第39話:リリース完了、そして論功行賞
新アプリのリリースから1ヶ月。
ダウンロード数は目標の300%を達成。SNSでの評価も上々。
ウェイソル始まって以来の大ヒットとなった。
そして今日、全社員が集められた大会議室で、その戦果を分配する儀式――「論功行賞(ボーナス査定発表)」が執り行われていた。
「えー、今回の成功は、我が社の底力を見せつけるものであった」
社長・曹ヶ谷タケルがマイクを握る。
その横には、金一封と、昇進辞令の入った封筒が積まれている。
社員たちの目が、血走った獣のようにそれを見つめる。
「では、功労者を発表する。……まずは」
「社長! お待ちください!」
遮ったのは、営業部の猛将・夏目部長だ。
彼は眼帯をぎらつかせ、ドカドカと演壇に進み出た。
「この成功は、我々営業部が足で稼いだ『事前登録』のおかげです! 開発部はただ、我々が取ってきた注文通りにモノを作っただけ。……よって、ボーナスの配分は『営業7:開発3』が妥当かと!」
「なっ……!」
開発メンバーがざわめく。
「ふざけんな! 俺たちが徹夜で作ったんだぞ!」
「不具合対応で死にかけたのは誰だと思ってんだ!」
夏目は聞く耳を持たない。
「黙れオタクども! 売上がなきゃ会社は潰れるんだよ! 数字を作った奴が偉い、それが資本主義だ!」
その剣幕に、曹ヶ谷も「む、まあ一理あるな……」と頷きかける。
空気が営業部優勢に傾いた、その時。
「……異議あり」
凛とした声が響いた。
PMの玲奈だ。
以前は泣き崩れていた彼女だが、今の彼女は違う。その瞳には、勇(司馬懿)によって植え付けられた冷徹な光が宿っている。
「夏目部長。お言葉ですが、こちらのデータをご覧ください」
玲奈がスクリーンに投影したのは、勇が作成した「貢献度分析レポート」だった。
「ユーザー流入経路の分析結果です。営業部の活動による流入は全体の15%。残り85%は、アプリのUI品質とSNSでのバズ(サーバー炎上演出含む)による自然流入です」
「な、なに……?」
「さらに、開発部によるバグ修正とサーバー安定化がなければ、解約率は40%を超えていました。これを金額換算すると、開発部は営業部の3倍の利益を守ったことになります」
数字という名の暴力。
反論の余地のないファクトが、夏目の主張を粉砕した。
夏目は「ぐぬぬ……」と唸り、引き下がるしかなかった。
曹ヶ谷は感心したように頷いた。
「見事だ、玲奈。君がここまで数字に強いとはな。……今回のMVPは君だ」
「いいえ」
玲奈は首を横に振った。
「このレポートを作成し、現場を指揮したのは……全て、そこにいる司馬くんです」
全員の視線が、最後列に座る勇に集まる。
最大の功労者。炎上を逆手に取り、チームをまとめ上げ、この勝利をもたらした男。
曹ヶ谷の目が鋭く光る。
「……司馬。前に出ろ」
勇はゆっくりと立ち上がり、演壇へと進んだ。
今、ここで「はい、私がやりました」と言えば、勇の評価は爆上がりし、昇進は間違いないだろう。
だが、勇の脳内アラートは「危険」を告げていた。
(出過ぎた杭は打たれる。特に、曹操(社長)のような猜疑心の強い主君の前ではな)
かつて、国士無双と呼ばれた韓信は、功績がありすぎて粛清された。
主君を脅かすほどの才能を見せつけることは、自殺行為に等しい。
勇は、深々と頭を下げた。
「社長。玲奈先輩は謙遜されていますが、私はただ、彼女の指示に従って手足を動かしたに過ぎません」
「……ほう?」
「現場の士気を高めたのは剛田と猪口の技術力であり、品質を守ったのは陳のデザインであり、全てを統括したのは玲奈先輩です。……私ごとき新人がこのような評価をいただくのは、恐れ多いことです」
勇は、自らの手柄を全てチームメンバーに分配した。
曹ヶ谷の表情が緩む。
(こいつは野心家に見えたが……意外と殊勝な奴だ。これなら俺の脅威にはならん)
「……謙虚だな、司馬。よし、その姿勢を評価しよう」
曹ヶ谷の警戒が解けた。
そして、それ以上の効果が、背後の開発部席で生まれていた。
剛田が、猪口が、陳が、そして玲奈が。
勇を、涙ぐんだ目で見つめている。
(あいつ……自分の手柄を俺たちに……!)
(俺たちを守ってくれた……!)
(一生ついていく……!)
勇は、賞状を受け取りながら、誰にも見えない角度でニヤリと笑った。
(金や名誉などくれてやる。私が欲しいのは、私のために命を捨てる「私兵」だ。……これで、本当の軍隊が完成した)
会場は万雷の拍手に包まれた。
それは、ウェイソルという会社の中に、社長も知らない「司馬派」という強固な派閥が誕生した瞬間だった。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.039:功高震主
「功績が高すぎて、主君を震え上がらせる」こと。
韓信や白起など、歴史上の多くの名将が、戦功を上げすぎたがゆえに、主君から「自分の地位を奪うのではないか」と警戒され、粛清された。
現代の組織においても、上司を差し置いて目立ちすぎる部下は、嫉妬と警戒の対象となり、やがて潰される。
真の策士は、決定的な仕事をしつつも、その手柄を周囲や上司に巧みに分配する。そうすることで、上からの警戒を解きつつ、下からの圧倒的な人望(忠誠)を獲得し、盤石な地盤を築くのである。




