第66話:孟達(もうたつ)の反乱 ~ソウ専務の裏切り~
ApplexによるTOB(株式公開買付)期限まで、あと3日。
勇(司馬懿)の奮闘により、個人株主の支持はウェイソル側に傾きつつあった。
だが、城壁の内部に、最大の亀裂が生じようとしていた。
社長代行室。
曹ヶ谷ソウは、極秘回線でビデオ通話をしていた。
画面の向こうにいるのは、白いスーツの男・モロクズ。
『賢明な判断を期待していますよ、Mr.ソウ』
モロクズは甘い声で囁いた。
『君が持つ創業家保有株(議決権の20%)を我々に売却してくれれば……君を、新設する「Applex Japan・ブランドアンバサダー兼CEO」として迎え入れよう。年収は今の5倍だ』
「ブ、ブランドアンバサダー……!?」
ソウの目が輝く。
『うむ。君のファッションセンスとバイブスは、シリコンバレーでも評判だ。……泥臭い経営は我々に任せて、君は世界の表舞台で輝くべきだ』
「だよね!? やっぱり分かる人には分かるんだよなぁ!」
ソウは完全に舞い上がった。
父が意識不明の今、会社を守る義理などない。
面倒な責任を捨てて、金と名誉が手に入るなら、それが最高だ。
「OK! 売るよ! 今すぐ売る! あのウザい司馬の顔、もう見なくて済むしな!」
ソウは通話を切り、証券口座の管理画面を開いた。
売却ボタンを押せば、ウェイソルの防衛線は決壊し、Applexの勝利が確定する。
「あばよ、ウェイソル! 俺は世界に行くぜ!」
震える指が、エンターキーに伸びる。
プルルルル……!
その瞬間、デスクの固定電話が鳴った。内線ではない。勇の個人携帯からの着信だ。
ソウは舌打ちして受話器を取った。
「なんだよ司馬! 今忙しいんだよ!」
『……ご機嫌ですね、専務。Applexへの「寝返り」の準備は整いましたか?』
「なっ……!? なんでそれを……!」
『孟達。』
勇の冷ややかな声が響く。
『魏につき、蜀につき、また魏へ戻ろうとしたコウモリ野郎。……貴方の行動パターンなど、手に取るように分かりますよ』
「う、うるせぇ! 俺の株をどうしようが俺の勝手だ! お前に止める権利はない!」
『ええ、ありません。……ですが、奥様には止める権利があるのでは?』
ソウの動きが止まった。
彼の妻は、大手銀行頭取の娘であり、ソウの財布の紐と社会的地位を握っている「真の権力者」だ。
『今、私の手元に音声データがあります。……以前、貴方が側近に指示して、派遣社員にハニートラップを仕掛けさせようとした時の録音です。さらに、黒龍コンサルティング(反社)との裏取引の証拠写真もセットで』
「ッ……!?」
『これを今から3秒以内に、奥様のスマホへ送信します。……貴方はCEOになる前に、離婚と勘当で無一文。社会的にも抹殺されるでしょう』
「ま、待て!! 待ってくれ!!」
ソウが絶叫する。
『3、2、1……』
「売らない! 売らないから!! お願いだから送らないでくれぇぇ!!」
ソウは泣き叫びながら、PCの電源コードを引っこ抜いた。
画面がブラックアウトする。
『……賢明なご判断です』
電話の向こうで、勇の声が低く笑った。
『専務。貴方はそこで大人しく、私の描いた絵図の中で踊っていればいいのです。……首輪の鎖は、私が握っていますから』
ガチャリ。通話が切れた。
ソウはその場にへたり込み、失禁したかのように震え続けた。
* * *
専務室の隠しカメラ映像を見ながら、勇はコーヒーを一口啜った。
「……孟達の反乱、鎮圧完了」
史実において、司馬懿は孟達の謀反を知るや、上奏の手続きすら省略し、昼夜兼行の強行軍でわずか8日で城を包囲し、孟達の首を斬った。
裏切り者には、考える隙すら与えない「神速」の対応こそが肝要。
「飼い犬には、餌だけでなく、時々『鞭』を見せてやらねばな」
勇は、送信メールの「下書き」に入っていたデータを削除することなく、保存フォルダに移した。
この爆弾は、またいつか使う時が来る。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.066:孟達と日和見主義
孟達は、蜀の将でありながら魏に降り、その後、魏で冷遇されると再び蜀へ戻ろうとした、典型的な日和見主義者である。
司馬懿は彼の裏切りを予見し、相手が準備を整える前に電光石火の早業で急襲し、これを討った。
ビジネスにおいても、信念なきトップやパートナーは、甘い条件を提示されれば即座に裏切る。
彼らを繋ぎ止めるのは「信頼」ではない。「弱み(リスク)」の掌握と、裏切った瞬間に破滅するという「恐怖」による管理だけが、この手の輩をコントロールする唯一の手段である。




