7話
学園集会から、わずか三日後。
厳は、両親に呼び出された。応接間。そこは、客人を迎える最も格式高い部屋だ。厳が立つ資格のない、そんな場所で、父親と母親が対面していた。
「説明しろ」
父親の声は、氷のように冷たかった。
「生徒会長としてあるまじき行為。寄付金の横領。カンニング。部下への支配と脅迫。本当か」
「違う。俺は、そんなことは…」
厳は、必死に否定しようとした。だが、父親は厳の言葉を遮った。
「黙れ」
その一言で、厳の全ての言葉は遮断された。
「お前は、家族の恥だ。大嶽家の名前に泥を塗った。この家には、不要だ」
「親父、待ってくれ。これは、誤解で…」
「誤解だと?」
母親が、その時初めて口を開いた。その声は、絶望と失望に満ちていた。
「学園から電話があったわ。先生たちも、全員、あなたの不正を確認したって。複数の証拠もあるって」
「それは、全部、嘘なんだ!俺は、何もしてない!」
厳の声は、必死だった。だが、両親の目には、信じる気持ちがなかった。
「嘘をつくな」
父親は、厳に背を向けた。
「今すぐ、この家を出ろ。もう、お前の顔は見たくない」
「親父、ちょっと待ってくれ。俺は…」
「出ろ!」
父親の怒号が、応接間に響き渡った。
その時、厳は初めて、自分の言葉が誰にも届かないことを理解した。
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街に放り出された厳。
まず、友人の家に泊めてもらおうと考えた。だが、その友人たちは、すでにSNSなどで、厳の「悪行」を知っていた。
「悪いけど、お前には泊まる資格がないと思う」
友人は、冷淡にそう言った。
次に、バイトを探した。だが、生徒会長時代の「完璧な評判」が、今は完全に逆に働いた。採用試験では、「大嶽厳、生徒会長。不正で除籍」という検索結果が、真っ先に出るようになっていた。
「申し訳ありませんが、採用は見送らせていただきます」
その言葉を、何度も何度も、厳は聞かされた。
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初めての夜。公園のベンチで寝た。
翌朝、警察に「ここは寝泊まりできない場所だ」と追い出された。
その後、掘っ立て小屋のような安宿を見つけた。一泊千円。そこで厳は、金が尽きるまで、夜を過ごした。
だが、金は、あっという間になくなった。
親からの援助はなく、バイトも見つからず、友人も助けてくれない。
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二週間後。
厳は、街の片隅の段ボール生活に転落していた。
雨の日は、水が浸みこんでくる。冬は、凍えるような寒さに耐えた。
通行人は、厳を見ない。見たとしても、「ホームレス」として、ただ無視するだけだ。
その中で、厳の心は、ゆっくりと死んでいった。
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三ヶ月が経った。
厳の顔は、完全に変わっていた。
髪は伸び放題。顔には無精髭が生え。眼は落ちくぼみ、肌は泥と汚れで黒ずんでいた。衣服は、もはやボロボロで、どこから来たのか分からないほどに汚れていた。
稼ぎは、拾った缶を売ることだけ。一日、百円、二百円。その中で、パンの耳や、腐りかけの食べ物を食べて、生きていた。
「こんなはずじゃなかった」
厳は、毎晩、そう呟いた。
「俺は、生徒会長だったのに。学園のトップだったのに。何もしていないのに…」
その言葉は、誰にも届かない。誰も聞いていない。
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一年が経った。
厳は、もはや「人間」ではなく、「社会の外の存在」になっていた。
福祉事務所に相談に行ったことも、ある。だが、「生活保護を受けるには、身寄りや就職を試みるなどの条件がある」という説明を受けただけだった。
「俺は、何もしていないんだ」
厳は、その場で何度も繰り返したが、役人の顔には、同情はなかった。
「大嶽厳ですね。学園での不正行為で…」
その一言で、全てが終わった。
役人は、パソコンで検索をした。そこには、厳の「暴君」としての悪行が、ずらりと並んでいた。
「申し訳ございませんが、この場合は…」
厳は、その場を去った。
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二年目。
厳は、空き家を見つけた。誰も使っていない、古い家。その中で、段ボール生活より少しは安全に、夜を過ごすことができた。
だが、空き家には、夏の暑さと、冬の寒さが、そのままに降りかかった。
ネズミが走り、ゴキブリが這い、湿度は常に高く、カビが壁一面に生えていた。
だが、厳は、それでも感謝した。屋根がある。壁がある。それだけで、十分だった。
その空き家の一角に、厳は自分の「巣」を作った。
拾ってきた新聞紙を敷き、古いダンボールを重ねて、寝床を作った。
そこが、大嶽厳の「家」になった。
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二年と十ヶ月が経った。
ある日のこと。
その空き家に、一通の手紙が届いた。
差出人は、誰か分からない。宛先も、ただ「大嶽厳へ」とだけ書かれていた。
厳は、その手紙を手にした時、全身が硬直した。
誰が、自分の居場所を知ってるのか。
誰が、わざわざ手紙を送ってくるのか。
厳は、恐る恐る、その手紙を開いた。
中には、一枚の紙が入っていた。
そこに書かれていた文字は、ワープロで打たれたものだ。
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「大嶽厳へ
お久しぶりです。
成人式のお知らせです。
あなたも同級生ですから、一緒に成人式に行きませんか。
日時:令和〇年〇月〇日 午前10時
場所:〇〇公民館
速水悠真と桜庭伶奈は、確実に参加します。」
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手紙を読んだ時、厳の心は、一瞬で激震した。
成人式。
悠真。
伶奈。
その三つの言葉が、厳の脳裏を焼いた。
そして、その手紙の下には、別のものが同梱されていた。
包丁だ。
一本の、刃先が鋭く研がれた包丁。
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厳は、その包丁を握りしめた。
(これは…何だ…?誰が…?)
だが、次の瞬間、厳は全てを理解した。
これは、誰かからの「招待」ではなく、「機会」だ。
復讐の機会。
そして、その「機会」を与えてくれた者は、誰なのか。
慧なのか。
伶奈なのか。
それとも、別の誰かなのか。
もはや、厳には分からない。だが、分かることは一つだけだ。
自分は、復讐できるということ。
悠真を、殺すことができるということ。
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成人式の当日。
厳は、鏡を見た。
そこに映っていたのは、人間ではなく、亡霊だった。
ボロボロの衣服。伸び放題の髪。無精髭に覆われた顔。落ちくぼんだ眼。
三年間の地獄が、全身に刻み込まれていた。
厳は、包丁を握りしめた。
冷たい刃の感触が、彼の手のひらに、静かに伝わった。
(お前たちが、俺をここまで落とした。だから、今度は、俺がお前たちを落とす番だ)
厳は、成人式の会場に向かって、歩き始めた。
街を歩く。通行人は、彼を見て、目をそらす。
「気持ち悪い」という誰かの呟きが、厳の耳に入った。だが、もはや厳は、そんなことに気を留めることはなかった。
(そうだ。俺は、気持ち悪い存在だ。社会の外の者だ。だから、何をしてもいいんだ)
その時、厳の中で、最後の人間らしい感情が、死んだ。
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公民館に着いた時、成人式の会場からは、楽しげな笑い声が聞こえてきた。
成人した同級生たち。新しい人生の門出を祝う、その光景。
その全てが、厳には、地獄のように見えた。
(あんな世界に、俺はもう戻ることはできない)
厳は、包丁を握りしめ、会場の外で、獲物を待つ狩人のように、静かに立っていた。
そして、見えた。
スーツ姿の悠真。
振袖姿の伶奈。
二人は、まるで成功者のように、会場を後にしてきた。
その瞬間、厳の中で、三年間の怒りと絶望と復讐心が、一つに結晶した。
「よ、う…悠真」
厳は、掠れた声で、その名を呼んだ。
悠真は、その声に気づき、背を向けた。
そこには、亡霊のような男が立っていた。
その男の右手には、鈍く光るナイフが握られていた。
「…厳?」
悠真の声は、震えていた。
「お前が…?」
「ああ」
厳は、その時、全てを投げ捨てた。
自分が正当なのか、不当なのか。
そんなことはもう、関係ないのだ。
自分は、この三年間で、既に「人間」ではなく「怪物」に変わっていたのだ。
だから、怪物として、そいつを殺すだけだ。
(これが、俺の『ざまぁ』だ)
厳は、包丁を握りしめ、悠真に向かって、一歩踏み出した。
その時、夜の闇が、全てを呑み込みました。
包丁、復讐、、、僕の他の小説を読んでる人なら、差し当て人の正体もわかるかな?




