第9話:泣いて馬謖(ばしょく)を斬る ~インターン選考~
就活において、最も残酷な選別が行われる場所。
それが外資系戦略コンサルのインターン選考である。
ここでは「協調性」などという甘い言葉は通用しない。求められるのは、圧倒的な「論理」と「成果」のみ。
勇(司馬懿)が参加した1dayインターン。
5人1組のチーム対抗で行われるビジネスゲームのお題は、『新規カフェチェーンの出店戦略を立案せよ』だった。
「ふん、簡単なことだ。人通りの多い駅前(平地)を押さえ、回転率で勝負すればいい」
勇が定石を提案しようとした時、一人の男が声を荒げた。
「待ってください。そんなコモディティ化したレッドオーシャンで戦ってもジリ貧ですよ」
男の名は「馬場」。
東大経済学部卒(予定)、学生起業経験あり、TOEIC900点。
全身から「俺は天才だ」というオーラを放つ、絵に描いたような意識高い系エリートだ。
(……こやつ。才能はあるが、危ういな)
勇は、馬場の瞳の奥に、かつて蜀の軍師・諸葛亮が重用し、そして処断せざるを得なかった愛弟子・馬謖の面影を見た。
馬場はホワイトボードにピラミッド図を描きながら熱弁を振るう。
「僕のプランはこうです。あえて駅前を捨て、『地価の高い高級住宅街の丘の上(山頂)』に一店舗だけ出店する。超高級ブランディングで単価を上げ、あえて客を選別するんです!」
「待て。それでは客足(水)が断たれるぞ。カフェの本質は利便性だ」
勇は諫めたが、馬場は聞く耳を持たない。
「司馬くん、君の考えは古いよ。これからは『体験価値』の時代だ。僕の才覚を信じてください!」
その自信に押され、他のメンバーも「馬場くん、凄そうだし……」と賛同してしまった。
勇は小さく舌打ちをした。(王平のように)諫言したが無駄か。ならば……。
* * *
結果は惨敗だった。
シミュレーション上のカフェは、客が全く来ずに閑古鳥が鳴き、固定費だけで赤字が膨らみ倒産した。
「山頂に陣取る」という馬場の独断は、兵法の基本を無視した愚策だったのだ。
選考官の冷ややかな視線がチームに突き刺さる。
「チームD、最下位ですね。敗因は?」
馬場は顔面蒼白で震えている。「いや、市場の変動が……シミュレーションのバグでは……」と言い訳にもならない言葉を漏らす。
このままでは連帯責任で全員不合格だ。
その時、勇がスッと挙手し、立ち上がった。
その目には、大粒の涙が溜まっていた。
「……全ては、私の責任です」
「えっ?」馬場が驚いて顔を上げる。
勇はハンカチで目元を拭いながら、切々と語り始めた。
「馬場くんの『山頂戦略』……そのリスクに私は気づいていました。しかし、彼の情熱と、これまでの努力を知っていたがゆえに……私は彼を強く止めることができなかった! チームの和を優先するあまり、誤った戦略を看過してしまったのです!」
勇の声は震え、会場中の同情を誘った。
「馬場くんは優秀です! ただ、少し経験が足りなかっただけなんです! 彼を責めないでやってください! 責めるなら、リーダーシップを発揮できなかったこの私を……ッ!」
美しい師弟愛。自己犠牲の精神。
だが、その実態は「馬場の独断専行」という事実を、審査員の前でこれ以上ないほど明確に強調し、全ての罪を彼になすりつける告発だった。
選考官のペンが動く。
(なるほど。この司馬という学生、敗因(馬場)を正確に分析できている。しかも、あえて泥を被ることでチームの空気を守ろうとする度量もある)
結果発表。
「チームDからは、司馬さん一名のみ通過とします」
「な……なんでだよぉぉぉ!」
馬場が絶叫し、係員につまみ出されていく。
勇は、連行される馬場(馬謖)の背中を、涙を拭いながら見送った。
「すまぬ、馬場よ。……泣いて貴様を斬らねば、私の内定(軍律)が守れんのだ」
廊下に出た勇の目からは、すでに涙は消え失せていた。
あるのは、邪魔者を排除し、生存競争を勝ち残った狼の冷徹な眼光のみ。
無能な味方は、敵よりも恐ろしい。それを処理するのもまた、軍師の務めである。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.009:信賞必罰
諸葛亮は、街亭の戦いで命令違反を犯し敗北した愛弟子・馬謖を、軍律を守るために涙ながらに処刑した。
現代のビジネス、特にチーム単位での評価が行われる場において、ミスの責任の所在を曖昧にすることは全滅を意味する。
真のリーダーとは、情に流される者ではない。腐ったミカン(無能な味方)を適切かつ迅速に箱から取り除き、組織全体の生存率を高める決断ができる者のことを言うのである。たとえそれが、演技の涙であったとしても。




