情熱的な
一通り遊んで、まだ日が沈み切ってないうちに帰りの馬車に乗り込む。
馬車の中はケイと陸と私、外にトウヤさんが馬に乗って並行している。行きと同じだ。
「ありゃ、陸、寝ちゃったねえ」
服が濡れることを厭わず全力で海水をかけあっていた陸とケイは、浜に上がってきた時には案の定全身ずぶ濡れだった。
そのまま馬車に乗りこもうとするケイをトウヤさんが止めて、ある程度乾くまで日光浴をしてから現在に至る。
陸は疲れてしまったのか、馬車に乗って少し経ったころに寝息を立て始めた。
高校生になり、身長が伸びて声も変わったけれど、寝顔は幼いころの陸のままでつい口元が緩んでしまう。
目にかかりそうな前髪を起こさないように分けてあげると、向かいの席に座るケイが小声で問いかけてきた。
「咲季はさ、陸と付き合ってるの?」
この世界に来てから二度目の質問に、首を横に振る。
「付き合ってません。トウヤさんにも同じこと聞かれたけどそんなに私たち恋人同士に見える…?」
「んー、陸の態度がさ?今日も咲季に日焼け止め塗ってあげるっていったら止めに来たじゃん?」
「あれは陸が過保護なだけだよ、陸にとって私はいつまでも小さい時のまま止まってるんだと思う」
「……うーわ、陸、かわいそ」
「え?なにが?」
「なんでもなーい。じゃあ、いま咲季は恋人いないの?」
「う……実はいたことなくて。素敵だと思う人は何人かいたけど実ったことなくて」
「ふーん……番犬くんのおかげかな?」
「?」
ぽつりと呟いた言葉の意味が理解できずケイを見つめると、彼は口の端をゆっくりと持ち上げた。
そして少し身を乗り出して私の髪を一房手に取り、くるくるとその指にゆるく巻きつける。
僅かな熱を孕んだ瞳で上目遣いで見つめられ、その深い赤に捕らわれたようにケイから目が離せなくなってしまう。
「じゃあ、僕が立候補しちゃおうかな?」
「……ケイ?」
どうせいつものように揶揄っているだけだろうと。
そう思うのに、ケイの瞳が思いのほか真剣に見えてしまう。
甘くもあり緊迫した空気の中、ケイが私の髪を巻き付けた指を、その形のいい唇に寄せた。
「……っ」
馬車の中で髪に口づけされる、なんてまるで物語の一部のようだ。
ちゅ、とわざとらしいリップ音が馬車内に響く。
私の心音はドクドクと早く、体は一瞬で熱を持った。
揶揄わないでください、そう言いたいのに上手く唇が動かない。
「……っ、なに、やってんですか」
隣から聞きなれた声がするのと同時に、陸がケイの手首を掴んだ。その勢いで捕らわれていた髪がはらりと自由になる。
甘く張り詰めた空気がなくなりほっとするのと同時に、陸の姿を見てほんの少しの違和感を覚える。
「ちぇ、番犬が起きた」
「番犬ってなんですか。咲季にちょっかいをかけないでください」
「反応が楽しいからつい~」
ケイと言い合いをする姿はいつも通りの陸だ。
けれど、どうしても気になって私は彼の名前を呼ぶ。
「陸」
私に向けられた瞳は、わずかに揺れていた。
やっぱり、おかしい。
陸の額の汗で張り付いた前髪に手を伸ばし、横に払う。
この汗は、きっと暑いからかいているわけではないと思った。
「どうしたの?陸」
「え……?」
「なにか、心配事?」
陸の黒い瞳が丸く見開かれたかと思うと、くしゃりと少し乱暴に頭を撫でられた。
「わっ、陸!?」
「ほんと、咲季には敵わない」
ぽつりと呟いた後、陸はケイに向き合った。
「夢を見ました。……きっと、予知夢だと思います」
城に戻ると、私たちの部屋ではなく客室に通された。
紅茶とお菓子が運ばれ、私たち以外誰もいなくなったところでケイが口を開く。
「それで?一体どんな夢を見たの?」
向かいのソファに座るトウヤさんとケイにまっすぐ見られ、陸の体がぴくりと強張る。
予知夢。それはきっと恐ろしい光景を見たということで。
馬車の中の不安げな陸の様子を思い出すと、胸が苦しくなる。
中々話し出せずにいる陸の手をそっと握ると、ぎゅっと握り返してくれた。
少しの沈黙の後、陸はゆっくりと口を開いた。
「……今日行った港の近くだと思います。街並みが似ていました。海岸沿いを女性が一人で歩いていて、男が前から近づいてきた。二人は顔見知りだったと思います。少し談笑していたかと思ったら、男が急に刃物で女性の心臓を刺した」
「陸、犯人の顔見たの?」
「いえ。全体的に靄がかかったようで、犯人はその背格好から男だということしか分かりませんでした。被害者も少ししか見えなかったんですが、女性にしては背が高めな方かと。髪を縛っていました」
「顔見知りの犯行、か…。それが連続殺人鬼によるものか、模倣犯によるものか分からないが、被害を防げるなら防ぎたい。場所は、他に何か見えたか?近くにどんな建物があるとか」
「確か…近くに、黄色い屋根の家が何軒か建っていた気がします」
「海岸沿いから見える黄色い屋根…分かった。陸くん、ありがとう」
騎士団に話してくる、とトウヤさんは席を立った。
昼間、彼は生まれが近くだと言っていたから、もしかして場所に心当たりがあるのかもしれない。
「お手柄だよ、陸。もしかしたらこれで連続殺人鬼が捕まるかもしれない」
「そう、だといいんですけど」
少し顔色の悪い陸が痛々しくて、私は繋いだ手の力を少しだけ強くした。




