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第67話:焦土作戦(クラウンジュエル)

ApplexによるTOB期限まで、あと24時間。

ウェイソル本社、大会議室。

勇(司馬懿)は、役員と主要エンジニアたちを前に、一冊の分厚い契約書を叩きつけた。


「……これより、『クラウンジュエル(王冠の宝石)』防衛を発動する」


勇の声は、静まり返った室内に重く響いた。


「我が社の資産価値の源泉である『次世代通信プロトコル・特許第509号』。……これを、私が設立した別会社『SIホールディングス』へ譲渡する」


「なっ……!?」


開発部長の猪口(許褚)が椅子を蹴って立ち上がった。


「ふざけんな司馬ァ! その特許は俺たちの血と汗の結晶だぞ! 会社の命そのものじゃねぇか! それを切り離して、ウェイソルを空っぽにする気か!?」


他の社員たちも騒然となる。

特許のないウェイソルなど、エンジンを抜かれたフェラーリと同じだ。価値はゼロになる。

それは、会社を守るための自殺行為だった。


「その通りだ」


勇は猪口の怒号を、冷ややかな瞳で受け止めた。


「Applexが欲しいのは、ウェイソルという『箱』ではない。中に入っている『宝石(特許)』だ。……ならば、箱を渡す前に宝石を捨ててしまえばいい」


勇はホワイトボードに、燃え盛る城の絵を描いた。


「敵が城に入ってきた時、食料も財宝も全て焼き払われていたらどうする? ……占領する意味がなくなるだろう」


「だからって、自分たちで火をつけるのかよ!?」


「そうだ。……奴隷として生きるくらいなら、灰になった方がマシだ」


勇の覚悟は、狂気を帯びていた。

「肉を切らせて骨を断つ」。

自らの肉体を切り裂いて、その痛みと引き換えに敵の野望を挫く。


   *  *  *


1時間後。

勇は、Applexのモロクズ(AI孔明)との緊急回線を開いた。

画面の向こうの白いスーツの男に、特許譲渡契約書のドラフトを見せつける。


「……見たか、モロクズ。この契約書には、私のサインが入っている。あとはハンコを押すだけだ」


勇は、印鑑を紙面ギリギリまで近づけた。


「貴様らがTOBを強行し、議決権の50%を超えた瞬間……この契約は自動執行される。ウェイソルはただの抜け殻となり、貴様らは数百億円のゴミを買うことになる」


『……』


モロクズの表情が消えた。

AI「KOMEI」が、猛烈な勢いでリスク計算を行っているのが分かる。


『Simulation Result: Acquisition Value... -98%』

『Assessment: Irrational(非合理的)』


AIにとって、価値のないものを高値で買うことは最大の論理矛盾だ。

だが、人間が自らの心臓(特許)をえぐり出すような真似をするとは、予測モデルに入っていない。


『Mr.シマ。……君は正気か? それは自傷行為だ。君自身の資産価値も毀損する』


「正気だよ。……私は、プライドのためなら損得勘定を捨てられる『人間』だからな」


勇はニヤリと笑った。


「さあどうする? ゴミ拾いに数百億払うか? それとも手を引くか?」


長い、永遠とも思える沈黙。

やがて、モロクズがゆっくりと首を横に振った。


『……リスク許容範囲を超過。TOBの条件変更、および期間延長を検討する』


通信が切れた。

AIが「待った」をかけたのだ。


「……勝ったか」


勇は、印鑑をデスクに放り投げた。

全身から冷や汗が噴き出していた。

もし、敵が「それでもいい」と踏み込んできていれば、本当に全てを失っていた。

これは、狂気だけが渡れるタイトロープ。


オフィスに戻った勇を、猪口たちが複雑な表情で迎える。


「……本当に、やるつもりだったのか?」


「さあな。……だが、焼けた野原(焦土)になっても、種(技術者)さえ残っていれば、また花は咲く」


勇は窓の外、Applexの方角を睨みつけた。

城壁はボロボロだ。だが、まだ陥落していない。


---


【史実から学ぶビジネス兵法】


No.067:堅壁清野けんぺきせいや

「壁を堅くし、野を清くす」。

敵が攻めてきた際、城に立て籠もると同時に、城外の田畑や家屋を焼き払い、井戸を埋め、敵が現地で物資を調達できないようにする戦術。いわゆる「焦土作戦」。

ビジネスにおける「クラウンジュエル(王冠の宝石)」防衛もこれに近い。

買収者の目当てである優良資産(特許や部門)を、第三者に売却したり分社化したりして、企業価値を意図的に下げることで、買収意欲を削ぐ。

会社そのものを傷つける劇薬であり、株主からの訴訟リスクも伴うが、落城(買収)を防ぐための最終手段として用いられる。

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