第22話:テレアポ千本ノック ~声枯れるまで~
新規事業開発室。
そこは、電話のベル音と怒号が飛び交う、現代の最前線基地だった。
「はい、リストの上から順に電話しろ! ノルマは一日300件! アポが取れるまで受話器を置くな!」
課長の檄が飛ぶ。
配属された勇(司馬懿)たちの最初の任務は、名簿業者から買い叩いたリストへの無差別爆撃――「テレアポ(テレフォン・アポイントメント)」だった。
「もしもし! 私、ウェイソルの剛田と申しますがッ! 新規事業のごあんな……あ、切れた」
「あ、あの、担当者様はいらっしゃいますでしょうか……え、ガチャ? ひぃぃ……」
開始から1時間。
フロアは死屍累々の様相を呈していた。
剛田はその大声が災いして「うるさい!」と怒鳴られ、早川はメンタルが弱すぎて「ガチャ切り」の音を聞くたびに寿命を縮めている。
「いらない」「二度とかけてくるな」「警察呼ぶぞ」。
受話器の向こうから放たれる罵倒は、見えない矢となって新兵たちの心を貫いていた。
だが、勇だけは違った。
彼はまだ一件も電話をかけず、モニターに映るリストと、時計を交互に睨んでいた。
(無闇に矢を放つのは下策。……敵(相手)の城門が開く刻を見極めよ)
勇は、周囲の社員が玉砕する様子を観察し、データを収集していた。
・受付の女性の声色が不機嫌になる時間帯。
・「担当者は不在」と言われる確率が高い業種。
・保留音が長い企業は、指揮系統が混乱している証拠。
そして、時計の針が14時15分を回った瞬間。
勇の手が動いた。
(……今だ)
勇はリストにある中堅メーカーの番号をプッシュした。
「お世話になっております。ウェイソルの司馬です。……ええ、先日送付させていただいた資料の件で、部長の〇〇様はいらっしゃいますか?」
勇の声は、低く、落ち着いており、そして妙に「既知の間柄」を装っていた。
受付嬢が一瞬怯む気配がする。
『あ、はい……少々お待ちください』
この時間帯。昼食後の眠気と、午後の定例会議が終わった直後のエアポケット。
人間の判断力が最も鈍り、つい「繋いでしまう」魔の時間帯だ。
『お電話代わりました、〇〇ですが』
部長が出た。
敵将のお出ましだ。ここからは、コンマ一秒の心理戦。
「〇〇部長、突然の非礼をお詫びします。実は御社の『中期経営計画』を拝見し、重大な機会損失が生じている可能性に気づきまして……どうしても、貴殿にだけお伝えしたかったのです」
「……機会損失だと?」
勇は「売り込み」はしない。「警告」をするのだ。
危機感を煽り、相手の喉元にナイフを突きつける。
そして、一拍置いてから、甘い蜜を垂らす。
「ですが、弊社のソリューションで、その損失を利益に転換できます。……来週の水曜14時、15分だけお時間をいただけますか? 貴殿の決断一つで、御社の今期数字が変わります」
沈黙。
電話線の向こうで、敵将が迷っている気配。
勇は畳み掛けることなく、無言の圧力で待つ。
「……わかった。来たまえ」
「感謝します。では」
カチャリ。
通話時間、わずか45秒。
アポイント獲得。
「す、すげぇ……」
隣で見ていた剛田が口を開けたまま固まっている。
「なんで勇だけ、ガチャ切りされないんだよ!?」
勇は冷ややかに答えた。
「矢を乱射するな。風を読み、敵の盾(受付)の隙間を狙い、将(決裁者)の眉間を射抜く。……これぞ、弓兵の極意だ」
その後も、勇は神算鬼謀のタイミングで電話をかけ続けた。
16時30分、夕方の忙殺タイムに入る直前の隙。
17時50分、定時直前の「早く仕事を片付けたい」心理を突くショートトーク。
夕方。
勇の成績は「コール数30件、アポ獲得10件」。
驚異のアポ率3割越え。
「声枯れるまで」叫んでいた剛田たちはアポゼロ。
勇は、喉飴(龍角散)を一粒口に放り込み、涼しい顔で日報を書き始めた。
声など枯らさずとも、敵は落ちるのだ。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.022:遠距離攻撃
テレアポとは、姿を見せずに敵将(決裁者)の首を取る遠距離戦である。
多くの兵士は、受話器越しの「ガチャ切り」や罵倒を自分への攻撃と受け取り、心を病んでいく。
だが、歴戦の射手は違う。相手の拒絶は「城門が閉まっている」というただの事実であり、人格否定ではないと知っている。
心に鎧をまとい、データという風を読み、最小限の矢で最大の戦果を挙げる。それが現代の弓兵の戦い方である。




