第28話:鶏肋(けいろく)プロジェクトの撤退戦
「……鶏肋だな」
勇(司馬懿)は、回ってきたプロジェクトの概要書を見て呟いた。
『VRオフィス・メタバース計画』。
一時期のブームに乗って開発が始まったが、現在のアクティブユーザーは社員と、その親戚のみ。
利益(肉)は全くないが、開発費(骨)だけは立派にかかっている。
まさに「捨てるには惜しいが、食べる肉はない」――鶏のあばら骨のような案件だ。
「司馬くん、君にこのPMを任せる。……どうにかしろ」
社長・曹ヶ谷タケルからの辞令。
その目は「失敗したら殺す」と語っているが、本音では「誰か俺の代わりに『止める』と言ってくれ」と迷っているのが透けて見えた。
トップがサンクコスト(埋没費用)に囚われている時が、一番危険だ。
「承知いたしました(さて、いかにして美しく敗走するか)」
勇が撤退のシナリオ(サ終のお知らせ)を書き始めた矢先、邪魔が入った。
「待ってください社長! ここで退くなんてナンセンスですよ!」
会議室に入ってきたのは、外部コンサルタントの「楊」。
有名大学卒、MBA保持者。知識は豊富だが、空気が読めないことで有名な男だ。
彼は横文字を乱射し始めた。
「今は『耐え』の時期です! ここで追加予算を投下し、UXをフルリニューアルすれば、必ずV字回復します! これはパラダイムシフトなんです!」
楊の熱弁に、曹ヶ谷の心が揺らぐ。
「……そうか? まだイケるか?」
(……愚か者が。死に体に鞭打ってどうする)
勇は冷ややかな目を向けた。
ここで勇が「無理です」と否定すれば、曹ヶ谷のプライドを傷つけ、楊と対立することになる。
ならば、毒を以て毒を制す。
勇はスッと立ち上がり、楊の手を握った。
「素晴らしい……! 楊さん、貴方のビジョンには感動しました!」
「え?」
「私は近視眼的になっていました。確かに、貴方の言う通り攻めるべきだ。……社長、私はPMの座を降ります。この壮大な計画を遂行できるのは、私のような凡夫ではなく、天才である楊さんしかいません!」
勇はおだて上げた。徹底的に持ち上げた。
楊は気を良くし、鼻の穴を膨らませた。
「まあ、司馬くんにも分かってくれたか。よし、僕が陣頭指揮を執ろう!」
こうして、プロジェクトの全権限は楊に移譲された。
勇は「補佐」という名の傍観者(高みの見物)に回った。
* * *
一ヶ月後。
結果は惨憺たるものだった。
楊の指揮によるリニューアルは大コケし、追加予算は一瞬で溶け、サーバー代が赤字を垂れ流した。
傷口は広がり、もはや致命傷だ。
「ど、どうしてだ……理論上は完璧だったのに……」
青ざめる楊。
曹ヶ谷社長が、鬼のような形相で会議室に入ってきた。
「楊……。貴様、俺の金をドブに捨てたな?」
「い、いや社長、これは市場の変動が……まだアジャイルに改善すれば……」
「黙れ。……司馬!」
曹ヶ谷が勇を睨む。
勇は待っていましたとばかりに、一冊のファイルを差し出した。
「社長。楊さんの暴走を止められなかった私の責任です。……ですが、万が一のために『事業撤退および資産売却プラン』を用意しておきました」
「……なんだと?」
「サーバー契約の即時解除、及びVR技術の他社への特許売却。これにより、損失の6割は回収できます。……今すぐ決断いただければ、傷は浅くて済みます」
それは、勇が最初から用意していた「鶏肋の処分法」だった。
曹ヶ谷の表情が緩む。
「……でかした。即実行しろ」
そして、冷たい視線が楊に向けられた。
「楊、貴様は契約解除だ。二度と俺の前に顔を見せるな」
「そ、そんなァァァ……!」
コンサルタント・楊は、警備員に両脇を抱えられ、連行されていった。
彼は優秀だったが、「トップが本当は辞めたがっている」という本音(暗号)を解読できず、正論という名の凶器で自滅したのだ。
勇は、楊が残していった高そうな万年筆をポケットに入れ、心の中で手を合わせた。
(楊修よ。才能があることと、組織で生き残ることは別だ。……撤退戦の殿を務めてくれて、感謝する)
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.028:鶏肋と楊修
曹操が漏らした「鶏肋」という言葉から、「この地を守っても益はないが、捨てるのも惜しい」という撤退の意図を読み取った楊修。彼はその才気をひけらかしすぎたがゆえに、軍の統制を乱すとして処刑された。
ビジネスにおける撤退戦は、最も難しい。
「やる価値がない」と正論を吐く者は、トップの顔に泥を塗るため疎まれる。賢い者は、無能な第三者(楊修タイプ)を矢面に立たせて失敗させ、「仕方ないですね」という状況を作ってから、鮮やかに幕を引くのである。




