表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/63

第33話:朝令暮改! クライアントの乱心

「ふざけるなァッ!!」


デスマーチ開発部に、猪口(許褚)の咆哮が響き渡った。

彼が怒りに任せてデスクを叩き割る(物理)寸前で、勇(司馬懿)が止めに入る。


「落ち着け、猪口。モニターは会社の資産だ」


「落ち着けるか! 見ろこのメール! 昨日の夜に『青ベースで』って言ったくせに、今朝になって『やっぱり赤にして、レイアウトも全部変えて』だと!? 納期は明後日だぞ!?」


画面には、クライアントである大手広告代理店の担当者・富樫とがしからの修正指示。

まさに「朝令暮改ちょうれいぼかい」。

朝に出した命令を夕方に変える、現場を混乱させ疲弊させる最悪の指揮系統だ。


「……富樫か」


勇は冷ややかな目でメールの文面を解析した。

富樫は、典型的ないじめっ子体質の男だ。下請けには強気だが、文面からは焦りと怯えが透けて見える。


(この男、自分の意志で喋っていないな)


勇は、富樫の背後にいる「本丸」の存在を感じ取っていた。

今回のプロジェクトの最終決裁者である、代理店の常務取締役だ。

富樫は常務の顔色を伺うあまり、常務の「なんか違うな~」という曖昧な呟きを、過剰に解釈して現場に丸投げしているだけだ。


「勇、どうする? 言われた通り直すか? 今からじゃ全員徹夜しても終わらねぇぞ」

剛田が泣きそうな顔で聞く。


勇は即断した。


「直す必要はない」


「えっ? でもクライアントの指示だぞ?」


「現場を知らぬ都(本部)からの無茶な勅命など、聞く価値もない。……猪口、富樫の指示した『レイアウト変更』は全て無視しろ」


「は? 無視? 殺されるぞ」


「その代わり、『トップ画面に金色の龍が飛び出すド派手なアニメーション』を追加しろ」


「……あ?」


猪口と剛田がポカンとする。

「なんだよそれ! そんな指示どこにもねぇぞ!」


「いいからやれ。……敵将(常務)の首を取るための、黄金の矢だ」


   *  *  *


翌日。緊急定例会議。

ウェイソルの会議室には、不機嫌そうな常務と、その横でハンカチで汗を拭う富樫の姿があった。


「で、修正はできたんだろうな?」

富樫が威圧的に言う。

勇は無表情で、プロトタイプを投影した。


バシュゥゥン!!

画面を開いた瞬間、金色のエフェクトと共に、無駄に豪華な龍のロゴが躍動した。

だが、富樫が指示した「レイアウト変更」は一切反映されていない。


「なっ……!?」

富樫が立ち上がる。

「おい! 何だこれは! 僕の指示と全然違うじゃないか! レイアウトはどうした!?」


「富樫様」

勇は静かに遮った。


「富樫様は常々、仰っていたではありませんか。『常務はインパクトを求めている。普通の修正じゃダメだ、もっと魂を揺さぶるものを作れ』と」


「は!? い、言ってな……」


「その熱い想いを、我々なりに解釈し、具現化いたしました。……いかがでしょうか、常務?」


勇は富樫を無視し、常務に視線を送った。

富樫は真っ青だ。勝手なことをされた上に、常務が激怒すれば自分の責任になる。


だが。

常務の目は、少年のように輝いていた。


「……おお」


常務は身を乗り出した。

「いいじゃないか! そうだよ、俺が欲しかったのはこういう『勢い』なんだよ! 細かいレイアウトなんてどうでもいいんだ!」


「えっ」と富樫。


「でかしたぞ富樫! お前、俺の好みをよく分かってるじゃないか! さすが俺の部下だ!」


常務が富樫の肩をバンバン叩く。

富樫は状況が飲み込めず、引きつった笑みを浮かべるしかない。

「あ、は、はい……! 常務のために……ご用意させました……(冷や汗ダラダラ)」


勇は心の中で冷笑した。

(小物は所詮、上司の機嫌取りしか頭にない。ならば、上司の好物を目の前にぶら下げてやれば、修正指示など霧散する)


「では常務、この『黄金の龍』採用ということで、他の修正はナシでよろしいですね?」

「おう! これでいけ! すぐリリースだ!」


会議は5分で終わった。

猪口が指示を無視したおかげで、納期は守られ、デスマーチは回避された。


帰り際、富樫が勇に近寄り、小声で言った。

「き、君……! 危ない橋を渡らせやがって……!」


勇は涼しい顔で答えた。

「素晴らしいディレクションでした、富樫様。……また『常務の真意』、教えてくださいね」


富樫は何も言い返せず、悔しそうに去っていった。


---


【史実から学ぶビジネス兵法】


No.033:勅命と現場判断

孫子の兵法にも通じるが、「将在外、君命有所不受(将、外に在りては君命も受けざる所あり)」という言葉がある。

戦場の最前線にいる指揮官は、遠く離れた君主(本部)からの命令が、現地の状況にそぐわないと判断した場合、これを無視して独自の判断で動くことが許される(むしろ推奨される)。

ビジネスにおいても、現場を知らないクライアントや上層部からの指示は、往々にして的外れである。それを鵜呑みにして爆死するよりは、相手の「真の目的(上司を喜ばせたい、等)」を見抜き、独断専行で成果を出すことこそが、真の忠義であり、プロジェクト防衛術である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ