第54話:スキャンダルを捏造せよ ~ハニートラップの攻防~
「司馬の野郎、最近調子に乗ってんな。……そろそろ潰すか」
VIPラウンジ(旧役員会議室)で、ソウの側近であり、チーフ・バイブス・オフィサー(CVO)のケンタが、紫煙を燻らせながら言った。
ソウはスマホゲームに夢中になりながら答える。
「賛成~。あいつ、なんか偉そうでムカつくし。でもどうやって?」
「フフフ……。お坊ちゃんは知らなくていい大人の喧嘩さ。……『社会的』に抹殺してやるよ」
ケンタは卑劣な笑みを浮かべた。
彼の計画は単純かつ凶悪。金で雇った派遣社員の女性を使い、勇(司馬懿)を密室に誘い込み、「無理やり襲われた」と悲鳴を上げさせる。
あとはその録音データを盾に辞任を迫る――古典的だが、コンプライアンスに厳しい現代では一撃必殺の「ハニートラップ(冤罪)」だ。
* * *
その日の夕方。勇のデスク。
内線電話が鳴った。相手は総務部の「お局様」と呼ばれる、勤続30年のベテラン女性社員だ。
『……司馬専務。少々耳に入れておきたいことが』
彼女の声は、業務連絡以上に低く、重かった。
『先ほど、ケンタ様が貸会議室の「C」を予約されました。あそこは監視カメラの死角です。……そして、最近入った派遣の美鈴さんが、ひどく青い顔で呼び出されていましたよ』
「……なるほど」
勇は全てを察した。
総務のお局様ネットワークは、CIAよりも優秀だ。誰が誰と不倫しているか、誰がトイレに長くこもっているか、彼女たちは全てを知っている。
勇は以前、彼女たちに高級菓子折り(貢物)を配り、その強大な情報網を味方につけていた。
『美鈴さんは、借金で首が回らないという噂です。……お気をつけて』
「感謝します。……掃除の準備をしておいてください」
電話を切った勇は、デスクに向かってきた派遣社員・美鈴の姿を認めると、先手を取って立ち上がった。
彼女が「あ、あの……司馬さん、相談が……」と震える声で切り出す前に、勇はすれ違いざまに、ケンタのいるVIPラウンジへ向かった。
* * *
「ケンタさん、お耳に入れたいことが」
勇はVIPラウンジに入るなり、深刻な顔でケンタに囁いた。
「例の派遣の美鈴さんですが……どうやら『会議室Cで、イケてる役員の方に相談に乗ってほしい』と泣いているようでして」
「あん? イケてる役員?」
「私が行こうとしたのですが、『司馬さんみたいな堅物はイヤ。もっとバイブスのある人がいい』と……」
ケンタの目が輝いた。
「バイブス……! それ、俺のことじゃん!」
「ええ、間違いなく。……彼女、泣きながら待ってますよ」
「しゃーねぇな! CVOの俺様が慰めてやるか!」
ケンタはニヤつきながら、勇がセットした「落とし穴」へと走っていった。
勇はその後ろ姿を、憐れむような目で見送った。
「……愚か者め。自分が仕掛けた罠の場所も忘れるとは」
* * *
数分後。会議室C。
美鈴は、ドアが開く音と共に、台本通りに自分のブラウスのボタンを引きちぎり、悲鳴を上げた。
「キャアアア! やめてください司馬さん!!」
彼女は相手を確認せずに抱きつき、泣き叫ぶ。
入ってきたケンタは、突然のラッキースケベに鼻の下を伸ばした。
「お、なんだなんだ? 大胆だねぇキミ~! 俺のことそんなに好きなの?」
「えっ……? ケ、ケンタさん!?」
美鈴が動きを止めるが、興奮したケンタは止まらない。
「いいじゃんいいじゃん! 司馬の代わり可愛がってやるよ!」
ケンタが彼女を押し倒そうとした、その瞬間。
バンッ!!
ドアが勢いよく開かれた。
立っていたのは、勇と、鬼の形相をした人事部長、そしてスマホで動画を撮影している総務のお局様たちだった。
「なっ……!?」
ケンタが凍りつく。
「現場を押さえました」
勇は冷徹に告げた。
「『悲鳴が聞こえる』との通報を受け駆けつけましたが……まさか、CVOである貴方が、立場の弱い派遣社員を襲っているとは」
「ち、違う! 俺は呼ばれただけで……!」
「往生際が悪いですよ。動画も撮られています」
お局様たちが、軽蔑しきった目でレンズを向けている。
美鈴も、とっさに保身に走った。
「そ、そうです! ケンタさんに無理やり呼び出されて……襲われました!」
「はぁぁ!? お前、話が違うぞ!」
「連れて行け」
人事部長の指示で、警備員がケンタを引きずり出していく。
「ソウくーん! 助けてくれー!」
情けない悲鳴が廊下に響き渡り、やがて消えた。
勇は、震える美鈴に自分のジャケットをかけてやった。
「……借金の件、相談に乗りますよ。ただし、正直に話してくれれば、ですが」
「は、はい……! 申し訳ありません……!」
勇は、誰もいなくなった会議室で、監視カメラのダミーを見上げた。
「人を呪わば穴二つ。……私の首を狙うなら、次はもっとマシな策を持ってくるんだな」
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.054:讒言と情報網
無実の罪をでっち上げ、政敵を陥れる「讒言」は、古来より宮廷闘争の常套手段である。
しかし、現代のオフィスには「監視カメラ」「ログ」、そして「人の目(社内ネットワーク)」という無数の監視システムが存在する。
特に、総務や清掃員といった「裏方」の情報網を軽視する者は、足元をすくわれる。
策士は、罠を避けるだけでなく、その罠の蓋を敵が来るタイミングで開けることで、自らの手を汚さずに敵を排除する。




