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第25話:ライバル企業「Applex」の女刺客

金曜の夜、恵比寿の会員制バー。

そこに集ったのは、都内の有力ベンチャー企業の若手エリートたち。

名目は「異業種交流会」。だが実態は、互いの給与や待遇を探り合い、マウントを取り合う「合コン」という名の外交戦場だ。


「へぇ、君がウェイソル? あの噂の『デジタル野武士軍団』ね」


グラスを片手に、挑発的な視線を投げてくる女がいた。

カレン。

世界を支配するGAFAの一角、「Applexアップレックス」日本支社のマーケティング担当。

燃えるような深紅のドレスを纏い、その勝気な瞳は、獲物を狙う猛禽類のようだ。


勇(司馬懿)は、カクテルを揺らしながら冷静に応戦した。


「野武士とは光栄だ。温室育ちの貴社にはない、泥臭さが我々の武器ですので」


「ふふ、言うじゃない。スマートさが売りのウチとは水と油ね」


カレンは楽しげに笑うと、強引に勇の隣に座り込んだ。

香水の香りが鼻をくすぐる。だが、その香りの奥には火薬のような危険な匂いがした。


(……この女。呉の孫尚香そんしょうこうか)


かつて政略結婚で劉備のもとに嫁いできた、孫権の妹。

部屋の侍女全員に薙刀を持たせ、寝室ですら武具に囲まれていたという、三国志きっての「武闘派ヒロイン」。

カレンの纏うオーラは、まさにそれだ。


「ねえ、君。面白そうだから、ここ抜け出さない?」


「……は?」


「こんな腹の探り合い、退屈でしょ? 私がもっと刺激的な場所に連れて行ってあげる」


カレンは勇の返事も聞かず、その腕を引いた。

拒否権はない。勇は為されるがまま、夜の街へと連行された。


   *  *  *


カレンの愛車である真っ赤なスポーツカーが、首都高を爆音と共に疾走する。

速度計は法定速度ギリギリ(あるいはアウト)を指している。


「ちょ、ちょっとカレンさん! スピードが!」

「何よ、このくらいでビビってんの? 男でしょ!」


彼女が連れてきたのは、湾岸エリアのダーツバー、からの会員制サウナ、そして深夜の激辛ラーメン。

彼女の遊び方は、とにかく体力を消耗する。

「次、勝負よ!」「負けた方がテキーラね!」

彼女のペースに巻き込まれ、インドア派の勇は疲労困憊だった。


だが、勇もただ振り回されているわけではない。


(このじゃじゃ馬め……。だが、貴様は宝の山だ)


ダーツの合間、テキーラで思考が鈍った(フリをした)瞬間を狙い、勇は鋭く切り込む。


「そういえば、Applexの次期OS……『Ringo15』のリリースは来月だとか?」


「んー? ああ、それね。実は開発が遅れててさー。ここだけの話、リリース直後に重大なバグ修正が入るわよ」


「ほう……(重要なインサイダー情報だ)」


「あと、ウェイソルの新サービス。あれ、ウチの法務部が特許侵害で目を付けてるから気をつけてね」


「……感謝する(これは早急に対策が必要だな)」


勇は疲労と引き換えに、業界のトップシークレットを次々と引き出していた。

カレンもまた、勇をただの遊び相手ではなく、「本音で話せる好敵手」として楽しんでいるようだ。


夜明け前。

カレンは満足げに勇を路上に解放した。


「あー、楽しかった! 勇、アンタ意外とタフね。また遊んであげる」


ブォンッ! とエンジン音を残し、紅い嵐は去っていった。

残された勇は、電信柱に寄りかかり、深いため息をついた。


「……やれやれ。孔明の罠よりタチが悪い」


恋愛感情など微塵もない。

あるのは、機密情報を得るためのホットラインと、寿命が縮むような疲労感だけ。

だが、この危険な「同盟」は、今後の覇権争いにおいて強力なカードとなるだろう。


「しかし……今度会うときは、せめてカフェにしてくれ……」


勇は朝日を浴びながら、重い足取りで始発の駅へと向かった。


---


【史実から学ぶビジネス兵法】


No.025:呉の孫尚香そんしょうこう

孫権の妹であり、劉備に嫁いだ孫尚香(孫夫人)。彼女は才気活発で武芸を好み、その部屋には武装した侍女が並び、劉備ですら入室を恐れたという。

ビジネスにおいて、競合他社の社員(特に異性)との交際は、最高レベルのインテリジェンス(諜報)活動であると同時に、自社の機密が漏れるリスクと隣り合わせの綱渡りである。

彼女らのような「武闘派」を御するには、生半可な体力と精神力では務まらない。情報は、命がけで奪うものなのだ。

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