第24話:初任給の衝撃と、天引きという名の略奪
4月25日。
それは、資本主義の奴隷たちに一時の安らぎを与える聖なる日。
給料日である。
「うおおおお! やったぜ! 俺の初任給!」
ATMの前で、剛田が通帳を掲げて歓喜の雄叫びを上げた。
額面(総支給額)は25万円。
学生時代のバイト代とは桁が違う。剛田の目には、焼肉と風俗のネオンが輝いて見えていることだろう。
「……だが、剛田よ。記帳された数字をよく見ろ」
勇(司馬懿)は冷静に告げた。
剛田が恐る恐る振込額を確認する。
「え……? 19万……?」
剛田の目が点になる。
「な、なんでだ!? 俺の6万円はどこに消えたんだ!?」
勇はスマホで給与明細(電子版)を開き、そのカラクリを淡々と読み上げた。
「健康保険料、厚生年金、雇用保険、所得税……。これらは国による徴収だ」
「くっ、国め……!」
「さらに見ろ。ここにある『親睦会費:3,000円』『社員寮費:35,000円』『福利厚生積立金:2,000円』……。これらは会社による独自のピンハネだ」
「な、なんだよ親睦会費って! 俺、誰とも親睦してねぇぞ!」
勇は明細画面を睨みつけた。
(……漢王朝の末期もこうだった。重税に次ぐ重税。民が汗水垂らして作った作物は、官吏たちの肥やしとなり、手元には籾殻しか残らぬ)
額面25万という数字は、ただの幻。
国家と会社という二重の支配者による搾取システムを経て、手元に残る「兵糧(手取り)」は、あまりに心もとない。
これでは、都(東京)の物価高という戦場を生き抜くにはギリギリだ。
「詐欺だ! 警察呼んでやる!」
暴れる剛田を制し、勇は眼鏡の位置を直した。
「騒ぐな。敵(国と会社)のルールで戦えば負けるのは必然。……ならば、我々はゲリラ戦で対抗するのみ」
「ゲリラ戦……?」
「これより『兵糧奪取計画』を発動する」
その夜。
残業を終えた勇と剛田は、誰もいないオフィスで怪しい動きをしていた。
「剛田、給湯室のウォーターサーバーだ。持参した2リットルのペットボトル3本に満タンまで詰めろ。これで一週間分の飲料水は確保できる」
「お、おう!」
「私は備品室を攻める。トイレットペーパー、ティッシュ、ボールペン……。これらは会社の資産ではない。我々から不当に天引きされた『親睦会費』の現物支給分だ」
勇はカバンにトイレットペーパーを詰め込みながら、さらにスマホ、モバイルバッテリー、ハンディファンなど、持てる全ての電子機器を会社のコンセントに繋いだ。
「自宅の電気代を1円でも節約する。会社の電力で生活基盤を維持せよ。これぞ『電力の私的流用』の計」
「すげぇ……! さすが勇!」
剛田も嬉々として、フリードリンクのスティックコーヒーをポケットにねじ込んでいる。
二人のカバンはパンパンに膨れ上がっていた。
現金で奪われた分は、現物とインフラ利用で回収する。
それは、セコい節約術ではない。弱者が強者から資源を取り返す、正当な「略奪」である。
「行くぞ、剛田。この重みこそが、我々の真の初任給だ」
「うっす! 重いけど軽いっす!」
深夜のオフィスビルを出る二人の背中は、敵の補給基地を焼き払い、戦利品を抱えて凱旋する夜盗のように頼もしかった。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.024:徴税と農民反乱
漢王朝の衰退は、重税による農民の疲弊から始まった。
現代のサラリーマンにとっても、額面(総支給)は幻であり、手取りこそが現実の兵糧である。社会保険料や税金に加え、ブラック企業特有の「謎の積立金」によって、可処分所得は極限まで削られる。
この差額に憤るだけでは消耗する。会社の備品、電力、福利厚生といった「隠れた資産」を徹底的に使い倒し、実質的な手取りを回復させることこそ、乱世を生き抜く知恵である。




