第17話:忘年会という名の「鴻門の会」
12月。
師走の寒風と共に、サラリーマンにとって最大の決戦が幕を開ける。
「忘年会」である。
「今年の幹事は、新人の司馬くんだ。頼んだよ」
上司からの一言で、勇(司馬懿)は戦場の総司令官(幹事)に任命された。
ただの飲み会ではない。これはウェイソル全社員が集結する巨大な式典であり、一歩間違えばクビが飛ぶ、現代の「鴻門の会」だ。
勇はまず、会場となる居酒屋の図面を広げ、軍議を開いた。
「最大の難関は『席次』だ」
勇は、社員の名札を将棋の駒のように配置していく。
「社長派の役員と、反社長派の古参幹部。この両勢力を隣接させれば、酒の勢いで口論となり、会は崩壊する」
「じゃあ、離せばいいじゃん」と剛田。
「駄目だ。離しすぎれば『派閥作り』を疑われる。……よって、こう配置する」
勇が打った手は、両勢力の間に「無害な新卒社員」や「空気を読まない天然キャラ」を緩衝地帯として挟み込む陣形だった。
さらに、社長・曹ヶ谷の席は、入り口から最も遠い「上座」に配置しつつ、トイレへの動線を確保。
酒のランクも、役員席には「久保田 万寿」、若手席には「発泡酒」と階級差をつけ、予算(兵糧)を完璧に配分した。
* * *
宴会当日。
勇の采配により、会は奇跡的な均衡を保って進んでいた。
社長も上機嫌だ。だが、魔物は酒の中に潜んでいる。
「おーい! 幹事ぃ! 酒が足りねえぞ!」
顔を真っ赤にして暴れているのは、営業部のパワハラ部長だ。
彼は以前から勇を目障りに思っており、酔いに任せて絡んできた。
「おい司馬! 新人のくせに仕切りやがって。……なんか芸やれよ、芸!」
「えっ、いや、それは……」
「『無礼講』だぞ? 俺を楽しませろ! できないなら、この酒を頭から被るか?」
会場が静まり返る。明らかなハラスメントだ。
だが、ここで拒否して場を白けさせれば、幹事としての評価は地に落ちる。かといって、元・魏の太傅たる私が、こんな下衆のために踊るなど……。
勇の中で、プライドと実利が激しく交錯する。
その時、勇は脳裏に浮かべた。
かつて雷鳴に怯えて箸を落とし、「私は臆病者です」と演じることで曹操の警戒を解いた、あの劉備玄徳の姿を。
(……よかろう。肉を切らせて骨を断つ)
勇は、スッと立ち上がると、無表情のままジャケットを脱ぎ捨てた。
さらにネクタイを外し、頭に巻く。
シャツのボタンを弾け飛ばし、腹踊りのごとく上半身を晒した。
「では……僭越ながら! 魏王の御前で舞ったという伝説の舞(嘘)! 『社畜音頭』をご披露いたしますッ!」
「はぁ!?」
勇は、羞恥心を彼方に投げ捨て、奇妙な踊りを踊り狂った。
「ヨイショ! 残業代は出ないけど~♪ 経費は落ちない自腹だよ~♪」
そのあまりのキレの良さと、普段のクールなキャラとのギャップに、会場は爆笑の渦に包まれた。
「ギャハハハ! お前最高だ! 馬鹿な奴だなぁ!」
パワハラ部長も腹を抱えて笑い転げている。
部長は笑いすぎて涙を流し、無防備に机に突っ伏した。
その手元には、ロックの外れたスマホが転がっている。
(……今だ)
勇は「部長~、飲みすぎですよ~」と介抱するフリをして近づいた。
そして、踊りの動作に紛れて素早く部長のスマホを操作。
ターゲットは、以前から目星をつけていた「裏帳簿(横領の証拠データ)」。
勇はそれを自分宛に転送し、送信履歴を消去。
一連の動作は、コンマ数秒の早業だった。
「うウィ~……司馬ァ、お前いい奴だなァ……」
何も知らずに肩を組んでくる部長。
勇は、汗だくの顔でニッコリと微笑んだ。
「ええ。貴方にとって、最高の部下になりますよ」
(貴様を地獄に送る、最高の介錯人としてな)
宴会は大成功に終わった。
勇は「宴会芸もできる面白い奴」という評価と、部長の「生殺与奪の権」の両方を手に入れたのだった。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.017:酒宴の心得
「鴻門の会」において、劉邦は項羽に対し、へりくだることで殺害の危機を回避した。また、劉備は曹操との食事中、雷に驚いて箸を落とす演技をし、「自分は小心者だ」と思わせて警戒を解いた。
現代の忘年会において、ピエロ(道化)になることは恥ではない。上司に「こいつは馬鹿で扱いやすい奴だ」と油断させることは、身を守る鎧となり、同時に懐に隠した刃を研ぐための時間稼ぎとなるのである。




