6話
朝礼の時間。全校生徒が体育館に集められた。学園集会だ。
厳は、いつものように演壇に立っていた。生徒会長としての責務。毎月一度、全校生徒に対して、学園の状況を報告する義務がある。退屈な仕事だが、必要な儀式だ。
(今月は、文化祭の準備が進んでる話をしようか。伶奈と一緒に企画した、新しい試みもあるし)
厳は、そう考えながら、視線を体育館の後ろへと向けた。
そこには、伶奈と悠真が立っていた。
伶奈は、何か緊張したような表情で、悠真を見ていた。そして、その手を握っていた。
(何だ…?伶奈の表情、変だな)
厳は、わずかな違和感を感じた。だが、その違和感を深く追求する暇もなく、司会の教師が、次の演者を呼び始めた。
「次は、生徒会の特別報告です。速水悠真君から…」
厳の眉が、動いた。
(速水…?悠真が…?)
演壇から、悠真が呼ばれた。その声を聞いた時、厳の心の奥底に、小さな不安が芽生えた。
いや、不安というより「予感」だった。
何か、悪い予感。
悠真は、ゆっくりと演壇に向かった。その足取りは、いつもより緊張した様子に見えた。その手には、分厚い資料が握られていた。
(資料…?何の資料だ?)
厳は、その時初めて、今日の学園集会が「普通の報告ではない」ことに気づき始めた。
演壇に上がった悠真は、マイクの前で、一度深呼吸をした。彼の目は、下を向いていた。演壇から見ている厳の顔を、避けるようにして。
(逃げてる…)
その時点で、厳は確信した。今から起きることは、良いことではない。
「本日は…」
悠真の声は、震えていた。
「生徒会長・大嶽厳による、重大な不正行為についての報告があります」
その言葉が、体育館に響き渡った瞬間、全ての音が消えた。
静寂。
その静寂は、絶対的だった。全校生徒の息が止まり、教師たちの表情が一斉に硬くなった。
そして、全員の視線が、演壇に立つ厳に集中した。
厳は、その瞬間、自分の足場が揺らぐのを感じた。
(何だ…?「不正行為」…?)
彼の脳裏は、一瞬空白に陥った。そして、次の瞬間、激しい怒りが湧き上がった。
(ふざけるな!俺が、何の不正を…!)
「複数の1年生が、生徒会長から『寄付金』の名目で金銭を要求されています」
悠真が、読み上げた。
その言葉を聞いた時、厳の全身が、熱くなった。怒りというより、純粋な「困惑」だった。
(何を言ってるんだ…?寄付金…?俺は、そんなことを…)
だが、悠真は、続けた。
「また、テストの採点について、不自然な点が複数確認されました。複数の教師の証言もあります」
その言葉とともに、悠真が掲げた資料には、厳の知らないテスト用紙の画像が映し出された。それは、確かに「カンニングの痕跡がある」ように見えた。だが、それは、厳のテストではなかった。
(何だ…?このテスト…)
厳は、その資料を見て、さらに混乱した。
「君が、自分の仕事を部下に押し付け、彼らを支配下に置いていた事実もあります」
悠真は、資料をめくり、いろんな人の「証言」を読み上げた。
「『大嶽会長は、自分の仕事を全員に押し付けている』という複数の証言があります」
(なんだと…?何の証言だ…?)
厳は、自分の副会長である慧に視線を向けた。慧は、正面を見つめたまま、一切の反応を見せなかった。
その瞬間、厳は初めて気づいた。
慧も、この計画に関わっているのか。
いや、違う。
慧は、最初から、この計画を知っていたのか。
いや、待て。
慧の「悠真が俺のことを悪く言ってる」という報告は、全て本当だったのか。
その時、厳の脳裏に、全ての破片がパズルのように組み立て始めた。
慧が、最初に「悠真の悪口」を報告してきたこと。伶奈が、その後、微かに違和感を見せた理由。悠真が、最近、何か考えり込んでいるような表情をしていた理由。
全部。全部が、自分を蹴落とすためのものだったのか。
「ふざけるな!」
厳は、激怒した声を上げた。
「何の証拠があって、そんなことを言ってるんだ、悠真!」
彼の声は、体育館全体に響き渡った。その怒りは、純粋だった。なぜなら、彼は、本当に「自分が何をされているのか」を理解していなかったからだ。
演壇から降りようとした厳を、悠真は言葉で押さえつけた。
「証拠は、ここにあります。複数の1年生の証言。テストの分析。そして、生徒会の仕事の配分表です。全て、大嶽会長が不正を行った証拠です」
悠真の声は、だんだんと強くなっていった。その声の中には、厳が初めて聞く「不動の確信」があった。
厳は、その時、悠真の目を初めて正面から見た。
その目には、「敵意」があった。
厳の幼馴染である、ただ一人の友人の目に、敵意が宿っていた。
その視線が、厳の心に刺さった。
(悠真…お前…)
全校生徒の視線が、厳に集中している。教師たちは、メモを取り始めた。親たちの信頼を失い、学園での信用が地に落ちるのが、厳には手に取るように分かった。
そして、最も痛いのは、その全てが「嘘」だということだ。
厳は、何もしていない。寄付金も、カンニングも、支配も、全て嘘だ。だが、この舞台の上では、彼がそれを証明する方法はなかった。
なぜなら、演壇にいるのは、彼の友人である悠真。そして、その後ろには、伶奈がいる。
伶奈は、やはり、悠真デマを信じてしまったのだろうか。
その時、厳は、自分の人生が、一瞬にして崩れ去るのを感じた。
演壇での報告が終わり、生徒会の投票が始まった。
「大嶽厳の失職に賛成の者は…」
投票用紙を上げる手は、圧倒的だった。ほぼ全員。
厳は、その光景を見て、自分がもはや何もできないことを理解した。
彼の「完璧な地位」は、この瞬間にして、完全に崩壊した。
放課後。図書室。
厳は、そこに向かった。
二人は、そこにいるはずだ。悠真と伶奈。そして、彼らが「何をしたのか」を知りたかった。
図書室の奥。窓際の席。
伶奈が、悠真に抱きついていた。
「やったね。やったよ!」
その声は、心からの喜びに満ちていた。
厳は、その光景を見て、全てを理解した。
この二人は、最初からグルだったのだ。
慧も、多分、その一部だった。
そして、厳の全てを奪い、完全に彼を落とすために、この計画を立てたのだ。
「大嶽くんは、明日にも失職が決まるんだって」
伶奈は、嬉しそうに言った。
その言葉を聞いた時、厳の心の中で、何かが完全に切れた。
伶奈。
この、「純粋な尊敬の目」で見つめていると思っていた女。
この、「心から愛してくれている」と信じた女。
この、自分の孤独を埋めてくれるはずだった女。
全部、嘘だったのか。
全部、演技だったのか。
そうして厳は1人になった。畏怖ではない侮辱中で目で見られながら、厳は学校から去っていったのだった。




