第13話:36時間耐久ハッカソン ~現代の強行軍~
金曜日の18時。
本来なら、華の週末へと心が解き放たれる時間だ。
だが、ウェイソルのオフィスには、地獄の釜の蓋が開いたような重苦しい空気が漂っていた。
「いいか、お前ら。ベンチャーに週末などない」
社長・曹ヶ谷タケルが、ホワイトボードに殴り書きした文字は『36時間耐久・新規事業ハッカソン』。
金曜の夜から日曜の朝まで、一睡もせずに新サービスのプロトタイプを作り上げる。
社長の気まぐれによる、強制参加のデスゲームだ。
「テーマは『破壊』だ。既存の常識をぶっ壊すアイデアを出せ。優勝チームには金一封。寝た奴は……わかってるな?」
曹ヶ谷のギロチンのような視線に、社員たちは震え上がった。
勇(司馬懿)のチームには、剛田(筋肉)、早川(軽薄)、美咲(野心家)、そして数名のエンジニアが配属された。
開始から12時間。土曜の朝6時。
オフィスのあちこちで、屍が転がり始めていた。
「もう無理……」「コードが書けない……」
睡魔という見えない敵が、兵たちの思考力を奪っていく。
「ふん、惰弱な」
勇は、給湯室で怪しげな調合を行っていた。
薬局で買った大量のカフェイン錠剤を砕き、それを最強のエナジードリンク『モンスター(魔剤)』で流し込む。
さらにブドウ糖とビタミン剤を加えた、勇特製の「現代版・兵糧丸」だ。
「飲め。心臓が早鐘を打つが、意識は覚醒する」
「い、勇……これ合法か? 色がドブ川みたいだけど……」
剛田が引いているが、勇は無理やり飲ませる。数分後、剛田の目がバキバキに決まり、猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。
「次に、シフト制を敷く」
勇はチームを三班に分けた。
「全員で走れば全員で倒れる。8時間稼働、4時間仮眠。常に誰かが起きている『輪番体制』で進むぞ」
「でも勇くん、君はずっと起きてるの?」と美咲が問う。
勇はニヤリと笑った。
「私は指揮官だ。……少し、瞑想(仮眠)をする」
勇は共有スペースのソファに横になり、アイマスクを装着した。
だが、耳だけは澄ませている。
ここからが本番だ。「狸寝入り」である。
深夜2時。
他チームのリーダーたちが、油断して大声で議論している声が聞こえてくる。
「Aチームの案、AI婚活アプリか……悪くないな」
「Cチーム、ブロックチェーンを使った物流管理……ふむ、技術的に面白い」
勇はアイマスクの下で、彼らのアイデアを全て記憶していた。
敵が苦労してひねり出した良案。それを聞き出し、自チームの案に「改良版」として組み込む。
これぞ、諸葛亮が霧の中で敵の矢を回収した「草船借箭の計」の応用。
労せずして、敵の知恵(矢)を我が物とするのだ。
日曜の朝。
発表会。
他チームが疲労困憊で支離滅裂な発表をする中、勇のチームだけはカフェインで瞳孔を開きつつも、整然としたプレゼンを行った。
「我々の提案は、AIとブロックチェーンを融合させた……」
他チームがどよめく。
「あれ? 俺たちのアイデアに似てないか?」
「いや、でもあっちの方が完成度が高いぞ……?」
曹ヶ谷社長は満足げに頷いた。
「いいだろう。採用だ」
勝鬨を上げる剛田たち。
勇は、空になったエナドリの缶を握り潰し、心の中で呟いた。
(強行軍の極意は、根性ではない。資源管理と、敵の利用だ。……とはいえ、この身体も限界か)
勇は勝利の美酒(祝勝会)を味わうことなく、その場で泥のように眠りに落ちた。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.013:強行軍
長坂の戦いにおいて、曹操は昼夜兼行の凄まじいスピードで劉備軍を追い詰め、その軍勢を壊滅させた。
現代のシステム開発における「デスマーチ(死の行軍)」や「ハッカソン」も同様である。
短期間で成果を出すために必要なのは、クリエイティビティなどの綺麗な言葉ではない。カフェインによる強制覚醒と、交代制による体力管理。そして何より、他者の成果物を効率よく取り込む(パクる)たのしさ……もとい、柔軟性こそが勝利の鍵となる。




