第52話:ドラ息子登場! 新専務・曹ヶ谷ソウ
「Hi, guys! 調子はどうだい? 昭和の遺物たち!」
重苦しい空気が漂う役員会議室に、場違いに明るい声が響いた。
現れたのは、全身をハイブランドのロゴで固め、靴下を履かずにローファーを突っかけた茶髪の青年。
社長・曹ヶ谷タケルの長男、曹ヶ谷ソウ(そう)。26歳。
海外留学(という名の遊学)から緊急帰国し、病床の父に代わって「社長代行兼・専務取締役」に就任した、ウェイソルの新プリンスだ。
「えー、パパ……じゃなくて社長がダウンしたんで、今日から僕が舵を取ります。よろしく!」
ソウは片手でスマホをいじりながら、革張りの椅子にふんぞり返った。
その態度は、皇帝の威光を笠に着て専横を極めた魏の皇族・曹爽そのものだ。
勇(司馬懿)は、無表情で手元の資料を開いた。
「専務。まずは今期の事業計画についてご説明を……」
「あー、ストップ。司馬さんだっけ?」
ソウは勇の言葉を手で遮った。
「その資料、文字多すぎ。読んでてバイブス下がるんだよね。全部捨てて」
「……は?」
「これからのウェイソルに必要なのは、ロジックじゃない。『パッション』だよ。もっとこう、エモくて、サスティナブルで、世界をロックするような……わかる?」
ソウはホワイトボードに向かうと、赤ペンで大きく『VIBES』と書き殴った。
「来週から全社員、スーツ禁止ね。あと、社内公用語は『ノリ』にする。定例会議も廃止して、毎日クラブでパーティーしようぜ! その方がイノベーション生まれるっしょ!」
役員たちが凍りつく。
シリコンバレーの表面だけを真似た、中身のない改革ごっこ。
だが、誰も反論できない。彼には「創業家の血」という絶対的な権威があるからだ。
「……なるほど。斬新なアイデアです」
勇は、奥歯が砕けるほど噛み締めながら、笑顔を作った。
「ですが、既存のプロジェクトへの影響が……」
「うるさいな! 僕の言うことが聞けないの? パパに言いつけるよ?」
ソウは不機嫌そうに舌打ちした。
それは経営者ではない。ただの駄々っ子だ。
* * *
開発部フロア。
そこでは、物理的な暴動が起きようとしていた。
「離せッ! あのバカを殺して俺も死ぬッ!!」
猪口(許褚)が、サーバーラックを素手で引っこ抜こうと暴れている。
剛田や他のエンジニアたちが必死に彼を羽交い締めにしていた。
「猪口さん落ち着いて! 専務を殴ったら刑務所行きですよ!」
「知るか! 今朝の仕様変更、聞いたか!? 『UIが地味だから、画面全体をネオンピンクに点滅させろ』だぞ!? ユーザーにてんかん発作を起こさせる気か!?」
現場の怒りは限界を超えていた。
勇が積み上げてきた論理的な開発体制は、ソウの「思いつき」によって破壊され、エンジニアたちはプライドをズタズタにされていた。
「司馬さん! あんた役員だろ!? なんとか言ってくれよ!」
剛田が泣きそうな顔で叫ぶ。
勇は、暴れる猪口の前に立ちはだかり、その肩を掴んだ。
「……耐えろ、猪口」
「あぁ!? 耐えろだと!? あんたはあのドラ息子の靴を舐めるのか!?」
「そうだ。今は舐めておけ」
勇の声は、極北の氷のように冷え切っていた。
その瞳の奥にある漆黒の闇を見て、猪口が動きを止めた。
「……いいか。奴は今、父親の威光という鎧を着ている。今斬りかかれば、我々が『逆賊』になる」
勇は周囲を見渡し、全員に聞こえるように低く囁いた。
「奴に好き勝手やらせろ。無茶な命令にも従うフリをしろ。……奴が会社を食い荒らし、株価を暴落させ、全社員と株主が『誰かあのバカを殺してくれ』と願うその瞬間まで……待つのだ」
「……!」
「豚は、太らせてから食うのが一番美味い。……今は餌を与えておけ」
勇の言葉に、現場の空気が変わった。
絶望的な怒りが、冷徹な殺意へと昇華されたのだ。
猪口は荒い息を吐きながら、拳を下ろした。
「……分かったよ。あんたが『GO』と言うまでは、我慢してやる。……だが、その時は一番槍を俺にくれよ」
「約束しよう」
勇は専務室の方角を見上げた。
そこでは、ソウが取り巻きたちとシャンパンを開け、馬鹿騒ぎをしている声が聞こえる。
(楽しんでおけ、曹爽。……お前のその愚かさが、私の簒奪を正当化する大義名分となる)
勇はネクタイを少しだけ緩めた。
長い長い、雌伏の時が始まった。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.052:曹爽の専横
曹操、曹丕、曹叡と続いた魏の賢君の時代は終わり、愚鈍な曹爽が実権を握ったことで、魏のバランスは崩壊した。
曹爽は、司馬懿の実力を恐れて彼を名誉職に祭り上げ、政治の実権を奪った上で、取り巻きたちと贅沢三昧の限りを尽くした。
現代においても、偉大な創業者の息子が会社を継ぎ、先代の真似事をして組織を破壊するケースは後を絶たない。
だが、真の策士にとって、無能な上司ほど御しやすいものはない。彼らが失策を重ね、人望を失うのをじっと待ち、ここぞという場面で引導を渡すのが、最も効率的な権力奪取の方法である。




