第70話:株主総会の勝利、そして終わらない戦い
「……それでは、第3号議案『現経営陣の解任ならびにApplexによる完全子会社化』の採決結果を発表します」
都内の高級ホテル「飛天の間」。
ウェイソル臨時株主総会の会場は、静まり返っていた。
壇上の議長が、震える手で集計結果の紙を読み上げる。
「賛成、49.2%。……反対、50.8%」
一瞬の空白。そして。
「よって、本議案は……否決されました!」
ワァァァァァァァッ!!
会場が揺れた。
「やったわ! ウチの旦那の職場、守ったわよ!」と春香率いる主婦軍団が抱き合う。
「ウェイソル万歳! スパゲッティコード万歳!」と秋葉原のギークたちがペンライト(なぜか持参)を振る。
会場の外に集まっていた「ウェイソル義勇軍」の若者たちも、スマホを見て歓声を上げる。
薄氷の勝利だった。
春香や玲奈たちの草の根活動、そして勇の捨て身の「焦土作戦」がなければ、確実に負けていた。
* * *
紙吹雪が舞う中、勇(司馬懿)は一人、無表情で壇上に立っていた。
隣でソウ専務が「見たか! 俺たちの人望を!」とガッツポーズをしているが、勇はそれを冷ややかな目で見下ろした。
(……喜ぶな、愚か者ども。これは勝利ではない。ただの「延命」だ)
勇の視線は、会場の出口に向かう白いスーツの男――ジェームズ・K・モロクズ(孔明)の背中に釘付けになっていた。
敗北したはずの彼の歩調には、乱れも、悔しさも、微塵も感じられない。
勇は壇上を降り、モロクズを呼び止めた。
「待て。モロクズ」
モロクズが足を止める。
振り返ったその顔は、やはり能面のように無機質だった。
「おめでとう、Mr.シマ。……素晴らしい防衛戦だった。特に『焦土作戦』という非合理な手を打ってきた点は、私の予測モデルの誤差範囲だったよ」
「皮肉か。……さっさと国へ帰れ」
勇が吐き捨てるように言うと、モロクズは首を横に振った。
「帰る? なぜだね?」
「TOBは失敗した。お前たちの負けだ」
「いいや。これは『プランA』が棄却されただけに過ぎない」
モロクズは、右耳のイヤホンに手を当て、何かの指示を受信したように頷いた。
「AI『KOMEI』は、既に次の最適解を生成した。……プランBへ移行する」
「プランB……?」
「資本による平和的な解決が拒まれた以上、次は『物理的干渉』フェーズに入る」
モロクズの瞳の奥から、完全に光が消えた。
「サーバーへの直接侵入、インフラの破壊、あるいはキーマンの排除。……手段は問わない。ウェイソルの機能を停止させ、残骸を回収する」
「貴様……! それはテロリズムだぞ!」
「効率化だ。……では、また会おう。戦場を変えて」
モロクズは優雅に一礼し、黒塗りの車へと消えていった。
* * *
会場に残された勇は、背筋が凍りつくのを感じた。
人間ならば、負ければ心が折れる。資金が尽きれば撤退する。
だが、相手はAIだ。
感情も疲労もなく、目的を達成するまで無限に「コンティニュー」を繰り返す、デジタルのゾンビ。
「……終わらんのか」
周囲の歓声が、遠く聞こえる。
紙吹雪が、まるで死者に手向ける白い花のように見えた。
勇は、ポケットの中の栄養ドリンクを強く握りしめた。
戦いは終わっていない。
むしろ、ルール無用の殺し合いは、ここからが本番なのだ。
「上等だ。……死ぬまで付き合ってやるよ、孔明」
勇の独り言は、歓声にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
---
【史実から学ぶビジネス兵法】
No.070:北伐の継続
諸葛亮は、幾度敗れても決して諦めず、死ぬまで魏への侵攻(北伐)を繰り返した。
魏の側から見れば、それは「終わりのない悪夢」であった。撃退しても撃退しても、翌年にはまた新しい戦術で攻めてくる。
現代のAIもまた同じである。失敗(Loss)を検知すれば、パラメータを修正し、何度でも試行(Epoch)を繰り返す。
彼らに「諦め」という概念はない。
この無限の敵と対峙する現代の司馬懿には、「勝利」というゴールはなく、「永遠の戦時下」を生き抜く覚悟だけが求められる。




