傷心中
電車に飛び乗って自宅のあるヨコハマに帰ろうかと思ったが、やはり彼女に慰めてもらいたい気分になった弱気な俺は、イケブクロ付近にある彼女の家へ向かった。
向かう電車の中で、今日のハイライトが脳内にフラッシュバックする。あの綺麗な脚、あの脚のせいで俺はコケにされたんだ。あの脚女には圧倒的な俺の何かで屈服させてやらなくてはなるまいて、と邪悪な考えで頭が一杯だった俺。そして無意識に呟く。
「あの脚で俺を踏んで欲しい……」
し、しまった。つい本音がポロリと出てしまい、周囲のピーポーから変な目で見られている!おまけにこの電車は痴漢が多いことで知られるサイキョー線だし、かなりまずいことになったぞ。
俺はカモフラージュのため、顔をキョロキョロしてあたかも俺以外の誰かが言った振りをした。同時に車内に漂う緊迫感が和らぐのを感じた。
苦肉の策が成功し胸を撫で下ろした俺は、口笛をピーピュー吹きながらポケットの携帯に手を伸ばした。その時、紙の感触を感じたのでなんだろうと思いながら手に取ってみた。
それはあの公園でおばちゃんがくれた5千円札だった。おばちゃんの優しさを思い出した俺はまた涙してしまった。
再び車内の警戒レベルが上がったが、時既に遅し。イケブクロの次にある目当ての駅に着いたのだった。
電車を降りた俺はフランス人みたいに上を向きながら改札を出た。涙がこぼれないようにね。そして彼女にあと20分で行きます、ていうか今日泊めてくれと歩きながらメールした。
そしたらすぐ、いいけど部屋汚いからもう少し待ってと返ってきた。俺は気にしないから大丈夫だよ、ありがとうと送ってそのまま向かった。
で、着いた。変な黄色の2階建てアパートのどっかが彼女の家だ。ドアの前でチャイムを鳴らしどうぞ~って声が聞こえたので入った。
彼女は同じ大学に通う2つ下の後輩だった。また同じサークルというか茶道部の仲間でもあり、彼女とはそこで知り合った。実を言うと俺はジャズをやる音楽サークルを辞めてから入ったので彼女より後に入ったのだが、何も知らない俺に最初に教えてくれたのが彼女だった。その細やかな気配りと清潔感ある風貌に俺はやられてしまい、色々頑張った結果こうなったわけだ。
少し暑い季節ということもあってかほんのり汗をかいていた俺に、氷入りの麦茶だかウーロン茶だかをくれた彼女にありがとうを言いながらゴクゴク飲んだ。
「暑かったでしょ?」
「うん。汗だくだしもうツユだくだよ」
「じゃあ、着替えなよ」
うん、と言って俺は彼女のTシャツを借りた。お互い身長は近いが体重がまるで違うので、俺が着るとなんかもうはちきれんばかりになるが、一応着れるのだった。彼女はそれを見ていつも楽しそうに笑っていたが、俺には何が面白いのかさっぱりだった。
「なんか前より太ったね。痩せれば?」
「ん、ああ。最近酒ばっか飲んでるからね。東くんとかあつはるとかとさ!」
事実であった。同じサークルで気の合う親友東くんとあつはる。彼らとは金さえあれば毎日飲んでいた。ただこの3人が集まると大抵朝までコースになるので、オールは週2回までにしようと協定を結んでいた。だって、大学付近で飲み始めて最終的にはイケブクロの朝8時までやってるあの店に行くんだもんな~。金がどうしようもなく足りなくなるから仕方ないのだ。あと、金髪の外国の綺麗なお姉さんがたくさんいる店もってこれ以上はもういいか。
「そういやさ、今日ヨーヨー木公園で歌ってきたんだけどさ、最悪だったよ」
「なんで?」
「変な女が俺を罵ったんだ!あ~、思い出したらまた腹が立つよ!っていうかお腹空いたよ。ミヤビはもうご飯食べた?」
「まだ食べてない。私もお腹空いた~」
「じゃあ、どっか行こう!金もらったから今日は俺がご馳走するし」
うん!と言ったミヤビと俺はワクワクしながら食事に出かけた。
そしたら2人してクルマに轢かれたんだ。
これからようやく僕なりのコメディーが始まります。正直、嬉しくてたまりません。