表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/70

第68話:女たちの後宮(ハレム)外交

運命の株主総会まで、あと3日。

勇(司馬懿)の「焦土作戦」によってApplexの足は止まったが、勝負が決したわけではない。

委任状の集計状況は、賛成49%、反対49%。

完全な拮抗状態デッドヒート。あと数千票、わずかな差が勝敗を分ける。


「……票が、読めん」


勇は頭を抱えた。

機関投資家や大口株主は押さえた。だが、市場に散らばる浮動株、特に「主婦層」や「ノンポリ層」の動向が全く読めないのだ。


「私に策はない。……天命を待つのみか」


万策尽きた勇が天を仰いだその時、彼の知らないところで、「女たちの戦い」が始まっていた。


   *  *  *


【戦場1:ファミレス「ガスト」 ~主婦層の包囲~】


「いい? 皆さん。これはただの株の話じゃないの。『家庭の平和』の問題よ!」


ドリンクバーのコーヒーを片手に、テーブルを叩いて演説しているのは、勇の妻・春香(張春華)だ。

周囲を囲むのは、近所のママ友、PTA役員、そして地域のおばちゃんネットワークの重鎮たち。


「Applexなんて冷たい外資に乗っ取られたら、ウチの旦那はリストラ! 給食費も払えなくなるわ! ……それでもいいの!?」


春香の「情」に訴える演説(脅迫に近い)に、ママ友たちが涙ぐむ。


「それは困るわ! 春香さんの旦那さんが無職になったら、誰が町内会の神輿を担ぐのよ!」

「ウチの旦那も株持ってるわ! 絶対に『反対』に丸つけさせる!」


春香はニヤリと笑った。

「ありがとう! ……あ、ついでに駅前のスーパーの特売情報も共有しとくわね」


恐怖と利益誘導。

春香は「ママ友LINEグループ」という最強の通信網を駆使し、地域一帯の主婦層株主を、鉄の結束で囲い込んでいった。


   *  *  *


【戦場2:秋葉原・某サーバーカフェ ~ギーク層の扇動~】


「聞いてくれ、同志たちよ!」


薄暗い店内で、PMの玲奈が叫んでいた。

目の前にいるのは、秋葉原に生息するエンジニア、ハッカー、そして重度のオタク株主たち。


「ウェイソルは、我々にとって最後の『聖地サンクチュアリ』だ! Applexに買収されれば、我々の愛する変態的なソースコードは全て『きれいなだけのクリーンコード』に書き換えられる!」


玲奈は、ウェイソル開発部の「汚くも美しいスパゲッティコード」をスクリーンに投影した。


「見ろ、この職人芸を! これをGAFAのAI如きに修正させていいのか!?」


「うぉぉぉッ! 絶対に許せねぇ!!」

「俺たちの技術を守れェェ!!」


オタクたちが雄叫びを上げる。

玲奈は、彼らの「技術愛」と「反権威主義」を巧みに刺激し、ネット掲示板やGitHubを通じて、ギーク層の票を総動員させていた。


   *  *  *


【戦場3:西麻布・会員制バー ~メディアへの工作~】


「……ねえ、編集長ぉ。ここだけの話なんですけどぉ」


広報の美咲は、大手経済誌の編集長とグラスを重ねていた。

彼女の少し開いた胸元と、潤んだ瞳に、編集長はデレデレだ。


「Applexさん、実は日本撤退も視野に入れてるって噂……ご存知です?」


「えっ、本当かい?」


「はいぃ。だからウェイソルを買収したら、すぐに資産を切り売りして、社員は全員ポイ捨て……なんて話も。……酷いですよねぇ?」


美咲は嘘泣きしてみせる。

もちろん根拠などない。だが、美人の広報が涙ながらに語る「噂」は、おじさんジャーナリストにとって真実以上の重みを持つ。


「そ、それは許せん! 明日の朝刊で『Applexの冷酷な野望』という記事を書こう!」


「うれしい! 編集長大好き!」


美咲は心の中で舌を出した。

(チョロいわね。……勇くんのためなら、悪女にだってなってやるわ)


   *  *  *


翌日。勇のデスク。

集計モニターの数字が、信じられない動きを見せた。


『反対票、急増! 51%……53%……55%!』


「な、なんだこれは……!? どこから票が湧いてきた!?」


勇が驚愕していると、スマホに3通のメッセージが同時に届いた。


春香:『町内会の票、全部まとめたから。今夜はハンバーグよ』

玲奈:『ネット民の総意、ゲットしました! 技術の勝利です!』

美咲:『メディアの論調、変えておきました♡ 褒めてくださいね』


勇は、スマホを持つ手が震えるのを感じた。

自分の指示ではない。彼女たちが、それぞれの判断で、それぞれの武器を使って戦い、勝利をもぎ取ってきたのだ。


「……恐ろしい」


勇は、窓の外の空を見上げた。


(これが『後宮ハレム』の力か。……彼女たちは、私への愛で動いているのではない。自分の「居場所(巣)」を守るために、男以上に獰猛に牙を剥くのだ)


かつて、魏の宮廷においても、皇后や妃たちが政治を裏で操った。

現代のウェイソル王国においても、真の支配者は、玉座に座る男ではなく、その周囲を固める女たちなのかもしれない。


「……彼女たちを敵に回すことだけは、避けねばならんな」


勇は冷や汗を拭い、来たる株主総会への勝利を確信した。


---


【史実から学ぶビジネス兵法】


No.068:後宮の勢力

皇帝の権力が絶対であるほど、その寵愛を受ける「後宮(妻、愛人、母)」の影響力は強大になる。

彼女たちの行動原理は、国家の大義ではなく、「自分と子供の生存圏テリトリーの防衛」にある。ゆえに、その手段は感情的でありながら、極めて実利的で容赦がない。

組織論において、リーダーの配偶者や女性側近が持つ「非公式な権力」を軽視する者は、足元から寝首をかかれることになる。

彼女たちは、表の会議室では決まらないことを、井戸端会議や寝室で決定してしまうからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ