第10話:ウェイソル最終面接、曹操との邂逅
ついに、この日が来た。
ブラックベンチャーの雄、「ウェイ・ソリューションズ」最終面接。
六本木のガラス張りのオフィスビル。その最上階にある社長室の扉は、まるで皇帝の居室への入り口のように重々しく、そして威圧感を放っていた。
「入れ」
短く、重い声。
勇(司馬懿)が扉を開けると、そこには一人の男が革張りの椅子に深々と腰掛け、東京の街を見下ろしていた。
曹ヶ谷タケル。
ウェイソルの創業者にして絶対君主。
振り返ったその男の顔を見た瞬間、勇の魂が粟立った。
鋭い眼光。傲慢な口角。そして全身から立ち昇る、他者を圧倒するカリスマ性。
間違いない。この男こそが、現代に蘇りし覇王。
我が主君、曹孟徳だ。
(……久しいな、曹公。まさかこのような形で謁見することになるとは)
勇は緊張を隠し、深く一礼した。
曹ヶ谷は勇の提出した履歴書を手に取ると、一瞥もせずにデスクの脇へ放り投げた。バサリ、と紙束が床に落ちる。
「紙切れに書かれた過去になど興味はない」
曹ヶ谷は勇を射抜くように見据えた。
「俺が知りたいのは未来だ。……おい、学生。君は、世界をどう変えたい?」
それは、ありきたりな面接の質問ではない。
王が臣下の器を量るための試問だ。
「御社の理念に共感し~」などという定型文を吐けば、即座に首を刎ねられるだろう。
勇は腹を括った。
この男の前で、小細工は通用しない。ならば、さらけ出すのみ。
「今の世界は歪です」
勇は静かに語り始めた。
「Giga-Linkが情報を統制し、Amazoneが物流を握り、Applexが美意識を支配する。このGAFAによる寡占こそが、現代の漢王朝……腐敗した既得権益です」
「ほう?」
「私は、その秩序を壊したい。新たな帝国を作り、力ある者が正当に評価される、真の実力主義の世界を築きたいのです」
それは就活生の妄言か、それとも中二病の極みか。
だが、曹ヶ谷の口元が吊り上がった。
その笑みは、かつて曹操が「治世の能臣、乱世の姦雄」と評された時に見せたものと同じだった。
「面白い。秩序の破壊、か。……気に入った」
曹ヶ谷は立ち上がり、勇に手を差し出した。
「なら、君の人生を俺に預けろ。ここは戦場だ。労働基準法などという温い盾は役に立たん。死ぬまでこき使ってやるが……ついて来れるか?」
勇はその手を強く握り返した。
「御意。この命、使い潰せるものなら潰してみるがいい」
『内定』。
その二文字が、脳内で黄金色に輝いた。
* * *
面接を終え、オフィスを出る勇の足取りは軽かった。
ついに主君と巡り会えた。ここから、我が覇道が始まるのだ。
高揚感に包まれながら、エレベーターホールへと向かう廊下を歩く。
その時だった。
自動販売機の前で、一人の男とすれ違った。
よれたスーツを着た、背の低い中年男性。
薄くなった頭髪、猫背の姿勢。手には「お~いお茶」のペットボトル。
首から下げた社員証には『総務課長:田中』とある。
どこにでもいる、窓際族のような疲れたサラリーマンだ。
だが。
すれ違いざま、ふと田中と目が合った瞬間。
「……ッ!?」
勇の背筋に、氷柱を突き刺されたような悪寒が走った。
心臓が早鐘を打ち、本能的な恐怖で足がすくむ。
なんだ? 今の感覚は?
曹ヶ谷社長と対峙した時ですら感じなかった、腹の底から湧き上がるような畏怖。
(あの男……ただの凡夫ではない、のか……?)
勇が恐る恐る振り返ると、田中課長はすでに角を曲がり、消えていた。
後に残ったのは、自動販売機の低いモーター音だけ。
「……気のせいか。五丈原の亡霊にでも怯えたか」
勇は冷や汗を拭い、首を振った。
あんな冴えない男が、何かであるはずがない。
俺が仕えるべき覇王は、あの社長室にいる曹ヶ谷タケルただ一人だ。
勇はエレベーターに乗り込んだ。
だが、閉まる扉の隙間から見えたオフィスの闇は、底知れぬ深淵のように勇を見つめ返していた。
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【史実から学ぶビジネス兵法】
No.010:唯才是挙
「唯だ才あらば是れ挙いよ」。
曹操が発した有名な求人令である。「才能さえあれば、家柄や過去の素行(道徳)は問わずに採用する」という徹底した実力主義宣言だ。これにより魏には優秀な人材が集まり、強国となった。
現代のブラック企業、もとい急成長ベンチャーもまた、コンプライアンスや協調性よりも「数字(成果)」を絶対視する点において、乱世の英雄と同じ思想を持っていると言える。ただし、そこに「使い潰す」という注釈がつく点は注意が必要である。




