第33話:朝令暮改! クライアントの乱心
「ふざけるなァッ!!」
デスマーチ開発部に、猪口(許褚)の咆哮が響き渡った。
彼が怒りに任せてデスクを叩き割る(物理)寸前で、勇(司馬懿)が止めに入る。
「落ち着け、猪口。モニターは会社の資産だ」
「落ち着けるか! 見ろこのメール! 昨日の夜に『青ベースで』って言ったくせに、今朝になって『やっぱり赤にして、レイアウトも全部変えて』だと!? 納期は明後日だぞ!?」
画面には、クライアントである大手広告代理店の担当者・富樫からの修正指示。
まさに「朝令暮改」。
朝に出した命令を夕方に変える、現場を混乱させ疲弊させる最悪の指揮系統だ。
「……富樫か」
勇は冷ややかな目でメールの文面を解析した。
富樫は、典型的ないじめっ子体質の男だ。下請けには強気だが、文面からは焦りと怯えが透けて見える。
(この男、自分の意志で喋っていないな)
勇は、富樫の背後にいる「本丸」の存在を感じ取っていた。
今回のプロジェクトの最終決裁者である、代理店の常務取締役だ。
富樫は常務の顔色を伺うあまり、常務の「なんか違うな~」という曖昧な呟きを、過剰に解釈して現場に丸投げしているだけだ。
「勇、どうする? 言われた通り直すか? 今からじゃ全員徹夜しても終わらねぇぞ」
剛田が泣きそうな顔で聞く。
勇は即断した。
「直す必要はない」
「えっ? でもクライアントの指示だぞ?」
「現場を知らぬ都(本部)からの無茶な勅命など、聞く価値もない。……猪口、富樫の指示した『レイアウト変更』は全て無視しろ」
「は? 無視? 殺されるぞ」
「その代わり、『トップ画面に金色の龍が飛び出すド派手なアニメーション』を追加しろ」
「……あ?」
猪口と剛田がポカンとする。
「なんだよそれ! そんな指示どこにもねぇぞ!」
「いいからやれ。……敵将(常務)の首を取るための、黄金の矢だ」
* * *
翌日。緊急定例会議。
ウェイソルの会議室には、不機嫌そうな常務と、その横でハンカチで汗を拭う富樫の姿があった。
「で、修正はできたんだろうな?」
富樫が威圧的に言う。
勇は無表情で、プロトタイプを投影した。
バシュゥゥン!!
画面を開いた瞬間、金色のエフェクトと共に、無駄に豪華な龍のロゴが躍動した。
だが、富樫が指示した「レイアウト変更」は一切反映されていない。
「なっ……!?」
富樫が立ち上がる。
「おい! 何だこれは! 僕の指示と全然違うじゃないか! レイアウトはどうした!?」
「富樫様」
勇は静かに遮った。
「富樫様は常々、仰っていたではありませんか。『常務はインパクトを求めている。普通の修正じゃダメだ、もっと魂を揺さぶるものを作れ』と」
「は!? い、言ってな……」
「その熱い想いを、我々なりに解釈し、具現化いたしました。……いかがでしょうか、常務?」
勇は富樫を無視し、常務に視線を送った。
富樫は真っ青だ。勝手なことをされた上に、常務が激怒すれば自分の責任になる。
だが。
常務の目は、少年のように輝いていた。
「……おお」
常務は身を乗り出した。
「いいじゃないか! そうだよ、俺が欲しかったのはこういう『勢い』なんだよ! 細かいレイアウトなんてどうでもいいんだ!」
「えっ」と富樫。
「でかしたぞ富樫! お前、俺の好みをよく分かってるじゃないか! さすが俺の部下だ!」
常務が富樫の肩をバンバン叩く。
富樫は状況が飲み込めず、引きつった笑みを浮かべるしかない。
「あ、は、はい……! 常務のために……ご用意させました……(冷や汗ダラダラ)」
勇は心の中で冷笑した。
(小物は所詮、上司の機嫌取りしか頭にない。ならば、上司の好物を目の前にぶら下げてやれば、修正指示など霧散する)
「では常務、この『黄金の龍』採用ということで、他の修正はナシでよろしいですね?」
「おう! これでいけ! すぐリリースだ!」
会議は5分で終わった。
猪口が指示を無視したおかげで、納期は守られ、デスマーチは回避された。
帰り際、富樫が勇に近寄り、小声で言った。
「き、君……! 危ない橋を渡らせやがって……!」
勇は涼しい顔で答えた。
「素晴らしいディレクションでした、富樫様。……また『常務の真意』、教えてくださいね」
富樫は何も言い返せず、悔しそうに去っていった。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.033:勅命と現場判断
孫子の兵法にも通じるが、「将在外、君命有所不受(将、外に在りては君命も受けざる所あり)」という言葉がある。
戦場の最前線にいる指揮官は、遠く離れた君主(本部)からの命令が、現地の状況にそぐわないと判断した場合、これを無視して独自の判断で動くことが許される(むしろ推奨される)。
ビジネスにおいても、現場を知らないクライアントや上層部からの指示は、往々にして的外れである。それを鵜呑みにして爆死するよりは、相手の「真の目的(上司を喜ばせたい、等)」を見抜き、独断専行で成果を出すことこそが、真の忠義であり、プロジェクト防衛術である。




