第3話:桃園の誓いは、激安居酒屋の個室にて
天下を獲るには、己の手足となる「駒」が必要だ。
それが乱世の鉄則である。
個の武勇などたかが知れている。覇業を成すのはいつだって、組織の力だ。
勇(司馬懿)はスマホの連絡先をスクロールし、利用価値のありそうな二人を選別した。そして呼び出した場所は、学生の財布に優しい激安居酒屋チェーン『鳥貴族』……の偽物、『鳥平民』の狭苦しい個室だった。
「いやー、勇から誘うなんて珍しいじゃん! 就活の息抜きっしょ?」
軽薄な笑みを浮かべてジョッキを煽るのは、大学の同級生・早川。
サークルを3つ掛け持ちし、学内の噂話なら誰よりも早い情報通。だが、その情報はだいたい不正確で、口が軽いのが欠点だ。
(こやつは使える。敵に偽情報を流すスピーカー――蔣幹のような役割としてな)
「うめぇ! この焼き鳥、デカすぎだろ!」
もう一人、テーブルの唐揚げをブラックホールのように吸い込んでいる大男は、柔道部の剛田。
脳みそまで筋肉でできているような単細胞だが、体力と忠誠心だけはありそうだ。
(こやつは我が身を守る肉の壁――許褚の器だ)
勇は、烏龍茶を一口含み、厳かに口を開いた。
「二人に集まってもらったのは、他でもない。我々の『天下取り』についてだ」
「天下? 何それ、新作ゲームの話?」
早川がポテトを摘みながら茶化す。勇は眼光鋭く彼を射抜いた。
「『就活』という名の戦争の話だ」
場の空気が一瞬で凍りつく。勇は続ける。
「現代の就活戦線において、最も恐ろしい敵は何か知っているか? それは『情報の非対称性』だ」
「ヒタイショー……?」剛田が首をかしげる。
「企業は学生を選別するが、学生は企業の実態を知らぬまま戦わされる。面接という密室で、我々は常に不利な立場に置かれているのだ。……個で戦えば、死ぬぞ」
勇は、二人の不安を煽るように声を潜めた。
「剛田。貴殿の体力は凄まじいが、ESの文章力は小学生並みだ。書類選考で討ち死にする未来が見える」
「なっ……!」
「早川。貴殿の情報網は早いが、裏取りが甘い。ブラック企業の甘い言葉に騙され、搾取されるのがオチだ」
「うっ……否定できねぇ」
二人が青ざめたのを見計らい、勇はニヤリと笑った。
「だが、私が指揮を執れば話は別だ。剛田のESは私が添削し、最強の『武勇伝』に書き換えてやる。早川が集めた情報は私が精査し、真の優良企業だけを選別してやる」
「ま、マジかよ勇!?」
「お前、神か!?」
「その代わり、貴殿らは私の手足となれ。私のために情報を集め、私のために盾となれ。……どうだ?」
勇が手を差し出すと、二人は迷うことなくその手を握り返した。
単純な男たちだ。だが、それゆえに扱いやすい。
「よし。では、ここに誓おう」
勇はジョッキを高く掲げた。
壁には『飲み放題980円』のポスター。テーブルには散乱した焼き鳥の串。
桃園の美しさには程遠いが、決起の場などどこでもいい。
「我ら三人、生まれし日は違えども……」
勇が厳かに詠い始めると、剛田と早川も、何かに憑かれたように唱和した。
「「「内定を取る日は、同じと願わん!」」」
ガチン! と安っぽいジョッキがぶつかり合う。
剛田は「うおおお! 俺たち最強だ!」と男泣きし、早川は「これインスタに上げていい?」とスマホを構える。
勇は冷めた目でレシートを眺めた。
割り勘にすれば、一人2000円弱。
たったこれだけの出費で、忠実な「ガードマン」と「スパイ」が手に入ったのだ。費用対効果は抜群である。
(せいぜい働けよ、我が手駒たち。貴様らが稼いだ内定は、全て私の踏み台となるのだからな)
勇は口元を歪め、不敵にハイボールを飲み干した。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.003:人心掌握術
三国志の英雄・劉備玄徳は、関羽・張飛という一騎当千の豪傑たちと「桃園の誓い」によって義兄弟の契りを結び、彼らの絶対的な忠誠を手に入れた。
現代ビジネスにおいて、これを模倣するのが「飲みニケーション」である。
アルコールによる判断力の低下と、秘密の共有(ぶっちゃけ話)による連帯感の醸成。これらを組み合わせることで、上司は部下に対し、給与以上の忠誠心を要求する「心理的契約」を結ぶことができる。極めて安上がりかつ、効率的なチームビルディング手法と言える。




