第64話:AI「SHIBA」vs AI「KOMEI」~アルゴリズム戦争~
東京証券取引所のサーバーが唸りを上げている。
ウェイソルの株価チャートが、物理法則を無視した動きを見せていた。
1,500円 → 1,480円 → 1,510円 → 1,450円
「なんだこの動きは!? 乱高下が激しすぎる!」
社内のモニタールームで、監視スタッフが悲鳴を上げる。
ニュースが出たわけではない。機関投資家が動いた形跡もない。
だが、マイクロ秒(100万分の1秒)単位で、数千、数万という膨大な「売り」と「買い」の注文が浴びせられ、株価を強制的に押し下げている。
「……人間ではないな」
勇(司馬懿)は、流れる滝のような注文ログ(板情報)を凝視した。
この超高速取引(HFT)、そして市場参加者の心理を先読みし、恐怖を煽るように売りを誘うアルゴリズムの波形。
あまりにも美しく、そして冷酷に計算され尽くしている。
「そこにいるな。……AI『KOMEI(孔明)』」
海の向こう、Applexのデータセンターから放たれた、モロクズの分身。
かつて五丈原で、死してなお司馬懿を走らせた「木像」の如く、現代ではデジタル・ゴーストとなって勇を追い詰める。
「SHIBA。……起動」
勇は、自らの分身であるAI「SHIBA」の封印を解いた。
『System Online. Target confirmed: AI_KOMEI.』
「迎撃せよ。……市場という名の戦場で、どちらの軍師が上か決めようじゃないか」
* * *
【電子空間:0.001秒の世界】
人間の目には止まって見える一瞬の間に、AI同士の壮絶な殴り合いが始まった。
AI「KOMEI」の戦術は「八卦の陣」。
過去数十年分の市場データと、投資家心理を完璧に学習し、「勇が買い支えようとするポイント」を0.0001秒先回りして売り崩す。
勇が「守り」に入れば入るほど、KOMEIはその行動パターンを読み切り、包囲網を狭めていく。
『Warning: 予測勝率 2.8%... 回避不能...』
SHIBAが悲鳴を上げる。
論理では勝てない。孔明の計算式に、凡人は逆らえない。
だが、勇はモニターに向かってニヤリと笑った。
「馬鹿め。……奴の計算は『合理的』すぎるのだ」
勇はコマンドを打ち込んだ。
『Command: Override Logic... Mode "CHAOS"』
「SHIBA、計算を捨てろ。……『発狂』しろ」
次の瞬間、SHIBAの挙動が変わった。
高値で掴んで安値で投げる。意味不明な銘柄とセットで売買する。フィボナッチ数列を無視する。
それは、投資セオリーを完全に無視した、酔っ払いの千鳥足のような「ランダム・ノイズ」だった。
AI「KOMEI」の処理が遅延する。
『Error... 予測不能... パターン不一致...』
完璧な予知能力を持つ者は、理屈の通じない狂人を最も恐れる。
KOMEIが構築した美しい数式(陣形)の中に、SHIBAという泥だらけの異物が混入し、計算式を内側から食い破っていく。
『Target Logic: Collapsing(崩壊中)』
KOMEIのアルゴリズムがバグを起こし、売り浴びせの手が止まった。
その隙を逃さず、SHIBAは正確無比な「買い戻し」に転じ、株価を一気にV字回復させた。
* * *
「……止まった」
モニタールームに静寂が戻る。
暴落していた株価は、元の水準に戻り、安定して推移していた。
勇は、熱を持って唸るPCのファンに手をかざした。
「見たか、孔明。……前世ではお前の完璧さに怯えたが、現代ではその『完璧さ』こそが弱点だ」
死せる孔明、生ける仲達を走らす。
だが今、生ける仲達(SHIBA)は、デジタルの孔明(KOMEI)の裏をかき、その足を止めた。
「学習しておけ、SHIBA。……真の知略とは、時に自ら泥を被り、狂気を演じることにあるとな」
モニターの中で、SHIBAのアイコンが、どこか誇らしげに点滅した気がした。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.064:八卦の陣とアルゴリズム
諸葛亮が考案したとされる「八陣図(八卦の陣)」は、変化に富み、死角のない完璧な陣形だったと言われる。
現代のAIやアルゴリズム取引も同様に、過去のデータを元にした「最適解」の結晶である。
しかし、AIは「過去に前例のない非合理な動き(ブラック・スワン)」には極端に弱い。
「カオス理論」が示す通り、完璧に秩序だったシステムは、わずかなノイズで崩壊する脆さを持つ。
相手が賢すぎる場合、こちらはあえて「愚者」や「狂人」のように振る舞い、相手の予測モデルを破壊するのが、AI時代のジャイアント・キリングである。




