第14話:才女・美咲の「連環の計」
インターン同期の中に、一際目を引く花がいた。
美咲。
有名女子大に通う彼女は、清楚な黒髪と愛らしい笑顔で、男性社員たちの視線を独占していた。
剛田や早川などは、彼女にお礼を言われただけで「俺、脈あるかも」と舞い上がっている。
だが、勇(司馬懿)の目は誤魔化せない。
(あの女……目が笑っていない。男を「資源」としてしか見ておらんな)
美咲は、面倒な力仕事は剛田に、情報収集は早川に、そして細かい事務作業は真面目そうな社員に振る。
自身は成果の「美味しいところ」だけを回収し、人事評価を上げている。
まさに、男たちを鎖で繋ぎ、自分の踏み台にする「連環の計」だ。
ある日の夕方。
勇がPCで作業をしていると、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
「勇くん……ちょっといいかな?」
美咲だ。上目遣いで、勇の袖を摘んでいる。
計算された角度。無防備さを装う距離感。
「私、エクセルが苦手で……。この関数の組み方がどうしてもわからなくて。勇くん、得意だよね? 手伝ってくれない?」
潤んだ瞳で見つめられる。普通の男ならイチコロだろう。
だが、勇の脳裏をよぎったのは、前世の記憶――最愛にして最恐の妻、張春華の姿だった。
(フン……。その程度の媚びで私を落とせると思ったか? 我が妻など、私の仮病がバレそうになった時、口封じのために侍女を刺し殺すほどの烈女だったぞ。それに比べれば、貴様のハニートラップなど幼子の遊びだ)
勇は内心で冷笑しつつ、表面上は鼻の下を伸ばした「冴えない大学生」を完璧に演じた。
「で、デヘヘ……! もちろんだよ美咲ちゃん! 僕に任せて!」
「わあ、頼もしい! ありがとう!」
勇は美咲のPCを操作し、複雑な関数を一瞬で組み上げた。
だが、ただ助けるわけではない。
勇はキーボードを叩くついでに、ファイルのプロパティ情報と、目に見えない「透かし(隠し文字)」をデータ内に埋め込んだ。
これは、もし彼女がこのファイルを「自分が1から作りました」と人事部に提出したり、社外へ持ち出したりした際、剽窃チェックツールに引っかかり、作成者(勇)の名前がアラートで通知される仕掛けだ。
「できたよ。完璧だ」
「すごーい! 勇くん、天才! 今度ランチ奢るね!」
美咲は満面の笑みでファイルを受け取った。
彼女は「チョロい男」と思っているだろう。
だが勇もまた、「使い勝手の良い広告塔」を手に入れたと思っていた。
彼女が出世すればするほど、そのデータの真の作成者である勇の首輪はきつく締まるのだから。
去り際、美咲がふと振り返り、勇を見た。
その一瞬、彼女の「清楚な仮面」が外れ、冷徹な計算高い女の顔が覗いた。
勇もまた、デレデレした表情を消し、冷ややかな視線を返した。
(利用し、利用される。……悪くない関係だ)
恋などという不確かなものではない。
互いに背中に短刀を隠し持ったまま握手をする、呉と蜀のような「同盟」が成立した瞬間だった。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.014:呉蜀同盟
赤壁の戦いにおいて、劉備(蜀)と孫権(呉)は手を組み、強大な曹操(魏)に対抗した。しかし、その関係は「友情」ではなく、共通の敵を倒すための「利害の一致」に過ぎなかった。
オフィスにおける「同期の絆」や「オフィスラブ」も同様である。甘い幻想を抱いてはならない。昨日の友は、昇進レースにおいては明日の敵。笑顔の下で互いの腹を探り合い、利用価値がある間だけ手を組むドライな関係こそが、組織で長生きする秘訣である。




