表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/61

第22話:テレアポ千本ノック ~声枯れるまで~

新規事業開発室。

そこは、電話のベル音と怒号が飛び交う、現代の最前線基地だった。


「はい、リストの上から順に電話しろ! ノルマは一日300件! アポが取れるまで受話器を置くな!」


課長の檄が飛ぶ。

配属された勇(司馬懿)たちの最初の任務は、名簿業者から買い叩いたリストへの無差別爆撃――「テレアポ(テレフォン・アポイントメント)」だった。


「もしもし! 私、ウェイソルの剛田と申しますがッ! 新規事業のごあんな……あ、切れた」

「あ、あの、担当者様はいらっしゃいますでしょうか……え、ガチャ? ひぃぃ……」


開始から1時間。

フロアは死屍累々の様相を呈していた。

剛田はその大声が災いして「うるさい!」と怒鳴られ、早川はメンタルが弱すぎて「ガチャ切り」の音を聞くたびに寿命を縮めている。

「いらない」「二度とかけてくるな」「警察呼ぶぞ」。

受話器の向こうから放たれる罵倒は、見えない矢となって新兵たちの心を貫いていた。


だが、勇だけは違った。

彼はまだ一件も電話をかけず、モニターに映るリストと、時計を交互に睨んでいた。


(無闇に矢を放つのは下策。……敵(相手)の城門が開くときを見極めよ)


勇は、周囲の社員が玉砕する様子を観察し、データを収集していた。

・受付の女性の声色が不機嫌になる時間帯。

・「担当者は不在」と言われる確率が高い業種。

・保留音が長い企業は、指揮系統が混乱している証拠。


そして、時計の針が14時15分を回った瞬間。

勇の手が動いた。


(……今だ)


勇はリストにある中堅メーカーの番号をプッシュした。


「お世話になっております。ウェイソルの司馬です。……ええ、先日送付させていただいた資料の件で、部長の〇〇様はいらっしゃいますか?」


勇の声は、低く、落ち着いており、そして妙に「既知の間柄」を装っていた。

受付嬢が一瞬怯む気配がする。

『あ、はい……少々お待ちください』


この時間帯。昼食後の眠気と、午後の定例会議が終わった直後のエアポケット。

人間の判断力が最も鈍り、つい「繋いでしまう」魔の時間帯だ。


『お電話代わりました、〇〇ですが』


部長が出た。

敵将のお出ましだ。ここからは、コンマ一秒の心理戦。


「〇〇部長、突然の非礼をお詫びします。実は御社の『中期経営計画』を拝見し、重大な機会損失が生じている可能性に気づきまして……どうしても、貴殿にだけお伝えしたかったのです」


「……機会損失だと?」


勇は「売り込み」はしない。「警告」をするのだ。

危機感を煽り、相手の喉元にナイフを突きつける。

そして、一拍置いてから、甘い蜜を垂らす。


「ですが、弊社のソリューションで、その損失を利益に転換できます。……来週の水曜14時、15分だけお時間をいただけますか? 貴殿の決断一つで、御社の今期数字が変わります」


沈黙。

電話線の向こうで、敵将が迷っている気配。

勇は畳み掛けることなく、無言の圧力で待つ。


「……わかった。来たまえ」


「感謝します。では」


カチャリ。

通話時間、わずか45秒。

アポイント獲得。


「す、すげぇ……」

隣で見ていた剛田が口を開けたまま固まっている。

「なんで勇だけ、ガチャ切りされないんだよ!?」


勇は冷ややかに答えた。


「矢を乱射するな。風を読み、敵の盾(受付)の隙間を狙い、将(決裁者)の眉間を射抜く。……これぞ、弓兵の極意だ」


その後も、勇は神算鬼謀のタイミングで電話をかけ続けた。

16時30分、夕方の忙殺タイムに入る直前の隙。

17時50分、定時直前の「早く仕事を片付けたい」心理を突くショートトーク。


夕方。

勇の成績は「コール数30件、アポ獲得10件」。

驚異のアポ率3割越え。

「声枯れるまで」叫んでいた剛田たちはアポゼロ。


勇は、喉飴(龍角散)を一粒口に放り込み、涼しい顔で日報を書き始めた。

声など枯らさずとも、敵は落ちるのだ。


---


【史実から学ぶビジネス兵法】


No.022:遠距離攻撃テレアポ

テレアポとは、姿を見せずに敵将(決裁者)の首を取る遠距離戦である。

多くの兵士は、受話器越しの「ガチャ切り」や罵倒を自分への攻撃と受け取り、心を病んでいく。

だが、歴戦の射手は違う。相手の拒絶は「城門が閉まっている」というただの事実であり、人格否定ではないと知っている。

心に鎧をまとい、データという風を読み、最小限のトークで最大の戦果を挙げる。それが現代の弓兵インサイドセールスの戦い方である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ