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第56話:財務の要塞 ~経理部を死守せよ~

「おい、どうなってんだよ! 俺のカードが止まったぞ!」


社長代行室で、曹ヶ谷ソウがスマホを投げつけた。

専務就任以来、彼が湯水のように使い込んでいた法人カードが、今朝突然利用停止になったのだ。


側近のケンタ(CVO)が困り顔で答える。


「それが……経理部のババア……いや、部長が『使途不明金が多すぎる』ってロックをかけやがったみたいで」


「はぁ!? 俺はオーナーの息子だぞ! 会社の金は俺の金だろ!」


ソウは貧乏ゆすりをし、極端に短い靴下を履いた足で机を蹴った。


「ウザいな、あの経理部長。……クビだ、クビ! 代わりに俺の大学の後輩をCFO(最高財務責任者)に入れろ。あいつなら『イエス』しか言わないATMになってくれる」


   *  *  *


その不穏な動きは、即座に勇(司馬懿)の耳に入った。

情報源は、以前ピザやプリンで餌付けし、絶対的な信頼関係を築いていた経理部の「鉄壁の課長」だ。


「……そうですか。部長を更迭し、傀儡かいらいを据えるつもりですか」


給湯室で、勇は課長にコーヒーを淹れながら囁いた。


「このままでは、ウェイソルの兵糧キャッシュは半年で食いつぶされます。……阻止せねばなりません」


「でも、人事権はあちらにあるわ。どうするの?」


勇は、眼鏡の奥で冷徹な光を放った。


「人を代えられないなら、『仕組み』を代えてしまえばいい。……課長、来週から導入予定の『新・経費精算システム』ですが、『裏モード』を実装しましょう」


   *  *  *


翌週。

ソウが連れてきた新CFO(大学の後輩)が着任した。

彼は意気揚々とパソコンを開き、ソウたちの遊興費を経費として承認しようとした。


「へへっ、ポチっとな……ん?」


画面に真っ赤な警告ウィンドウが表示された。


『Error 909: コンプライアンス・チェックにより承認却下』


「あれ? おかしいな」


新CFOは何度もクリックするが、そのたびに警告音と共に、画面が激しく点滅する。

さらに、申請を進めるためには「300問の倫理チェックテスト」に全問正解し、「領収書の店名・住所・インボイス番号の手入力(コピペ不可)」を求められ、最後に「監査役3名の手書き署名のアップロード」を要求される仕様になっていた。


「な、なんだこのクソシステムは!? 承認ひとつに5時間かかるぞ!」


新CFOが悲鳴を上げる。

これは勇が開発部精鋭に命じて作らせた、対ソウ一派専用の「デジタル要塞」だ。

特定のID(ソウ一派)からのアクセスに対してのみ、UI(操作性)が地獄のように改悪され、意図的なバグと複雑怪奇なフローで承認を妨害する。


「おい司馬! どうなってんだこのシステム!」


ソウが勇の席に怒鳴り込んできた。

勇は、分厚いマニュアル(広辞苑サイズ)をドサリと置いた。


「申し訳ありません、専務。上場に伴い、監査法人から『内部統制』の強化を厳しく指導されまして」


「強化しすぎだろ! 金が下ろせねぇじゃねぇか!」


「仕様です。……まさか、不正な支出などされていないでしょうね? AIが自動で『不適切な交際費』を検知すると、即座に金融庁へ通報メールが飛ぶ仕組みになっておりますが」


「ッ!?」


ソウの顔色が蒼白になる。

彼の支出は、キャバクラ、高級車、プライベート旅行など、叩けば埃しか出ないものばかりだ。


「も、もし通報されたら……?」


「横領罪で逮捕、上場廃止、そして損害賠償ですね」


勇はニヤリと笑った。


「もちろん、正当な経費であれば問題なく通ります。……私が代行しましょうか?」


「い、いや! いい! 自分でやる!」


ソウは逃げ出した。

結局、複雑すぎるシステムと「通報」の恐怖に阻まれ、ソウ一派は会社の資金に手が出せなくなった。

新CFOも「こんなの無理っす」と3日で逃亡。

経理部は、勇と「鉄壁の課長」によって物理的かつデジタルに死守された。


その夜、経理部では静かな祝杯が挙げられた。

勇は、安堵する女性社員たちを見渡し、心の中で頷いた。


兵站へいたんを握る者が戦を制す。……ソウよ、金が尽きた時、お前の周りのイエスマンが何人残るか見ものだな)


---


【史実から学ぶビジネス兵法】


No.056:兵糧の管理

諸葛亮の北伐が失敗し続けた最大の要因は、険しい桟道による「兵糧輸送」の困難さにあった。いかに精強な軍でも、食い扶持がなければ戦えない。

現代企業においても、キャッシュフローは血液である。

社長がどれほど権力を持っていても、実務レベルで金庫番(経理部)を敵に回せば、経費精算の遅延、予算の凍結、監査の厳格化などによって手足を縛られ、やがて壊死する。

勇のように、現場のキーマン(お局様)を味方につけ、システムという「砦」を築くことこそが、組織内での生存率を高める究極の防御策である。

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