第53話:派閥抗争勃発 ~ロイヤルファミリー vs 実力主義~
ウェイソル本社ビルの最上階。
かつては役員たちが戦略を練っていた会議室は、今や「VIPラウンジ」へと改装されていた。
「イェーイ! ウェイソル最高~!」
「ソウくん、マジ天才~!」
昼間からシャンパンの栓が抜かれ、大音量のEDMが流れる。
そこにいるのは、ソウが連れてきた大学時代のサークル仲間や、怪しげな自称インフルエンサーたち。
彼らは「アドバイザー」や「クリエイティブ・ディレクター」という肩書きを与えられ、相場を無視した高額な報酬を受け取っていた。
通称・「ロイヤルファミリー」。
創業者の血を引くソウを中心とした、コネと欲望だけで結びついた寄生虫の群れだ。
ソウは、ソファで美女を侍らせながら、呼びつけた勇(司馬懿)にグラスを向けた。
「あ、司馬さん。紹介するよ。彼、俺のマブダチのケンタ。今日から『チーフ・バイブス・オフィサー(CVO)』になってもらうから」
「……CVO、ですか」
「そう。年俸はとりあえず2000万で。あ、その原資を作るために、開発部のサーバー維持費、半分にカットしといてね」
同席していた猪口(許褚)が、血管の浮き出た拳でテーブルを叩き割ろうとするのを、勇は無言で制した。
「……承知いたしました。専務のご意向とあらば」
勇は表情一つ変えず、恭しく頭を下げた。
その姿を見て、取り巻きたちがゲラゲラと笑う。
「うわー、マジメかよ」
「古いタイプのサラリーマンって感じ~」
* * *
一方、地下の開発フロア。
そこは、お通夜のような空気に包まれていた。
予算削減により、エアコンの設定温度は上げられ、無料のコーヒーサーバーも撤去された。
ロイヤルファミリーが飲み明かした領収書のツケが、全て現場に回されているのだ。
「……やってられっかよ!!」
中堅エンジニアの一人が、キーボードを叩きつけた。
「俺たちが必死にバグ取ってる間に、上じゃパーティだぞ!? なんであんなバカのために働かなきゃなんねぇんだ!」
「そうだ! ストライキだ!」
「司馬さん! 俺たち全員で辞めましょう! そうすれば会社は終わりだ!」
怒号が飛び交う中、勇は静かに立ち上がり、ホワイトボードの前に立った。
「辞める必要はない」
勇の声は低く、しかしフロアの隅々まで響き渡った。
「君たちが今辞めれば、システムの保守は止まり、困るのは誰だ? ……ソウ専務か? 違う。ユーザー(顧客)だ」
勇は、社員一人一人の目を見据えた。
「城主がバカだからといって、城壁を守る兵士が持ち場を離れれば、民が死ぬ。……君たちのプライドは、バカな上司への反発で捨てるほど安いものなのか?」
「そ、それは……」
「怒りは全て私が引き受ける。愚痴があれば私のデスクに来い。酒くらいなら奢ってやる」
勇はニヤリと笑った。
「だが、仕事の手は抜くな。……この泥舟の中で、誰が『真の仕事』をしているか。見ている人間は必ず見ている」
その言葉に、エンジニアたちは唇を噛み締め、再びモニターに向き合った。
理不尽への怒りを、コードへの執念に変えて。
* * *
その日以降、社内の空気は明確に変わった。
エレベーターホールで、チャラついた格好で大声で話す「ソウ派閥」と、疲れた顔でも黙々と業務をこなす「勇派閥」。
一般社員やパートスタッフたちは、その対比を冷ややかな目で見つめていた。
給湯室で、女子社員たちが囁き合う。
「ねえ、また専務の友達が入社したらしいよ」
「最悪……。でも、司馬さんのチーム、予算削られたのに昨日のシステム障害、一瞬で直したんでしょ?」
「カッコいいよね。あの人こそ、本当のリーダーって感じ」
腐敗していく上層部(宮廷)と、清廉潔白に現場を守り続ける将軍(司馬懿)。
そのコントラストは、言葉による演説以上に雄弁に、社内の「民意」を勇へと集めていった。
勇は、自席で淡々と業務メールを処理しながら、背中に集まる視線の熱を感じていた。
(民意とは水のようなもの。……今は静かに溜め込め。いずれそれが、巨大な濁流となってバカ殿を押し流す)
ソウがシャンパンタワーを崩しているその真下で、勇の周りには、金では買えない鉄の結束(軍団)が完成しつつあった。
---
【史実から学ぶビジネス兵法】
No.053:朋党の争い
曹爽の周りには、何晏や鄧颺といった「名声はあるが実務能力のない取り巻き」が集まり、派閥(朋党)を作って国政を壟断した。
対して司馬懿の周りには、長年の戦場経験を持つ実務家たちが集まっていた。
組織において、血縁やコネ、享楽で結びついた派閥は、甘い汁が吸えるうちは大きいが、危機になれば一瞬で霧散する。
一方で、苦難を共有し、実利と信頼で結びついた派閥は、逆境においてこそ真の強さを発揮する。乱世を生き抜くのは、いつの時代も後者である。




