表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/61

第12話:コピー機前の攻防戦 ~兵站を制す者~

インターン初日。

勇(司馬懿)と剛田に与えられた任務は、地獄のように退屈なものだった。

「コピー取り」。

過去の議事録や営業資料の山を、ひたすら複写し、ホチキスで止める。それだけだ。


「なんだよこれ! 俺たちは『世界を変える』ために来たんだぞ!?」


剛田が複合機の前で吼える。

「こんな誰でもできる仕事、バイトにやらせろよ!」


不満を爆発させる剛田の横で、勇は淡々と、しかし機械のような正確さで用紙をセットしていた。

その目は、ただ紙を見ているのではない。獲物を狙う鷹の目だった。


「愚か者め。誰でもできる仕事? ……違うな」


勇は刷り上がったばかりの温かい紙束を手に取り、不敵に囁いた。


「ここは単なる印刷室ではない。社内の全情報が集まる『長安ちょうあん』だ」


「は? 何言ってんだお前?」


「見ろ、剛田」


勇は一枚の書類を指差した。それは営業部長の「経費精算書」だ。


「この部長、先週だけで三回も六本木の高級寿司屋に行っている。しかも同伴者は『接待』となっているが、日付は全て金曜の夜だ」


「それがどうした?」


「同時刻、社長のスケジュールは『会食』。場所は銀座だ。……つまり、この部長は社長の目の届かない場所で、会社の金を使って私腹を肥やしている可能性がある。弱味カードが一枚手に入ったな」


「げぇっ!?」


勇の手は止まらない。

次に出力されたのは、開発部の「次期プロジェクト仕様書(極秘)」。

その次は、人事部から出力された「リストラ候補者リスト」。

さらには、誰かが取り忘れたままの「不倫相手への私信メール(プリントアウトして確認しようとした痕跡あり)」。


「社内の人間は油断している。複合機という公共の場に、自らの首を絞める機密を無防備に晒しているのだ」


勇はコピーを取るフリをして、それらの重要情報を脳内の「社内勢力図」にマッピングしていく。

誰が誰と繋がり、誰が失脚寸前か。

たった1時間のコピー作業で、勇は新人社員よりも深く会社の裏事情を把握していた。


その時だった。

複合機が悲鳴のような警告音を上げた。

『トナーがありません。交換してください』


「あーあ、止まっちまった。総務の人呼んでくるか」

剛田が動こうとした時、給湯室の方から、ヒールの音が近づいてきた。

現れたのは、総務歴30年のベテラン社員、通称「お局様(50代)」。

その鋭い眼光は、役員ですら直立不動になるという社内の裏番長だ。


「ちょっとアンタたち! トナー切らしたならさっさと交換しなさいよ! 若いんだから気が利かないわね!」


ヒステリックな罵声。剛田が縮み上がる。

だが、勇は待っていたとばかりに一歩前に出た。


「失礼しました。直ちに」


勇は予備のトナーカートリッジを取り出すと、慣れた手つきで数回振った。

(トナーは振ることで粉末が均一になる。これを怠れば印刷にムラが出る)

カシャン、と小気味よい音を立ててセット完了。

さらに、勇は懐からポケットティッシュを取り出し、トナー交換時に飛散した微細な粉を、ドラムを傷つけないよう優しく、かつ迅速に拭き取った。


「完了しました。ついでに給紙ローラーの埃も取っておきましたので、紙詰まりも減るはずです」


完璧な所作。

お局様の目が丸くなった。


「……アンタ、やるじゃない。最近の若いのには珍しく、道具への愛があるわね」


「恐縮です。戦場において武器(複合機)の手入れは兵士の命ですので」


勇が恭しく頭を下げると、お局様の氷のような表情が溶け、少女のような(?)笑みが浮かんだ。


「名前は? ……司馬くんね。覚えたわ。何か困ったことがあったら、総務に来なさい。特別にお菓子あげるから」


お局様は機嫌よく去っていった。

その後ろ姿を見送りながら、勇は剛田に向かってニヤリと笑った。


「見たか、剛田。これで我々は、社内の備品管理権限と、総務発の『人事異動の噂』を最速で入手するルート(パイプ)を手に入れた」


「お、お前……コピー機一つでそこまで……」


剛田は戦慄した。

この男にかかれば、雑用すらも天下取りの布石となるのだ。


---


【史実から学ぶビジネス兵法】


No.012:宦官と情報網

後漢末期、朝廷を牛耳り政治を腐敗させたのは「十常侍じゅうじょうじ」と呼ばれる宦官かんがんたちであった。彼らは皇帝の身の回りの世話をする「雑用係」であったがゆえに、皇帝への取次役として絶大な権力を握った。

現代のオフィスにおいても、清掃員、警備員、そして総務のベテラン社員(お局様)を軽視してはならない。彼らはオフィスの「汚れ」と共に、最もディープな「機密情報」を握っている影の支配者であり、彼らを敵に回した者は、足元から崩れ去る運命にある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ