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第6話:合同説明会の諜報戦

東京ビッグサイト。

その巨大な逆三角形の建造物の下には、異様な熱気が渦巻いていた。


「合同企業説明会」。

それは、何万もの就活生(兵卒)と、数百の企業(諸侯)が一堂に会する、現代の巨大な見本市だ。

会場を埋め尽くす黒いリクルートスーツの波。飛び交う企業名の書かれたのぼり。拡声器から響く勧誘の絶叫。


「ふん……。赤壁レッドクリフの戦場もかくや、といったところか」


勇(司馬懿)は、会場の2階通路から眼下の群衆を見下ろし、不敵に笑った。

その背後には、忠実な下僕となった剛田と早川が控えている。


「うげぇ……人多すぎだろ。酸素薄くね?」

「これじゃ目当てのブースにたどり着く前に遭難するっしょ」


二人は早くも戦意喪失気味だが、勇の目は一点を見据えていた。

今回の標的は、あの「ウェイ・ソリューションズ」のブースだ。

急成長中の人気企業だけあって、そのエリアには長蛇の列ができている。最後尾のプラカードは「90分待ち」を示していた。


「90分だと? 笑わせる。戦機は一瞬だ」


勇は懐からスマホを取り出し、早川に耳打ちした。


「早川、貴殿の出番だ。『流言飛語りゅうげんひごの計』を用いる」

「りゅうげん……?」

「噂を流せ。あちらの閑散としている大手商社のブースで、『Amazonギフト券5000円分を先着で配っている』とな」


早川はニヤリと笑った。「OK、そういうのは得意だぜ!」


早川はSNSの裏アカウントを駆使し、さらに会場内ですれ違う学生たちに「やべぇ、あっちでアマギフ配ってるらしいぞ!」と大げさな演技で囁きながら人混みに消えていった。


数分後。

ズザザザザッ……!

地鳴りのような音と共に、ウェイソルに並んでいた学生の群れが動き出した。

「え、アマギフ? マジ?」「とりあえず行ってみようぜ!」

情報に飢えた学生たちが、雪崩を打って商社ブースへと移動を始める。人の流れが変わり、ウェイソル前の防壁(行列)が、モーゼの海割れのごとく開いた。


「今だ。剛田、私に続け! 突破するぞ!」

「うおおお! 任せろ!」


勇は剛田という肉の壁を先頭に立て、空いたスペースへ強引に割り込んだ。

混乱する群衆を尻目に、勇は悠々と最前列のパイプ椅子を確保する。

そこは、説明会ブースのド真ん中。演台の目の前、「特等席」だった。


「ようこそ、ウェイ・ソリューションズへ」


涼やかな、しかし冷徹な響きを持つ声がした。

勇が顔を上げると、演台には一人の女性が立っていた。

細身のパンツスーツに身を包み、銀縁の眼鏡が知的な光を放つ美女。

その胸元には「人事部長:じゅん」の名札。


(荀……? まさか、王佐の才・荀彧じゅんいくか?)


勇の視線と、荀の視線が交差する。

周囲の学生がスマホをいじったり、疲れて寝たりしている中、勇だけが背筋を伸ばし、獲物を狙う狼のような目で彼女を見据えていた。


荀の眼鏡の奥の瞳が、わずかに細められた。

彼女はマイクを握り直し、小さく微笑んだように見えた。


「……面白い学生がいるわね」


マイクを通さない呟き。だが、勇には聞こえた気がした。

彼女は説明会の定型文を語りながらも、その視線はチラチラと勇を捉えている。

「タダモノではない」と認識されたのだ。

こちらの存在を刻み込むこと。それこそが、この諜報戦の勝利条件。


(フッ……。まずは挨拶代わりだ、軍師殿)


勇は心の中でニヤリと笑い、荀に向かってわずかに会釈を送った。

偽情報でライバルを散らし、本丸(人事部長)の懐に飛び込む。

現代の赤壁における、鮮やかな奇襲成功であった。


---


【史実から学ぶビジネス兵法】


No.006:流言飛語りゅうげんひご

戦わずして敵を動かす最良の策は「デマ」である。

曹操は離間の計を用いて敵の結束を崩し、数々の勝利を収めた。情報過多の現代社会において、人間は自力で真実を検証することを放棄し、より刺激的で、より自分に都合の良い情報(「アマギフ配布」や「楽して稼げる」など)に飛びつく習性がある。

この脆弱性を突けば、大衆の行動をコントロールすることは容易い。ただし、SNSでの拡散はデジタルタトゥーとして残るため、実行犯(早川のような手駒)には細心の注意が必要である。

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