3話
翌日の朝、悠真は学園に向かう道のりで、既に心臓が激しく鼓動していた。昨日、伶奈と一緒に集めると決めた「証拠」の数々。それらが本当に、厳の「悪行」を立証するのか。自分は本当に、正しいことをしようとしているのか。
(違う。俺は正しい。あのDMの言葉、慧が見せてくれた厳の支配的な態度。全部、事実だ)
心の中で何度も繰り返す。信じることで、自分を鼓舞する。
図書室の奥。放課後の時間。悠真は、伶奈から受け取ったリストを手に、作戦を開始していた。リストには、「大嶽会長から不当な扱いを受けたと思われる人物」の名前が列挙されていた。伶奈が「聞いた話」だという。
最初の対象は、1年生の佐藤健太。生徒会の広報委員として働かされている、という情報だった。
「佐藤くん?」
図書室を出た悠真は、校舎の廊下で佐藤を見つけた。背の低い、気の弱そうな1年生だった。
「あ、速水先輩。何ですか…?」
「あ、ちょっと、君に聞きたいことがあるんだけど」
悠真は、できるだけ穏やかな表情を作った。
「大嶽会長って、君に何か無理なことを言ったり、してないかな?」
佐藤の顔がピリッと硬くなった。
「え…?」
「いや、別に大事なことじゃなくて。ただ、もしも不当なことがあれば…」
「あ、あの…」佐藤は周囲を見回った。そして、小さな声で言った。
「実は、生徒会の仕事をさせられて…そのときに、『寄付金を払え』って言われたんです」
悠真の全身に電気が走った。
「寄付金…?」
「はい。最初は、『学園のためだから』って言われたんですけど…金額が…」
佐藤は、続ける勇気が出ないかのように、うつむいた。
「でも、大嶽会長は権力者だし、逆らえなくて…」
悠真は、その場で深呼吸した。頭の中で、伶奈の言葉が反響する。『大嶽くんは、複数の1年生から金を巻き上げているらしいの』
それは事実だったのだ。
「ありがとう。教えてくれて。これは…大事なことだ」
「あ、でも…誰にも言わないでください。報復が怖くて…」
「大丈夫。君は守られる」
悠真はそう約束した。その言葉は、自分自身への約束でもあった。自分は、この少年を、そして伶奈を、厳の支配から救うんだ。
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二日目。
今度は、テストの「証拠」を集める段階だった。
保健室の隣にある職員室の前で、悠真は英語の教師・山田先生に声をかけた。
「山田先生、ちょっと時間はありますか…?」
「ん?何か用か、速水」
「実は、大嶽会長のテストの成績について、確認したいことがあって…」
山田先生は、眉をひそめた。
「大嶽のテスト?何か問題でもあるのか?」
「いや、その…」
悠真は、なるべく慎重に言葉を選んだ。
「成績が完璧すぎるというか…不自然に思えて」
「ほう。では、テスト用紙を見てみるか」
山田先生は、職員室から戻ってきて、厳の英語のテスト用紙を何枚か持ってきた。すべて満点か、ほぼ満点だった。
「これだけ見ると、完璧だな。特に問題は…」
「あ、実は、別のテストを見たんです。こちらです」
悠真は、慧からもらった「カンニングの痕跡が見られる」というテスト用紙を見せた。それは、厳のものではなく、怜奈のものだったが、慧が「大嶽会長の場合、こういう痕跡がある」と説明したものだった。
「ああ、これは…」
山田先生は、眉をひそめた。
「確かに、不自然な点がある。だが、大嶽のテストにはこういう痕跡が見当たらないぞ」
「ですが、もしも会長が『完璧なカンニング』をしていたら…?」
悠真の言葉に、山田先生は沈黙した。その沈黙は、肯定にも否定にも見えた。
「…調べてみる。ありがとう、速水」
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三日目。
図書室に帰った悠真は、伶奈からの連絡を待っていた。すると、窓の外から、彼女の姿が見えた。
いつもの白いセーラー服姿で、黒髪を流すように歩く伶奈。その存在だけで、図書室の空気が変わった。
「速水くん」
彼女は、悠真の隣に座った。その時の、あの香り。あの温もり。
「どう…?」
「はい。1年の佐藤くんからは、寄付金を払わされたことが確認できました。それから、テストについても…」
「本当?」
伶奈の瞳が、輝いた。その輝きは、喜びというより、別の感情に見えた。が、悠真はそれを「正義が勝つ喜び」と解釈した。
「うん。大嶽会長は、複数の違反を…」
「速水くん」
伶奈が、悠真の言葉を遮った。
「ありがとう」
彼女は、悠真の手を握った。その手は、いつも冷えていた。
「本当に、ありがとう。私、怖かったの。こんなことを一人で…誰に頼ったらいいか、分からなくて。でも、あなたがいてくれたから」
「…」
「明日の学園集会で、この報告書を皆に知らせよう。大嶽くんの本当の姿を」
「はい」
悠真は、頷いた。
その時、彼の脳裏に、わずかな違和感が走った。伶奈の笑み。その背後にある、何か別の感情。それは、一瞬のうちに消えた。
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四日目の朝。
悠真は、生徒会の複数のメンバーに「密かに」話を聞いていた。
副会長の鈴木。書記の田中。何人かの委員たち。
「大嶽会長って、仕事を人に押し付けることとか、ありませんか…?」
「あ、まあ…そういう傾向はあるかな」
「権力を濫用してるような…」
「う~ん、そこまでは言わないけど」
曖昧な返事。しかし悠真の脳は、それらを「肯定」として解釈した。
例えば、副会長が「そういう傾向はある」と言った一言は、悠真の中では「会長は権力を濫用している」という確信に変わった。
その過程で、「の傾向」という限定詞は消えた。
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図書室。放課後。
慧が、デスクに向かって座っていた。その前に、悠真が集めた情報を整理した「報告書」が広げられていた。
「これだけあれば…」
慧は、眼鏡を調整しながら、ノートPCのキーボードを叩いた。
「大嶽の失職は確定だ」
「本当ですか…」
悠真は、その報告書を見つめた。複数の「証言」。テストの「分析」。予算の「不正」の指摘。
全部、自分が集めた情報だ。
全部、正義のためだ。
「明日の学園集会で、この資料をコピーして配布しよう」
慧が言う。
「君と俺で、会長の不正を全員の前で指摘する。生徒会の投票で、彼の失職を決定させる」
「…はい」
慧は、一度悠真を見た。その目は、何か別の感情を秘めているように見えたが、悠真はそれを「同志としての信頼」と解釈した。
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その日の夜。
悠真は自室で、ラノベを読んでいた。『勇者パーティから追放された俺は、実は最強の錬金術師でした』。
物語は、主人公が、自分を追放したパーティーメンバーの本当の姿を知るシーンだった。主人公は、彼らが自分を使っていただけだったことに気づき、怒りに燃える。
そして、最後には主人公が彼らを「倒す」。
悠真は、その物語に没入していた。
(俺も、同じなんだ。厳に追放される前に、俺が彼を倒すんだ)
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翌日。朝礼の時間。
全校生徒が体育館に集められた。学園集会だ。
演壇には、生徒会長の厳が立っている。いつものように、自信に満ちた顔で。
悠真と伶奈は、体育館の後ろの方に立っていた。伶奈は、悠真の手をそっと握った。
「もう少しで、全部終わる」
伶奈が、小さな声で言った。
その言葉の意味を、悠真は理解していなかった。
演壇から、悠真が呼ばれた。
「次は、速水悠真君からのお話です…」
体育館が、静寂に包まれた。
悠真は、用意された紙を手に、演壇に向かった。
その時、悠真の心臓は激しく鼓動していた。
(これからだ。俺たちが、厳を倒す時が来た)
彼の胸の中には、正義感と興奮が混在していた。
そして、それをじっと見つめている怜奈の目は、冷たかった。
悠真が、マイクに向かって、口を開いた。
「本日は、生徒会長・大嶽厳による、重大な不正行為についての報告があります」
体育館は、ざわめき始めた。
厳の顔が、一瞬硬くなった。
悠真は、その表情を見た。
そこには、確かに「驚き」があった。
(そうだ。厳は、自分が暴露されるとは思ってなかったんだ)
悠真は、それを「悪人の絶望」と解釈した。
悠真が、資料を読み始めた。
「複数の1年生が、生徒会長から『寄付金』の名目で金銭を要求されています」
体育館が、さらに騒然となった。
「また、テストの採点について、不自然な点が複数確認されました」
全校生徒の目が、演壇に注がれた。
そして、ほぼ全員の視線が、大嶽厳に向かった。
厳は、その演壇から降りようとした。
「待てよ」
悠真が、さらに言った。
「君が、自分の仕事を部下に押し付け、彼らを支配下に置いていた事実もあります」
「ふざけるな!」
厳が、激怒した声を上げた。
「何の証拠があって、そんなことを言ってるんだ、悠真!」
「証拠は、ここにあります」
悠真が、資料を掲げた。
その時掲げた資料は、自分が集めた情報が、紙の上にまとめられているものだった。
1年生の佐藤の「証言」。テストの「分析」。副会長の「発言」。
全部、ここにある。
全部、正義だ。
厳は、体育館の中を見回った。その視線は、ついに悠真に達した。
その目には、確かに「裏切り」という感情が宿っていた。
悠真は、その目から逃げた。
自分は正義なんだ。厳の支配を倒すために、必要なことをしたんだ。
そう自分に言い聞かせた。
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放課後。図書室。
伶奈が、悠真に抱きついてきた。
「やったね。やったよ!」
「…はい」
「大嶽くんは、明日にも失職が決まるんだって」
伶奈の声は、喜びに満ちていた。
その喜びは、「解放された」という感情だった。
少なくとも、悠真にはそう聞こえた。
「本当に、ありがとう。速水くん。あなたがいなかったら…」
伶奈は、悠真の目を見つめた。
その瞳の奥底には、何かが光っていた。
とても嬉しそうな、何かを愛おしく思うような。
そして、悠真は怜奈の手をぎゅっと握り、告白した。
「怜奈さん、、、いや、怜奈!僕はあなたが好きだ。付き合ってください!」
そう叫んだ。やっちゃった。そう悠真は思ったが、怜奈はもう一度彼に抱きついた。
「はい。喜んで。」
そうして、2人は正式に付き合い、悠真は生徒会長になり、2人で仲良くいろんな活動をするのであった。




