸の頭を撫でる。
陸はより一層抱きしめる腕の力を強くして、静かに涙を流していた。
少し経って、恥ずかしくなったのか陸はぱっと腕を離した。
急に体が自由になり、驚いて彼を振り返る。
「陸」
「泣いてない」
「まだなんにも言ってないってば」
「……泣いてないから」
「ふふ、そうだね」
陸の目は私と同じく赤くなっていた。
「……自分が死ぬ、なんて嫌な気持ちになったでしょ。ごめんね」
ソファに移動してからそう言うと、陸は呆れたように眉を下げた。
「お前が謝る必要なんてない。咲季は自分の心配でもしてろ」
「自分の?」
「……繰り返す、なんて辛いに決まってる。……ほら、俺は、平気だから。トウヤさん達が策を立ててくれてるし、それに、こんなところで死んでられないから」
後半、陸がわざとらしいくらい明るく言う。
私を安心させようとしてくれている陸の気持ちが嬉しい。
「……あのさ、咲季。無事、帰ることができたら話したいことがあるんだ」
「今じゃダメなの?」
「元の世界で、ちゃんと言いたい」
真剣な顔で言う陸の瞳に吸い込まれそうになる。
(……話したい、こと)
それがなんなのか。今すぐ聞きたい衝動に駆られつつも、私はこくりと頷いた。




