第23話:隻眼の猛将・夏目(なつめ)部長
新規事業開発室には、一人の伝説的な男がいた。
営業部長・夏目。
彼は常に右目に眼帯をしている。
戦場での名誉の負傷……ではなく、モニターを凝視しすぎて発症した「極度のドライアイ」が原因だ。
「お前らァ! 気合いが足りんぞッ!!」
朝礼で、夏目の咆哮が響く。
彼はホワイトボードを拳で叩き割りそうな勢いで、今月のノルマを書き殴った。
「売上目標、前月比200%! 達成できない奴は窓から飛び降りろ!」
「数字こそが正義だ! 俺はな、数字を作るためなら、自分の目玉を食ってでも客を説得する覚悟があるんだよォッ!」
(……狂人か)
最後列で聞いていた勇(司馬懿)は、冷ややかな視線を送った。
自分の目玉を喰らう――かつて戦場で矢を受けた目玉を引き抜き、「父の精、母の血、棄つるに忍びず」と叫んで飲み込んだ魏の猛将・夏侯惇の逸話そのままだ。
だが、現代でそれをやればただのコンプライアンス違反である。
夏目は勇の前に仁王立ちした。
「おい新人! 今日は俺の『飛び込み営業』に同行しろ! 俺の背中を見て、魂で覚えろ!」
「……承知いたしました」
勇は恭しく頭を下げた。
正面から反論するのは下策。猛獣には、餌を与えるフリをして首輪をつけるのが正解だ。
* * *
炎天下のビジネス街。
夏目の営業スタイルは、まさに猪突猛進だった。
アポなしでオフィスビルに突撃し、受付で怒鳴られ、警備員につまみ出される。
「頼む! 担当者に会わせてくれ! 俺たちの情熱を聞いてくれ!」
汗だくで叫ぶ夏目。その姿は、痛々しいほどに前時代的だった。
(非効率の極みだ。……だが)
勇は、夏目が断られた企業リストを密かに記録していた。
夏目の熱意(という名の迷惑行為)は、門前払いされつつも、相手の記憶には強烈に残る。
「さっきの変な熱血営業マン」として。
勇はその隙を突いた。
夏目が次のビルへ突撃している間に、勇はスマホを取り出し、先ほど断られた企業の担当者へメールを送る。
『先ほどは弊社の上司が大変失礼いたしました。彼の熱意が暴走してしまいましたが、彼が伝えたかった本質的なメリットは、以下の資料の通りです……』
謝罪から入り、夏目の「情熱」を肯定しつつ、中身は極めてロジカルな提案書を添付する。
すると、担当者からすぐに返信が来る。
『あの大声の人の部下ですか。資料、拝見しました。……これなら話を聞いてもいいですよ』
夕方。
オフィスに戻った夏目は、ボロボロの姿で項垂れていた。
「くそっ……今日は成果なしか……」
そこへ、勇がスッと一枚の契約書を差し出した。
「部長。先ほど訪問したA社様から、契約の申し込みがありました」
「な、なに!? あの門前払いされたA社か!?」
「はい。部長の気迫に、先方の社長が心を動かされたそうです。『あそこまで熱い男は久しぶりに見た。一度話してみたい』と」
もちろん嘘だ。契約は勇のメール営業によるものだ。
だが、夏目の顔にはパァァッと後光が差した。
「そ、そうか! やはり俺の魂は届いていたんだな!」
夏目は眼帯の下から涙を流し、勇の肩をバシバシと叩いた。
「でかしたぞ司馬! お前、見どころがあるな!」
「全ては部長の背中のおかげです」
勇は殊勝に頭を下げた。
(フン。単純な男だ)
猛将は扱いづらいが、一度「自分の理解者」だと思い込ませれば、これほど強固な盾(後ろ盾)はない。
夏目はこれから、勇のミスを全力で庇い、勇の成果を「俺の可愛い部下の手柄」として社内に宣伝して回るだろう。
理屈の通じない猛獣を懐柔した瞬間、それは最強の番犬となるのだ。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.023:夏侯惇と忠誠
隻眼の将軍・夏侯惇は、武力や知略においては他の将軍に劣る面もあったが、曹操への絶対的な忠誠心と、兵士からの人望は誰よりも厚かった。
現代の組織においても、「気合い」だけで動く前時代的な猛将タイプの上司は存在する。彼らはロジックを嫌うため扱いづらいが、一度その懐に入り込み「可愛い部下」と認定されれば、理不尽な社内政治から身を守ってくれる最強の防波堤となる。




