第49話:取締役就任、最年少の筆頭軍師
10月1日。
秋晴れの空の下、ウェイソルの社内報に衝撃的なニュースが掲載された。
『人事発令:司馬勇、執行役員・CSO(最高戦略責任者)に就任』
入社からわずか半年余り。
老害役員たちを一掃し、シリコンバレーで多国籍軍団を作り上げた功績は、もはや一介の社員という枠には収まりきらなくなっていた。
社長室。
曹ヶ谷タケルは、真新しい辞令を勇(司馬懿)に手渡しながら、不敵な笑みを浮かべた。
「おめでとう、司馬役員。……これで君も、あちら側(労働者)から、こちら側(経営者)に来たわけだ」
「光栄です」
「分かっていると思うが、今日から君に『残業代』は1円も出ない。労働基準法の守備範囲外だ。24時間365日、会社の利益のためだけに働け」
曹ヶ谷はグラスを傾けた。
「そして、万が一会社が倒産したり、株主代表訴訟が起きれば、君の資産も差し押さえられる。……これでもう一蓮托生だ。この船が沈めば、君も破産だよ」
それは昇進という名の「足枷」だった。
優秀すぎる勇を飼い殺しにし、逃げられないようにするための鎖。
だが、勇は眼鏡の奥で冷ややかに笑った。
「ご心配なく、社長。……この船は沈みません」
「ほう? 自信があるな」
「ええ。沈むとすれば、それは我々ではなく、海の向こうの巨人(GAFA)の方ですから」
* * *
その後の取締役会。
かつて大御常務たちが座っていた席は一掃され、そこには勇のために用意された、真新しい革張りの椅子があった。
勇は深く腰掛けた。
ふわりと沈み込む高級レザーの感触。
ここから見える景色は、平社員のデスクから見る景色とは全く違う。
予算、人事権、事業計画。全てを意のままに動かせる「全能感」。
(……悪くない)
勇は、居並ぶ役員たち(曹ヶ谷のイエスマンと、勇が連れてきた外国人幹部たち)を見渡した。
(これが『開府』か)
かつて魏の朝廷において、司馬懿は自らの幕府を開き、独自の官僚機構を持つことを許された。
それは、皇帝(社長)の権威を借りつつ、実質的な支配権を自分に移すための第一歩。
「では、始めましょうか」
勇が口を開くと、会議室の空気がピリと張り詰めた。
もはや誰も、彼を「若造」とは見ない。
ここに、ウェイソルという小国の実権を握る、最年少の筆頭軍師が誕生した。
* * *
深夜2時。勇の自宅マンション。
役員になった勇に、退社時間など存在しない。
彼は自室のハイスペックPCに向かい、あるプログラムの開発に没頭していた。
画面に表示されているのは、『Project SHIBA』の文字。
「……私の肉体は、いつか滅びる。だが、思考は永遠に残せる」
勇が打ち込んでいるのは、単なる業務プログラムではない。
彼自身の「判断基準」「戦略思考」「人心掌握術」、そして「狼顧の相(危機察知能力)」を言語化し、ディープラーニングによって学習させた、自分自身の分身AIだ。
シリコンバレーで感じた、あのモロクズ(孔明)の気配。
奴もおそらく、AIという形をとって現代に干渉してきている。
ならば、こちらも対抗せねばならない。
『Learning... Sima_Yi Intelligence... 42% Complete』
モニターの中で、AIが胎動する。
「育てよ、我が分身。……いつか私が老いて判断を誤った時、お前が私を殺してでも、最適解を導き出せ」
勇は、自らの脳をデジタル空間に移植するかのように、夜明けまでキーボードを叩き続けた。
その姿は、天下を統一した後もなお、一族の繁栄を盤石にせんとした、執念の政治家のそれだった。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.049:開府
「開府儀同三司」。
功績のあった臣下が、自らの幕府(役所)を開き、独自の属官を任命する権利を得ること。司馬懿もまた、この権限を得て自らの派閥を強固にし、魏の実権を掌握していった。
現代のビジネスマンにおいて、「役員昇進」はゴールではない。
それは、自らの「私兵(自分の息のかかった部下やチーム)」を、会社の経費と権限を使って公的に動かせるようになるための、天下盗りのスタートラインに過ぎないのである。




