第47話:帰国、そしてお土産は「産業スパイ」
成田行きの国際線、ビジネスクラス。
シャンパングラスを傾ける勇(司馬懿)の隣で、PMの玲奈が声を潜めて尋ねた。
「ねえ勇くん。……結局、Applexの機密データは抜けなかったの?」
彼女は少し残念そうだ。
今回の出張の裏テーマは、競合の技術調査。あわよくば未公開の設計図でも入手できれば大手柄だったが、勇の手元にあるのはタブレット端末一つだけ。
「玲奈さん。USBメモリにデータを詰め込んで喜ぶのは、三流のスパイです」
勇はタブレットの画面をタップした。
「ソースコードや設計図は、書かれた瞬間から陳腐化が始まる『生鮮食品』です。そんな腐りやすいものを盗んでどうするのです?」
「じゃあ、何を……?」
「『人間』ですよ」
勇が表示したのは、膨大な名簿リストだった。
そこには、シリコンバレーで出会った数々のエンジニアの名前、スキルセット、そして「現在の不満度」が詳細に記されていた。
「現地のバーで愚痴を聞き、解雇におびえる彼らに名刺を配り、SNSで裏アカウントを特定しました。……彼らは優秀ですが、シリコンバレーの過酷な競争に疲れ果てている。あるいは、大企業の歯車として埋もれている」
勇はニヤリと笑った。
「技術は古びますが、人間は学習し、自己更新できます。……私が持ち帰るのは、最新の技術を生み出し続ける『脳みそ』そのものです」
* * *
帰国翌日。ウェイソル社長室。
時差ボケを感じさせない勇は、曹ヶ谷タケルの前に立っていた。
「で? 戦果は?」
曹ヶ谷は貧乏ゆすりをしながら手を差し出した。
「まさか、観光して帰ってきたわけじゃないだろうな?」
「もちろんです。……こちらが、シリコンバレーからの『お土産』です」
勇は、例のリストを提出した。
「ここにある50名のエンジニア。彼らは全員、条件次第でウェイソルへの移籍を希望しています」
「な、なんだと……!?」
曹ヶ谷がリストを凝視する。
Giga-Linkの元検索エンジニア、ApplexのUIデザイナー、スタートアップでCTOをしていた天才ハッカー……。
煌びやかな経歴が並んでいる。
「社長。日本人のエンジニアだけでは、世界とは戦えません。……今こそ、彼らを傭兵として雇い入れ、社内に『多国籍開発部隊(外国人部隊)』を設立すべきです」
「だが、金がかかるぞ? 日本語も通じんし……」
「金はかかりますが、彼らは『忠誠心』を求めません。契約と報酬だけで動く、純粋な戦力です。……日本のぬるま湯に浸かった社員たちへの、良い刺激(劇薬)にもなるでしょう」
かつて魏の武帝・曹操は、降伏した「青州兵」や、異民族である烏桓族を積極的に軍に組み込み、最強の騎馬隊を作り上げた。
純血主義にこだわっていては、覇権は握れない。
使えるものは、昨日までの敵であっても、言葉が通じなくても、全て飲み込む。それが強者の論理だ。
曹ヶ谷の口元が歪んだ。
「……面白い。黒船を呼ぶというわけか」
「はい。ウェイソルを、人種の坩堝に変えてみせます」
「採用だ。……司馬、お前がその部隊の指揮を執れ」
「御意」
勇は深々と頭を下げた。
その目には、すでに新しい軍団の青写真が見えていた。
言葉も文化も違う、制御不能な傭兵たち。
彼らを統率できるのは、英語力ではなく、圧倒的な「恐怖」と「カリスマ」を持つ自分しかいない。
ウェイソル第2章。
多国籍軍による、社内侵略が始まろうとしていた。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.047:人材略奪
三国時代、魏が最強の国力を誇った理由は、屯田制による経済力に加え、人材の「吸収力」にあった。
曹操は「才能さえあれば道徳は問わない(唯才所挙)」と宣言し、敵軍の降将や、異民族の兵士を積極的に自軍に取り込んだ。
現代のビジネス、特にIT業界において、技術流出(データ持ち出し)を警戒する守りの姿勢だけではジリ貧となる。
最も恐るべきは、技術そのものではなく、それを生み出す「人間」を根こそぎ奪い、ブラックホールのように膨張する組織である。




