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第7話:グループディスカッション(GD)の舌戦

就活戦線において、最も不確定要素が強い戦場。

それが「グループディスカッション(GD)」である。


大手広告代理店の選考会場。

勇(司馬懿)が配属されたテーブルには、初対面の学生が6人集められていた。

面接官はストップウォッチを片手に、少し離れた席から鷹のような目でこちらを監視している。


「では、始めてください。お題は『無人島に一つだけ持っていくなら?』です。制限時間は30分」


開始の合図と同時だった。


「はい! まず定義付けから始めましょう! 無人島の緯度は? 漂流期間は? ゴールは脱出なのか永住なのか? そこを明確にしないと議論になりませんよね!」


口火を切ったのは、ストライプのスーツを着た男だった。

髪をワックスで固め、高そうな腕時計をチラつかせている。

勇は瞬時に彼を分析した。

(声が大きい。早口だ。そして他人の意見を聞く気配がない。……典型的な「クラッシャー」だな)


男はホワイトボードの前を陣取り、マーカーを片手に独演会を始めた。

「僕は『ナイフ』一択だと思いますね。サバイバル教本でも必須とされてますし、リスクヘッジの観点からも……」


他の学生が口を挟もうとしても、「いや、その意見はロジックが弱いですね」「エビデンスは?」と畳み掛けて封殺する。

場の空気は最悪だ。萎縮して黙り込む女子学生(地蔵)もいる。

このままでは、「協調性のないグループ」として全員共倒れ(不合格)になる。


(やれやれ。これだから凡夫は……)


勇は静かに息を吐くと、おもむろに口を開いた。

かつて諸葛孔明が、呉の論客たちをたった一人で論破した「舌戦」を再現するかのように。


「素晴らしい意見ですね。ナイフ、実に実用的だ」


勇は穏やかな笑みを浮かべて、クラッシャーに同意した。

男は「でしょ?」と鼻を高くする。


「しかし、貴殿は冒頭で『定義付けが大事』と仰いましたね。もし、この無人島に果実や小動物が豊富で、ナイフなど使わずとも食料が手に入る環境だったら? あるいは、救助が明日来るかもしれない状況だったら? ナイフはただの鉄屑になりませんか?」


「え? いや、それは……最悪のケースを想定するのがリスクヘッジで……」


「最悪のケース? ならば、怪我や病気のリスクが最も高い。ナイフで誤って指を切れば、破傷風で死ぬ恐れもある。生存率サバイバルを最優先するなら、ナイフよりも『抗生物質』や『浄水器』の方が論理的整合性が高いのでは?」


「うぐっ……」


男が言葉に詰まる。勇は畳み掛けることなく、優雅に視線を外した。

論破は目的ではない。主導権を奪うことが目的なのだ。


「それに、我々はこの6人で一つのチームです。貴殿一人の最適解ではなく、全員が納得できる『納得解』を導き出すのが、この場のミッションではありませんか?」


勇の言葉に、他のメンバーが「そうだそうだ」という目で頷く。

クラッシャーは顔を赤らめ、マーカーを置いて席に戻った。場の支配者が交代した瞬間だった。


勇は、今度は部屋の隅で一言も発せずに震えている女子学生(地蔵)に、慈愛に満ちた視線を向けた。


「そこの彼女。貴女はずっと何か言いたそうにしていたね。……正解でなくていい。貴女の『想い』を聞かせてくれないか?」


「え……あ、あの……私は……『家族の写真』がいいかなって……」


小さな声だった。クラッシャーが「は? 写真? 役に立たねーよ」と嘲笑しようとするが、勇はそれを手で制した。


「なるほど。『家族の写真』か。素晴らしい」


「えっ?」


「無人島で最も恐ろしい敵は、飢えでも猛獣でもない。『孤独』だ。孤独による精神崩壊を防ぐための『写真』。それはメンタルケアという観点で、ナイフ以上に生存に不可欠なツールと言える」


勇は大きく頷き、ホワイトボードに『精神的支柱(写真)』と大きく書き込んだ。


「機能的価値だけでなく、情緒的価値まで網羅する。……彼女の視点は、実に鋭い」


女子学生の顔がパッと輝く。「あ、ありがとうございます!」

場の空気が一気に暖まる。

「確かにメンタル大事かも」「じゃあ、スマホなら写真も見れるしライトにもなるよね」「おお、それだ!」

議論が活性化し、最終的に「スマホ(ソーラー充電器付き)」という結論でまとまった。


終了のブザー。

面接官は、満足そうにメモを取っている。

その視線の先にあるのは、議論を回し、他者の意見を引き出し、チームを勝利(結論)へと導いた「徳のあるリーダー」――すなわち、勇だ。


(チョロいものだ)


勇は内心で冷笑した。

クラッシャーを刺し殺し、地蔵に情けをかけたのではない。

邪魔な敵を排除し、無害な弱者を味方につけることで、自分の「器」を大きく見せたに過ぎない。


「お疲れ様でした! 司馬さん、凄かったです!」

女子学生が尊敬の眼差しで駆け寄ってくる。

勇は「いやいや、君の意見が突破口だったよ」と爽やかに笑い返した。


これぞ、劉備玄徳が如き「徳」の演技。

現代の採用基準において、最強の武器は「愛されるリーダーシップ」である。


---


【史実から学ぶビジネス兵法】


No.007:舌戦ディベート

赤壁の戦いの前夜、諸葛亮は呉に乗り込み、降伏を説く文官たちを言葉巧みに論破し、開戦へと世論を導いた。

グループディスカッションにおいて重要なのは、正解を出すことではない。「誰がこの場の空気を支配ドミネートしているか」を面接官に見せつけることである。

論理的に相手の矛盾を突きつつ(攻撃)、発言の少ない者をフォローする(守備)。この硬軟自在な立ち回りこそが、組織が求める「調整能力」の証明となる。

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