劇場での幕間
始まってもいない物語の幕間
「あなたが以前居た世界では、女優のことを"actress"と表記するようですね。」
「幕が上がっている最中に話すのは、マナー違反だろ。」
「折角、ゲネプロ中に特等席を用意したんです。普段とは趣向を変えてみてはいかがですか?」
「...まあ、そうだな。英語圏ではそう書くな。母国語ではないから正確なニュアンスはわからないが。」
「この言葉は、演じるの"act"に、女性を意味する"ess"を付けた事が由来らしいです。」
「異世界の事にも詳しいとは。神の使者ともなると暇になるらしい。是非とも時間を分けていただきたいね。」
「議員の方と比べられたら敵いませんなぁ。私は、何にでも興味を持ってしまうタチでして。」
「それがですね、面白いことに、こちらの世界では女優のことを"actless"と表記するんですよ。"r"ではなく、"l"です。」
「actに、lessねぇ...。演技ができないとでも言いたげな言葉使いだな。この言葉ができた当時は、女優が受け入れられていなかったのか?それとも、この言葉を考えた奴は、女優に魔法でも打たれたのか?」
「前者の説が一般的に言われていますね。当時は男性社会で、女性が舞台に上がるのも否定的だったらしいですから。」
「目の前の女優は、こんなにも素晴らしい演技をしてくれているのにな。当時の人間の気が知れねぇ。」
「はは、ほんとですよね。でもね、私は、もしかしたらこの言葉を考えた人間は、途轍もなく演技が好きだったんじゃないかなって思うんですよ。愛して愛して愛して止まなくて、女優の演技に賞賛を送った。言葉として。彼の目にはきっと、演技を超えた等身大の登場人物が見えたのでしょう。そういう演技とは思えないという意味でact"less"とつけたのではないでしょうか。」
「思考実験が好きなようだな。まあ、私も嫌いじゃない。面白い説だが、そうだとしたら余りにも紛らわしいすぎだろう。事実、マイナスな語源だと言われているのだから。」
「それはそうなんですがねぇ。往々にして、製作者の意図とは違う捉えられ方や使われ方をされるものでしょう?それはあなたの方が分かっておられるのではないでしょうか。」
「...私は枠組みを作り、場を提供するだけだよ。それをどう使うかは、ユーザ次第だ。」
「ユーザと来ましたか。国民と言った方がいいのではないですか?この世の中、何で揚げ足を取られるか分かりませんよ。」
「構わんよ。盗聴器の類がない事は確認済みだ。だからこそ、この秘匿性の高い劇場を選んだのだろう?」
「敵いませんねぇ。まあ、楽しい雑談はこの辺りで止めにして、目の前の女優に魅入りましょうか。彼女の演技を見逃すのは勿体ない。」
(話を持ち出したのはそちらからだろうに。)
「...そうだな。彼女はまるで、物語の主人公だ。」




