第36話:赤壁(レッドクリフ)炎上 ~サーバーダウンの危機~
リリース当日の正午。
勇(司馬懿)たちが血反吐を吐きながら作り上げた新アプリが、ついに世に放たれた。
「リリース、ポチッとな!」
剛田がEnterキーを押した瞬間。
それは歓喜の幕開けになるはずだった。
『ビーッ! ビーッ! ビーッ!』
地下サーバー室に、空襲警報のようなアラート音が鳴り響いた。
モニターが真っ赤に染まる。
「ぐわあああっ! アクセスが止まらねぇ! 想定の100倍だ!」
猪口(許褚)が絶叫する。
「CPU使用率100%張り付き! ロードバランサー(負荷分散装置)が火を吹くぞ! 物理的に熱い! マジで燃える!」
サーバーダウン。
アクセス過多によりシステムが応答不能に陥る、ITエンジニアにとっての悪夢。
SNSでは既に地獄の釜が開いていた。
『繋がんねーぞゴミアプリ』
『登録できない。解散』
『ウェイソル終わってんな』
批判、罵倒、嘲笑。
ネット空間は炎上し、その業火はリアルな開発部をも焼き尽くそうとしていた。
上層部からは「今すぐ直せ! サーバーを増やせ!」と怒号の電話が鳴り止まない。
「だ、駄目だ……もうおしまいだ……」
玲奈先輩が床に崩れ落ちる。
だが。
紅蓮の炎に照らされたサーバー室で、勇だけが、うっとりとその「火」を見つめていた。
(……懐かしいな)
勇の脳裏に蘇るのは、かつて長江を真っ赤に染め上げた「赤壁の戦い」。
曹操軍80万の大船団が、周瑜と諸葛亮の火計により灰燼に帰した、あの夜の熱気。
(あの時は焼かれる側だったが……。火とは、使いようだ)
勇は、パニックになる猪口の肩を掴んだ。
「猪口。サーバーを増やすな」
「はぁ!? お前バカか! このままじゃ客が全員逃げるぞ!」
「いいや、逆だ。……『入場制限』をかけろ」
「制限だと?」
「サーバーの処理能力をあえて絞り、意図的に『満員』の状態を作れ。そして、エラー画面の文言をこう書き換えろ」
勇はホワイトボードに、サラサラと文字を書いた。
『現在、アクセス殺到につき入場制限中。選ばれたお客様のみ、順次ご案内しております』
「『503 Error(利用不可)』ではない。『Wait(待て)』だ。……人は、『入れない』と拒絶されるほど、中を見たくなる生き物だ」
これぞ、「飢餓商法」。
勇は、システム障害という「失敗」を、「人気すぎて入れない」という「演出」にすり替えたのだ。
さらに勇は、手懐けたカレン(Applex社員)や、インフルエンサー気取りの早川を使い、SNSにこんな情報を流させた。
『やっと入れた! 中身スゲー!』
『このアプリ、入れるだけで勝ち組じゃん』
すると、どうだ。
SNSの風向きが変わった。
『え、そんなに凄いの?』
『俺も入りたい! いつ空くんだ!?』
『入場待ち3時間……くそっ、絶対に入ってやる!』
怒りの炎上が、熱狂的な渇望へと変質していく。
東南の風が吹いたのだ。
火は燃え広がり、アプリの知名度を爆発的に押し上げる「広告塔(松明)」となった。
「す、すげぇ……。障害が起きてるのに、逆に評価が上がってやがる……」
剛田が呆然と呟く。
勇は、加熱してファンが唸りを上げるサーバーの筐体に手を当て、ニヤリと笑った。
「火事場こそ、英雄が生まれる舞台だ。……もっと燃えろ。この火が消える頃には、我々は覇者となっている」
数日後。
サーバー増強が完了し、入場制限が解除された時、アプリはランキング1位を独走していた。
赤壁の炎は、ウェイソルという小国を、一夜にして大国へと押し上げたのだった。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.036:火計と風向き
赤壁の戦いにおいて、曹操軍は黄蓋の偽装投降と火計により壊滅した。火は全てを焼き尽くすが、同時に闇夜において最も目立つ信号ともなる。
現代のマーケティングにおいて、「炎上」は恐怖の対象である。しかし、ボヤ騒ぎ(サーバーダウンや品薄)をうまくコントロールし、「人気がありすぎて手に入らない」という文脈(風向き)さえ作ることができれば、その炎は広告費ゼロで数百万人に認知を広げる、最強のプロモーションツールとなる。




