ドラゴンツイン 泥棒勇者と龍騎士
小説を書くのは30年ぶりぐらいです。昔手慰み程度に書いていたんですが、どうしても書きたくなったので書いてみました。
砂漠の陽炎の向こう側を、二つの影がこちらに向かってくる。
一人はフルプレート。もう一人は軽装にマント姿。
フルプレートのほうは剣を杖代わりに息も絶え絶えになりながら歩いている。
俺はロイ。なんでこんな砂漠のど真ん中でフルプレートを装備して歩いているのか。
自分でも既にわからなく・・・・・・
いや、ある村に立ち寄って、村の真ん中に突き刺さっている剣にもたれかかった時、どえらい音とともに剣が倒れて抜けた。
それはもうものの見事に一緒に倒れたさ。その音が村中に響き渡ると同時に、村人たちがわらわらと家から出て来て、口々にわけのわからないことを叫んでいる。
「勇者様だ!勇者様が再臨されたぞ!」
は!?
俺はただこの村にどろ・・・いやいや稼ぎに来ただけだ。
勇者なんて柄じゃない。てか真逆だよ?
そのまま、あれやこれやと言われながらドラゴン退治を頼まれ、お付きと称して子供一人を道案内につけられてこの砂漠のど真ん中まで歩いてきたわけだ。
何度も脱ごうとしたが、そのたびに子供に止められる。
こいつなんていったかな。
あぁ、フィンだ。フィンは子供ながら村で一番の回復魔法の使い手らしい。
だが融通の利かないとことと言ったら、脳みそが岩でできてんじゃねえか?ってぐらい固い。
なんでも、村に刺さっていた今は杖になっている剣と、この暑くて仕方ないフルプレートは聖なる加護を受けているらしい。
そんな加護があるなら、この暑さも何とかしてくれ。ヘルメットに当たって返ってくる自分の息の熱すら地獄の熱と感じてしまう。
とここまで引っ張ったが、やっとこ目的地の窪地にたどり着いたようだ。
「フィン。ここなんだな」
ヘルメットの面を上げながら、と言っても口元しか上がらない。
「ハイ、この窪地にフレイムドラゴンが住み着いて辺り一帯砂漠にしちゃったんです」
振り返ると同時にフィンが返事をした。
窪地の中を見渡すと、かなり広いらしく、街一個?いや街の遺跡があるじゃないか。
窪地へ下りる道を探すと、すぐそこに崖に沿って降りる道を見つけた。
その道を降りようとしたその時。
ズドォン!!
なんだ?何かが飛ばされてこっちに飛んでくる。トカゲ?
いや羽が生えている。ドラゴン!
いやなんで!?
これ俺たち死亡確定?
みるみる迫ってくるドラゴンの背中が見えるその下で、ドラゴンがいたで
あろう場所からさらに土煙が上がる。その根元から何かが飛びあがってきた。
何ができるかわからないが俺はとっさに聖剣を構える。
飛び上がってきたものが、ドラゴンより先に俺たちの目の前に飛んできた。
え?
女?
白い髪の女?
ドゴォン!ドラゴンが飛んできた風圧で、俺たちは壁にたたきつけられる。
フィンはドラゴンが迫ってきたその時に既に失神していたようで、うめき声一つ上げない。俺は少しちびった。
あれ?ちびったで済んだ?
よく見ると、女が片手でドラゴンを受け止めている。
どこにそんな細腕にドラゴンを受け止める力があるんだ?
いや装備もよく見るとおかしい。
踊り子が着るような服?
フルプレート?
ところどころが交互に入り乱れている。
そうこうしていると、黒いドラゴンの皮膚が赤くなり始めている。そういやこいつフレイムドラゴンだった。
「あんた早くそいつを離さんと火傷じゃ済まんぞ!」
女は振り返ると、
「大丈夫そうね」と一言、ドラゴンを真下に落とす。
そして、ドラゴンを追いかけるように飛び降りる。
ちょ!ここかなり高いとこよ?普通に死ぬよ?
崖下をのぞき込む。
と同時にドラゴンの断末魔が聞こえた。
ドラゴンを瞬殺って、伝説の龍騎士ぐらいしかできないよ?
女を追って急いで崖下へと降りる。
ドラゴンが落ちたあたりにつくと、女がドラゴンを焼こうとしていた。
「あんた一体何もんだ。ドラゴンを瞬殺なんて」
不用意に女の後ろに立ったのが悪かった。女の剣がのど元に刺さりかける。
「あ、ごめんなさい。さっきの人ね。あたしはルシク、ドラゴンハンターってとこかしら」
よく見ると超美女じゃねえか。スタイルもちょっとでかい気はするけど、それなりに均整が取れてていいんじゃないか?
「さっきはありがとう。おかげで助かった。お礼になんかおごらせてくれ」
「フュージョンフレイム!!」
女が叫ぶと超特大の真っ白い炎がドラゴンめがけて飛んでいく。
「ま!ままままま魔法!?」
その炎が一瞬でドラゴンを消し去った。と同時にルシクと俺の前に丸い球体が浮かぶ。
経験玉、この世界では、モンスターを討伐するとこの球が現れる。その時使うもよし、後から使うもよし。必要な時に経験値を得られる。むろん何かの依頼時に証明することにも使える。
ひょっとしたらフィンのとこにも出てるかも。
「お礼はいいから、あなた黒いドラゴンの話聞いたことない?ちょっと変わったやつ」
「いや聞いたことがないな」
そう俺が返すと
「そ、じゃあこれあげるわ。私には必要ないから」
そういって経験玉を俺に渡すと、街のほうに走っていく。
「ちょ!こんなの渡されたって!」
経験玉がほかの人間に使えないの知らねえのかよ?あの姉ちゃん。
建物の裏側へ消えたルシクを追いかける。
そこにはルシクの姿はなく、辺りを見回してもいない。突然でかい影に覆われる。
真上に真っ白いドラゴンが飛び上がっていた。だが成竜には程遠い。
これ、俺襲われるのか?
そんなことを思っていると、ドラゴンは背中にブロンドの小さい女の子を乗せて飛び去った。
そして、ドラゴンが落ちた後にできたらしい窪みまで戻ると、気づいたらしいフィンが下りてきた。
「勇者様!ご無事で!ドラゴンは!」
なんて答えたものか・・・・・・
実際には俺は何の手出しもしてないし、でもドラゴンは死んじゃったし。
「先ほどドラゴンが飛んでいったように見えましたが?」
そこも見てたのか・・・・・・
「実はここに来た時、すでにフレイムドラゴンは死んでたんだよ。そのドラゴンの餌食になってた」
死体も証拠も残されてはいない。経験玉が残っているだけだ。
「これがドラゴンから出た経験玉」
自分に出た分の経験玉を見せる。
「それなら私のところにも出ておりました」
そういってフィンも経験玉を取り出す。
なんか俺のより大きい気がする。確か気絶してたよな?こいつ。
「とにかく、ドラゴンは死んだんだ。村に戻って、報告しよう。村長も納得はしてくれるだろう」
そういうと、俺たちは崖の上へと登り始めた。
「はぁ。またあの砂漠をこの装備で越えるのか・・・・・・ フィン、脱いじゃダメか?」
「ダメです!」
思った通りの返事だった。
そうこうして、3日後、俺たちは村についた。
「あ~、危なかった」
ドラゴンの背にまたがる少女がつぶやいていた。
「ほんとルイン、もう少しで融合が解けちゃうとこだったよ」
と男の子のような声がするが、ドラゴンの上にはルインと呼ばれた少女以外にはいない。
少女がぺしぺしとドラゴンの背中をたたくと
「ほんとだね、シヨ。あのおじさんの前で融合が解けちゃってたら、危ないとこだったね」
ドラゴンに向かって話している。
その言葉にドラゴンの首が振り向こうとする。
「ダメ!」とルインが叫ぶがシヨと呼ばれたドラゴンの体が大旋回を始めてしまった。シヨの背中に必死にしがみつく。
「もう!飛んでる時は振りむいちゃダメって、おばちゃんからいつも言われてるでしょ」
「ごめんごめん」とシヨの口から人語が聞こえてくる。
水平飛行に戻ったシヨが、辺りが暗くなっていることに気が付いた。
「今回はフレイムドラゴンだったから、大雨が降るね」
そんなことをルインがつぶやきながら飛び去って行った。
村につくまでの行程は、結論から言うと行きよりも疲れた!
おそらく、フレイムドラゴンの熱気が遠ざけていたであろう雨雲が一気に集まり、それはそれは恐ろしい勢いで雨を降らせたのだ。現に今も降り続いている。
当然砂漠は底なし沼と化した!
「いやいやこれ沈むから!お願いフィン!これ脱がして!」
俺の懇願に対し、もはや定型文と化した返事。
「ダメです!村の宝なんですよ。それを捨てて帰るようなことはできません」
体半分沈んだ俺に対して、悪魔のような言葉を繰り返す。
「勇者様なら浮遊魔法ぐらい使ってください。おとぎ話に出てきた勇者様は使ってらっしゃいましたよ?」
そんなこんなを繰り返し、フィンに引きずり出されては沈むを繰り返しているうちに、何とか村へと到着した。
行きは半日で行けたのにずいぶんとひどい目にあってしまった。
村へ到着すると、村人たちは大宴会をしていた。三日三晩ずっと宴会を続けていたらしい。
「おお勇者よ!よくぞドラゴンを倒してくださった」
と目を泳がせながら村長が近寄ってきた。白々しいにもほどがある。
ドラゴン退治の報酬の話になったが。勇者の剣と鎧で勘弁してほしいという話になった。
「こんなちゃちな剣と鎧が勇者の装備?」
実はどろ・・・・鑑定をかじったことのある俺にはこの二つが銅に銀メッキを施しただけの安物であることはわかっている。
少々脅して、事の詳細を聞いてみたところ、鎧と剣は村長のじいさん。先々代の村長が若いときに冒険者をしていたころのものらしい。
人寄せの足しにならないかと、村のど真ん中に剣を刺し、そこへ魔法でいかにもな岩を作り勇者が刺していったと当時の村人たちで作った作り話だったそうだ。
実際、俺もフィンも何もしていない。そんなもので報酬をもらっても仕方がない。あとで村長の家で仕事をさせてもらおう。
フィンもいる手前、正直に話を村人たちにした。
ドラゴンが死んだことは二人の経験玉を見せることで納得してもらった。やっぱりフィンのほうが大きい。
その場でフィンが経験玉を使ってみせる。するとなんということか!軽く俺を抜いてしまった。
一体あのドラゴンどれだけ強かったんだ。あの美女がいなかったら俺たち二人とも死んでたな。もし今度あの美女にあったら聞いてみよう。
そうして宴会も終わり、夜も更けたころ俺は仕事に取り掛かる。今回は俺たちをだまくらかしてドラゴン退治に送り出した村長の家だけで勘弁してやろう。そう思って部屋を出ると、フィンがいた。
「やっぱり行くんですか」
その問いに俺の体が硬直する。俺の本職に気が付いたのか?疑いの目を俺に向けている。
「やっぱり勇者様は世直しの旅を続けられるのですね! 私もご一緒させてください!」
ガクッ
そういや、こいつは天然な上に石頭。
すっかり忘れていた。この4日間ずっと一緒にいたのに、仕事前にすっかり忘れていたぜ。
空の上、シヨとルインが悠々と飛んでいる。
「ねえルイン、今までさドラゴンの匂いばっかり追って来たじゃない。もうそれじゃあクヨンは見つからないと思うんだ」
シヨの背の上でルインがう~んと首をひねる。しばしの時間が流れ、ポン!と手を叩く。
「そっか。スライムの中にいるんだから、ドラゴンの匂いなんてしなくて当たり前だね!」
クヨンは5年前スライムにさらわれたルインの双子の姉だ。
ルインとクヨン、シヨの契約が終わった直後、寝かされていたベッドの上から忽然とクヨンが消えた。
ルインを挟んで、真っ白なシヨと、真っ黒なクヨンが寝かされていたはずだった。
クヨン達の母親である龍が半狂乱になり、ルインの父親と無理矢理融合し、村を半壊させるような衝撃波とともに飛び出していく。
クヨンが寝ていたはずの場所には、粘液がまき散らされていた。
そこからクヨンがスライムにさらわれたと判明した。
ルインたちの村の大人たちが総出で探したが、周辺では見つからなかった。
大人たちが、5年間探し続けたが、クヨンの行方はようとして知れず、ルインとシヨも10歳と5歳となり、龍騎士となる事が出来る様になるはずだったのだが、クヨンが欠けた状態では出来ないと大人たちは判断した。
そしてどうしてもクヨンを探し出したいルインとシヨが奇跡を起こす。
龍騎士と龍術師が混じった状態で融合したのだ。
本来はどちらかにしかなれないのだが、双子竜と契約したおかげなのか、そういうことができるようになった?らしいというのが、双子龍の親とルインの親の見解だった。
それを見た親たちが仕方なく、お休みの日にだけ探しに行くことを許可した。
もちろん、龍術師であるルインの母親と双子龍の父親の龍術による監視付き。
前回の探索の大旋回のこともきっちり怒られた。
ともあれ、今回の探索で、ドラゴンの匂いを追うことはやめようということになった。
とはいえスライムの匂い、なんてものはわからないので、どこかで話を聞こうと、村から一番近い街での聞き込みをすることにした。
ルインとシヨは、街が見えてきたところで地上に降り、融合する。
ドラゴンと龍騎士の龍の違いなど一般人に見分けがつかないということもある。
それ以上に、ルインがシヨに攫われた子供に見えて、攻撃されることもありえなくない。
更に、10歳児であるルインが、普通に街に入ることなど不可能。
融合することで、15歳前後に見えるようになるので、そのほうが都合がいいのだ。
街に入ったルインは、まず父に言われた冒険者ギルドを探した。
まあ探すということもなく、街に入って目の前にあったのだが。
街から出ようとした俺は目を疑った。10日ほど前、ドラゴンを瞬殺した美女が、目の前に現れたからだ。
ある一点を除いて、全く瓜二つの美女なのだが・・・・・・?
どういうわけか、胸の大きさが一致しない?この10日で大きさが変わった?
ルシクの胸を凝視する俺の頭を、フィンが杖で小突く。
「勇者様、はしたないですよ?」
フィンの言葉に我に返る。
「いやいや!あの美女、俺たちの命の恩人だよ?たぶん?」
村を出てすぐ、フィンにはすべてを打ち明けた。俺が泥棒であること、ドラゴンを退治したのは、謎の美女であること。
さすが石頭、それでも俺を勇者と呼ぶことをやめなかった。
村のインチキを暴き出し、村長たちの悪事を懲らしめただけでも、フィンには俺が勇者に見えるらしい。なんとも小さい勇者だ。勇者ってそんな意味だっけ?
ふと美女を目で追いかける。冒険者ギルドに入っていったようだ。
「そんな瞬殺なんて、出来るようには見えませんけどねえ」
そんなことを言うフィンを脇目に、ギルドの中へと入っていく。
お尋ね者じゃないのか?とフィンが裾を引っ張る。
泥棒として、まだ捕まったことも、というより何も盗んだことがないので、冒険者ギルドに登録することもできる。というかしている。
そんなやり取りをしていると、何か聞こえてはいけないような音がゴキン!ベキン!と中から辺りに鳴り響く。
「まあ、あんな美女が入ってけば、男どもが群がるだろうなあ・・・・・」
助け舟を出すべく、慌てて中へと踏み込む。
既にルシクが毛むくじゃらの男をのし・・・いや、あらゆるところをへし折っていた。
『あれはプライドまでズタズタだろうなあ』
あとで聞いた話だと、ルシクに「おい嬢ちゃん、ここは嬢ちゃんみたいにかわいいのが来る場所じゃねえんだよ!」と肩に腕を回した瞬間に、ひねりこんだ拳一発で手足が折れ曲がり、見えない速度で壁に激突していたんだそうな。
剣を抜いた状態のルシクに近づいたことのある俺はよく死ななかったと背筋が凍り付いた。
ギルドについた私は扉を元気よくドンと開く。そして奥のほうにお姉さんがいるのを見つけ、そちらに近づいていく。
「初めての方ですね。当ギルドに何か御用ですか?」
お姉さんがニコッと笑いかけてくれる。
「うん。変なドラゴンとかスライムのお話を探してるの。お姉さん何か知りませんか」
「ドラゴンとスライムの討伐ですか?両極端な討伐依頼ですね。こちらの依頼書にご記入いただけますか?」
少しお姉さんのお話が難しい。
『ルイン、ルイン、依頼じゃなくって情報だよ。情報が欲しいって言わなくっちゃ』
頭の中でシヨが言っている。
「依頼じゃなくって、黒いドラゴンとかスライムの情報が欲しいの」
少しお姉さんが困った顔をしている。
そうすると、横からすごく鼻が曲がるような臭いがしてきた。
毛むくじゃらのおじさんが近づいてくる。
「ようお嬢ちゃん、ドラゴン退治のお話ならおじさんたちがしてやるぜ?」
臭いおじさんが、何か偉そうに横に立った。お姉さんがすごい臭いに顔をしかめる。
「おじさん臭いよ、あっち行って」
あまりの臭いについ言ってしまう。
カァっと顔をゆでだこみたいに真っ赤にしたおじさんが、肩に腕を回しながら、
「ここは嬢ちゃんみたいにかわいいのが来る場所じゃねえんだよ!」
『このおっちゃんくさぁい!』
シヨが叫ぶと同時に、ノーモーションで小突く程度に拳をひねりこんで打ち付ける。一心同体になっているため、ルインが思ったことでも、シヨが思ったことでも体が動いてしまうのだ。
ルインの音速を超えた拳を受けたおっさんは、その衝撃で四肢が粉砕され壁に激突する。捻り込んでいたため、3回転半ほどしてから、壁に当たったようだ。
腰の入っていない拳で振り抜いてもいなかったので、音速を超えても大した威力を発揮することもなく、壁をぶち抜くこともなかった。そのことが臭い冒険者の命を救ったようだ。
お姉さんがチッと舌打ちをしているのが聞こえる。
音と衝撃音の凄まじかった割に息をしているおじさんにルインは安堵する。
『シヨ!ダメじゃない!またママたちに怒られるじゃない!』
『だって臭かったんだもん』
周りにいたおじさんやお兄さん、お姉さん達が目を大きく見開いて青ざめている。
受付のお姉さんが、「ドラゴンの情報とスライムの情報でしたね」と何事もなかったように口を開く。
どうやらこのおじさんは嫌われていたようだ。お姉さんの後ろから出てきたおじさんたちも手をパチパチと小さく叩いている。
外から、前の探索の時に居たおじさんが飛び込んできた。
「おいおい・・・・S級まで瞬殺かよ・・・・・」
おじさんが額を手を当て、つぶやいた。S級って何?
ルインは、壁に叩きつけた冒険者を一瞥すると、受付のお姉さんのほうへと向き直すと、当然の言葉を言われる。
「冒険者章はお持ちですか?なければ情報をお譲りすることはできません」
「持ってないです。でも情報が欲しいんです」
ルインはこの間10歳になったばかりだ。当然年齢的に各種ライセンスなど取ることはできない。成人となる13歳になればとることも可能だが、既に5年も待っているのに、さらに3年待つことなどできない。
見た目15歳であっても、試験の場で10歳であることがバレるであろうと、予想した。
「なければ今すぐ無条件で発行できますが?どういたしましょう?」
耳を疑う言葉が受け付けのお姉さんの口から放たれた。続けてその理由が語られる。
「S級冒険者のクサイン・・・失礼。ブラインさんを一撃で沈められるような方を冒険者ギルドとして無視することはできません。その旨、ただいまこちらの支部長、デモリスから許可が下りました。出来ましたら当ギルドでのご登録お願いいたします」
あのおじさんクサイ・・・・ブラインっていうんだ・・・・ンが一緒ってだけでも嫌だなあ。
そう思いながら、おじさんのほうを見ると、回復術師の人が回復魔法をかけている。
回復魔法の効果が出ると、よろめきながらもクサ・・・ブラインが立ち上がる。と同時に、腰の剣を抜く。
「おう!嬢ちゃん!!この落とし前きっちりつけさせてもらうぞ!」
ブラインはそう怒鳴りつけると、剣を構えルインに向かって突進する。
ロイがフッと手を振る、するとブラインの手から剣が消える。
それに気づかず、ブラインは突進する。
ルインの姿が受付嬢の前から揺らぐように消えたと思うと、ブラインの突進が突然止まる。そのまま仰向けに床にたたきつけられる。
そこにはブラインの頭を押さえつけたルインがいた。
「おじさん臭い!ウォータースプレッド!」
そう叫ぶと無数の水の弾がブラインを襲う。バタタタをいう音から、そこまでの殺傷力はないように思われる。実際床にも傷一つつかない。だがそれでも結構な衝撃があるようで、ブラインの体がバタバタと水弾に打ち付けられるたびに跳ね上がる。ブラインも最初に床に叩きつけられた時点で気を失っているらしく、うめき声一つ上げない。水弾の雨が1分ぐらい続いた後、ようやく止まる。
止まったかと思うと続けざまに、「ウィンドシュート!」と呪文が聞こえる。
そのまま、ブラインを洗い流した水と、ブラインがギルドの外へと転がっていった。
臭いもそのまま一緒に外へと押し流される。
すげえと冒険者たちから声が上がり、やんややんやと事務員たちからの拍手が上がる。
「すごいですね、お嬢さん。S級冒険者のく・・失礼。ブラインさんを一撃で沈められた上、水魔法で洗浄、その上換気まで。当ギルドでも大変迷惑しておりました。
あ、わたくし当ギルド支部長、デモリス アケノスと申します。既にどこかのギルドでご登録された方でしょうか?もしされていなければ当ギルドでご登録お願いいたします。あ、もちろん、費用等はこちらで持たせていただいた上、S級待遇で登録させていただきます。・・・・・・・」
突然目の前に現れたデモリスと名乗るおじさん。そのうえ早口でまくし立てるように話してくるため、子供のルインには、何を言っているのかさっぱりわからない。
デモリスの期待に満ちた営業スマイルの瞳に、ルインは少し引きながら、
「黒いドラゴンとへんなスライムの情報さえもらえたら・・・・・ハハ」
と返事をする。
その時、外からガシャン!と大きな音が鳴り響き、ドンと入口が開かれる。
「ルイン!何をしているんだ!」
「ひっ!お父さんごめんなさぁい」
母親メルの竜術監視を、一緒に見ていた父親のシリウスが慌てて飛び出し、村から一蹴りで隣り街まで文字通り、すっ飛んできたのだ。その時間わずか1分15秒。
「喧嘩を売られたら、止めを刺しておきなさいと、何度言ったらわかるんだ!」
とシリウスの口から耳を疑うような言葉が飛び出す。
「でもお父さん、さっき喧嘩売ってきた人、人間だよ?」
「何!?」とシリウスの顔から血の気が引いて行く。
慌ててギルドの外へ飛び出していく。なんだなんだと冒険者の面々も窓から外を見る。
そこには首があらぬ方向に曲がっているブラインに、治癒魔法をかけている母親のメルがいた
「あなた!見境なしに首を折るのはやめてくださいな!」
「いや、こんなけむくじゃ「あ・な・た?」ハイすいません」
あの姉さん強い強いとは思っていたが、一体あの強さは何なんだ?S級のクサインを一撃でぶっ倒して・・・・・・あっ!フィンが余計なことをしてる!今回復させたら、余計めんどくさくなるじゃないか。やっぱり剣を抜きやがった。
突進しようとするクサインの前にロイが腕を振る。
と同時にロイの手にその剣が握られていた。そのままその辺へ放り投げる。
そのまま受付嬢の隣に立つ。
「あらロイ、こんどこそ泥棒になれた?」
「わかってんだろ?ケイ。また邪魔されたよ。余計なもんまでついてきちまった」
と、ここでバタタタと豪雨に打たれるような音がギルド内に響き渡る。
「ところで、余計なものって、あの強い女の子?それともそこの回復術師の子?」
ケイと呼ばれた受付嬢が、二人を値踏みするように眺める。
「ハァ・・・回復術師のほうだよ。こないだの隣村に行った時にえらい懐かれてよぉ。
それからずっと勇者様勇者様って、うっとおしいったらないぜ」
「へぇ?勇者様ねぇ。泥棒目指してるのにねえ」
とニヤニヤとロイを見つめるケイ。そこへフィンがロイめがけて杖を振りかぶる。
「勇者様!また女の人に言い寄って!」
そこへ突風が吹き始める。その突風にクサインが転がっていくのだが、同時にあおりを食らったフィンも真後ろに倒れかける。ロイが腕をつかんで止めようとするが、
フィンのローブがめくりあがり邪魔をする。めくれ上がった下半身を見てロイが絶句する。が慌てて頭を打たないように、頭だけでも抱きとめたが、腰はしこたま打ち付けた。
外からガシャンと何やら音が聞こえ、誰かがギルドに飛び込んできたが、ロイはフィンの頭から手を離すと、ごつんと床に当たる音がした。
「勇者様、ひどいですぅ」
半泣きのフィンに向かって、ロイが一言。
「お前、女だったのか」
「はうっ!」
フィンが慌てて跳ね起き、ローブの裾を直す。
ロイはすでに興味をなくしたように、騒動の方へ向き直していた。
『やっべ~、もろに見ちまった。まさか、女だったなんて。10日も一緒にいたのに、まるでわかんなかったぜ』
心臓バクバクであった。体はローブがブカブカで隠されていたし、声も、高い声の男と言われたら納得するような声であった。
『見られてしまいました・・・もしかして帰れと言われたりしないでしょうか。もっと勇者様と冒険してたかったです』
フィンはフィンで見られたことよりも、帰れと言われないか心配していた。嘘で塗り固められた村が嫌で、外に出たいがために嘘をついたこと、いや言ってないだけ。ロイについて、村を出ることに成功した今、村に戻れと言われることだけが心配だった。
「やっぱり、女は足手まといですか?」
恐る恐るフィンが聞いてみる。それを聞いたロイが少し怒ったような顔をした。
「それ、女の剣士とかが聞いたらキレるぞ?そもそも後衛だろ?俺は中衛だ。前衛もいないパーティなんだから、足手まといも何もない」
女だからとか、男だからとか、そもそもの前提が間違っているのだが、冒険に出たばかりのフィンに、そんなことがわかっているはずがない。一体、村ではどんな扱いを受けてきたのか。
「とにかく、女だからって冒険に出ちゃいけないってことはないから、安心しろ」
その言葉にフィンの顔が輝く。
飛び込んできた男性騎士が、今は外で女性の術師に叱られていた。
美女は男性騎士の娘でルインというらしい。やはり以前の美女とは別人なんだろうか。
そう思っていると、美女がこそこそとこちらにやってきた。
「おじさん、この間の人よね?私のこと覚えてたら、どこかに隠れさせて」
あの美女で合っていたようだ。
お父さんが外に飛び出した隙に、私はこの間のおじさんに隠れる場所を探してもらい、その場所に隠れた。
おじさんが用意してくれた場所は、魔法でも不可視になる場所で(魔法で監視されていることを説明した。実際には上位の竜術による監視のため、無意味なのだが)お父さんからのお説教から逃げ出すことに成功した。
「おじさんおじさんって、俺はまだ21だっつうの。で?前にルシクって名乗ったのはなんでだ?」
ロイは前にあった時の偽名の理由を聞いた。
「この姿の時はルシクって名乗るようにしてるの。本当の名前はルインだよ」
「この姿ってことは、別の姿もあるってことだ・・・・・・」
「うん!へん・・・・・むぐぐ!」
突然、ルインの口が空間から生えてきた腕に塞がれる。
「ル~イ~ン~~?今、何を話そうとしていたのかなぁ?」
腕から伸びるようにルインの父親であるシリウスが現れた。続いて、メルも現れる。
「そこの兄さん、お姉さん?ふむ。お二人さん、この子とどういうつながりかな?」
シリウスがロイとフィンを値踏みをするように睨みつける。
「10日ほど前にドラゴンから助けていただきました。ハイ!」
シリウスの眼力に、ロイが姿勢を正し、答える。フィンはロイの後ろに隠れる。
「10日ほど前、ふむ。それはもしかして、ルインがドラゴンを初撃で蹴り飛ばした時のことかなあ?なあルイン?」
そう言われて、シリウスが視線を向けた先で、目を泳がせながら脂汗をだらだらと流すルイン。
助けてもらったと思っていたら、実は殺されかけていたという・・・
そこで、メルからの一言が
「あら?あなた達面白いわね、でもレベルが低すぎるかしら。へ~へ~。クヨン探しこの子たちに手伝ってもらったらどうかしら?」
メルの一言に、シリウスが二人をじっと見つめる。
「ほぉほぉ、なるほどこれはちょうどいいレベルだ。だがしかし少し足りないな」
会話の意図が見えない。がしかし見透かされているような気がする。
「あんた達、鑑定持ちか?」
「おっと、これは失礼した。私はルインの父でシリウスという。こっちは妻のメル。ルイン、お母さんとギルドに行っておいで。少ししたらお父さんたちも行く」
シリウスがそう言うとメルがルインを連れて部屋から出ていく。
それを確認してシリウスが続けた。
「でだ、君たち。我々のこと、何を知っているんだい?」
「いや?やたら強いぐらいしか知らないが?」
「私もさっきの臭い人を吹っ飛ばしたことしか知りません」
そりゃそうだ。フレイムドラゴンを消し飛ばし、S級冒険者を一撃で伸し、それでいてやたら父親を怖がるところしか見ていない。
それで何を知っていると言えようか?
「ふむ・・・・・・ では君たちにある依頼をしたい。が、それには少々特訓が必要だ。実はあの子はある捜し物をいていてね。それに同行してもらいたい。そしてそれは君たちの本当の能力にもいいこととなると思うよ?」
そう言われて、ハイそうですかと受ける冒険者などいない。それに本当の能力。俺には心当たりがあった。それは俺が忌み嫌う能力だ。俺の父親と同じ能力。誰もが羨む能力を父は自分のために使い、大陸全土の鼻つまみ者となっていった。そして最後は処刑され、俺たち姉弟も処刑されるところを冒険者ギルドに救われた。
姉は現在、ギルドで受付嬢をしている。そう、さっきの「はい!わたしやります!」受付嬢が姉だ・・・・・ ん?おぉぉい!こいつ人の回想に割り込んで勝手に受けやがった!
「そうか、で、君はどうするね?大聖女はやると言ったよ?」
は?大聖女?この石頭が?
そしてそこへ止めの言葉。
「勇者くん、先代の勇者の悪評はよく知っている。が、君は別人だろう」
よし決めた!
「絶対受けません!」
「そうか残念だ」
誰が俺を勇者と呼ぶようなやつの依頼を受けるものか。俺は勇者の力を使わずに泥棒になるんだ。
今この大陸では勇者は悪の代名詞だ。他国の勇者が、父親を討伐に来たときに父親と同じようなことを要求して、散々放蕩した挙げ句、返り討ちにあった。
ではなぜ、そんな父親が捕まった上に処刑されたのか?それは伝説に名高い龍騎士シリウスが出張ってきたからだ。
「あれ?・・・・・・あんたあのときの龍騎士?」
そう言うとシリウスはにっこりと笑い、現れたときと同じようにフィンとともに消えていった。
そのあと、ギルドに戻った俺はルインが特例A級冒険者として登録されたことを知った。
それから10日後、俺宛の指名依頼が来た。素材の採集以来だ。
トレントの枝が欲しいらしい。それと光属性を持つ鉱石。さらにミスリル。
こんなもので作るものと言えば杖ぐらいしか思いつかないが、厄介なのは光属性を持つ鉱石だった。まさかあんなところに、あんなものが居座っているとは思いもよらなかった。属性変化を起こしたアダマンゴーレムだ。レベル制限ギリギリだったため、あの時の経験玉を使いレベル91となり、何とかゴーレムを倒すと、大量のアダマンタイトを落としていった。
そのあと俺は余裕でシルバーリザードとトレントを狩り、ミスリルとトレントの枝を納品し、アダマンタイトを買い取ってもらった。アダマンタイトは頑丈だがやはりそれなりに重い。そんなので装備を作ったとしても俺には扱いきれないのだ。そのあとアダマンゴーレムたちの経験玉を使ってみたがレベルは上がらなかった。やはりあのドラゴンは別格だったようだ。俺なんて剣構えただけだぞ?
しばらくしてまた指名依頼が来た。ナンデ?今度は爺さんが孫に会いに行く護衛だと
報酬は前金と後払いとの分割だと。なぜか受けないといけない気がした。
このことを後から思い返せば、この野郎!と奴に殴りかかっていたかもしれない。
そして、やたらめったら強い魔獣たちと戦いながら目的地に到着する頃にはレベルも95に到達し、目的地である城・・・・・・城!?目の前の敵に集中するあまり、町に入れば済むものと思っていた。
城に入る直前、爺さんから不思議な形をした剣と少し赤みがかった鎧を渡された。
必要になるから今すぐこれをつけろと。あまりにも気圧されたので、言われるがまま装着すると以前から使ってる鎧と遜色なく動け・・・いやそれ以上か
「それお前さんがとってきたアダマンタイト製じゃよ」
と爺さんがのたまった。思考が止まる。
?????????
アダマンタイト製???
軽すぎない?
嘘だあ
「仕組みはあとで教えてやる。装備には中で慣れればいいわい」
そう言いながら爺さんは中へと入っていく。中にも魔獣がいるの確定。泣けてきた。
とはいえ、護衛なので呆けてもいられず爺さんの前に出る。爺さんの行く道には相も変わらず強い魔獣が集まってくる。経験玉を使いつつレベルが96を越えたところで突然前方から轟音が鳴り響いた。
私はフィン。特訓を受けて大聖女になれました!レベルも99になりました。そしてついにシリウスさんの依頼でルインちゃんの探し物に付き合うことになりました。勇者様もきっと後から合流してくれるだろうとシリウスさんが言っていましたが、あれ以来会っていません。少し寂しいです。
そしてやってきました。少し崩れかかったお城。実はシリウスさん、クヨンちゃんの居場所は攫われた時から知っていたようなんです。ルインちゃんたちにかかっている監視龍術だそうです。じゃあなぜ助けてあげなかったんですか!と食って掛かったんですが、どうにもレベル制限外で手を出せなかったそうです。
「レベル制限?初めて聞きました」
シリウスが頷きながら答える。
「うんうん、知らないのは当然だね。普段そんな気は起きないだろうから。例えば君が、その辺にいる蝶なんかをプチ!っとしたいと思うかい?」
「そんなかわいそうなことはしません!虫さんだって生きてるんですから!」
「うんうん。そうだね。しようとは思わないよね?ではこれを魔獣にしてみよう。例えば今練習台にしている、キメラ。あれはどうだい?」
「最近やっと楽に倒せるようにはなりましたけど・・・・・」
「では、ついこないだまで相手にしていたサンドリザードは?」
「なんだか戦おうとはもう思えませんねえ?なんでです?」
「つまりこういうことなんだよ。レベルというものがあるこの世界で、レベル差が一定値に開くと、相手にしようと思えなくなるように誰かが世界のルールとして決めたんだよ。誰かはわからない。神様のような存在なんだろうけどね」
「つまりそれがレベル制限ですか」
「そう、初めて会ったとき、言っただろう?ちょうどいいレベルだと、つまり君たちであれば、少し特訓すればルインの助けになってくれるだろうと、そう思ったわけだよ」
そうシリウスが言うと木に光る十字をつけた杖を取り出した。
「大聖女になれたお祝いだ。持っていくと良い。素材はロイ君がとってきてくれたものだよ」
「勇者様がどうして?」
「少々だまし討ち的に今特訓を受けてもらっているよ。私の父。先代龍騎士がロイ君を連れてクヨンの元に向かっているはずだ。明日にはつくだろう。君はルインとともにシヨに乗って向かってくれ」
そういうとシリウスは頭を下げこう言った。
「ルインとシヨを頼む。クヨンを救ってやってくれ」
そうして私たちはお城の中で対峙したのですが
「なんですかこれええええええええええ」
思わず叫んじゃいました。あ、尻尾飛んできた。ふう結界で事なきを得ましたが、あんなに強いルインちゃんがへたり込んでしまいました。
「なんで?どうして?そこにいるのに戦えないの!?」
「え?まさかレベル制限ですかああああああああ?」
おいおい!何でここにフィンとルインがいるんだよ!?
爺さんを睨みつける。あ、こいつ横向いて口笛吹いてやがる。まさかあのシリウスの差し金か!
「すまんがおぬし。ルインの経験玉を持ってるんじゃろ?あれを渡してやってくれんか?」
たしかに懐に持って来ちゃいるが、この状況で使えるのか?茫然自失になっちゃってるぞ?
「それともう一つ、レベルアップしたルインではあのスライムを消し飛ばしてしまうじゃろうから、んむ、尻尾のところに飲み込まれておる子龍を救い出してくれんかの?」
「爺さんがやればいいだろう!俺より強いんだろうが!」
「無理じゃな。わしがやればこのあたり一帯吹き飛ぶわ。それにわしも奴の相手はできん」
あとで教えろよ!こんのくそじじい!そういって俺は駆け出す。そしてフィンにルインの経験玉を投げる。
「ルインにそれ使わせろ!あの時の玉だ!」
「勇者様!?」
「え、おじさん!?」
あ、またおじさん言いやがった。
あの尻尾の中の子龍って居た!あ、これ助けたら俺飲み込まれるやつじゃ?
さっき取れたスキル使えば堪えれるか?
「あの子龍助けたら何とかしてくれるんだな!」
「ルインがしてくれるわい」
「え、おじいちゃん?」
今嵌められたことを確信したぞ。無事帰ったらあの野郎一発ぶん殴る!
さて、何だこいつ?ドラゴンなのか?スライムなのか?あの足跡はスライムだな?粘液だらけだ。やっぱり助け出したらこれは俺が代わりに飲み込まれるな。鑑定で子龍を見つめてみる。もう時間がなさそうだな。
「フィン、俺があの子龍を助け出す。30秒だ。それ以上は俺が持たん」
「え?勇者様どこまで知ってるんですか?」
「ルイン経験玉使う、俺子龍助ける。これだけだ。行くぞ!」
そういって俺は再び駆け出す。スライムが俺の動きに気付いて足を踏み出す。足元には粘液がべっとりだ。それをうまく利用して滑り込みながらかわす。
あイタ!踏み荒らされた石が飛び出してたのに足を引っ掻けた。勢いあまって宙に浮く。ないはずのドラゴンの顔がにぃっと笑ったように見えた。あ、こいつ
回転して尻尾で壁に叩きつけるつもりだな?
そう判断すると同時にスライムの体が回転し始める。
お?ナイス子龍が流されて目の前に来た!
俺はスキルを開放し剣で尻尾を切り裂く。もうあと一発!よし!振り回された尻尾が切り裂かれた場所と子龍の位置がドンピシャ。腕を伸ばして子龍を掴み、フィンに向かって投げる。
「後は頼んだ!」
そういって俺はスライムに飲み込まれた。
クヨンちゃんを受け取った私はすぐさま回復龍術を掛ける。
でもルインちゃんはへたり込んだまま、動こうとしない。
「ルインちゃん!クヨンちゃん助け出しましたよ!さっさとあんな奴やっつけてここから帰りましょう!」
ゆっくりとこちらをルインちゃんが見上げる。そしてクヨンを奪うように抱きかかえた。
「クヨン!クヨン!よかったよぉ」
うんうん感動の・・・・・・ってちがう!早く勇者様助けないと!
「ルインちゃんこれ使ってください!そしてクヨンちゃんを奪ったあいつをぶっ倒して帰るのです!みんなでお祝いです!」
「でも!あいつ怖いんだよ?クヨンを食べようとしたんだよ?シヨも食べられちゃうかもしれないんだよ?」
あ、これ本当にレベル制限だったんですね。私も経験あります。
「これを使えば全部問題なしです!ルインちゃんは間違いなくあいつをぶっ倒せるのです!でないと勇者様が!」
ハッとした顔でルインがスライムのほうに向きなおす。
『ルイン~、俺もあのおじさん助けたい』
「うん、助けよう!」
『・・・・・・消えて』
不意に頭に声が響く。ルインでもシヨでもない声が。ロイでもなければ爺さんでもない。もちろんフィンでもない。クヨンから黒い渦が渦巻き始めた。
「こりゃいかん!ルイン変身を解くんじゃ!」
ルインが爺さんのほうへ振り向く。
「シヨ!クヨンを押さえて融合するんじゃ!」
慌ててルインが変身を解く。そして再融合へ。フィンは見た。すでに何度かルインの融合する姿は見ていたが、いつも眩しく輝いていたルインが今回は光ってはいるものの光がルインの形をかたどりその周りを闇が覆う。そして光と闇が収まると、そこにはいつも融合すると白髪になっていたルインが、元の金髪のまま白と黒の鎧に身を包み立っていた。
『誰?私の眠りを邪魔しないで』
『シヨだよ!クヨン!』
私は二人のやり取りを黙って聞いている。
『シヨ?クヨン?』
『私はただ眠っていたいの。邪魔しないで!』
3人の精神領域に闇が広がる。と同時に現実世界のルインの姿もぶれだして姿もあやふやになる。
『クヨンやっと会えたんだよ!なんでそんなこと言うんだよ!ルインも黙ってないで何とか言ってよ!』
『ルイン?ルイン・・・・・・・誰』
パシ~ン
ビンタの音が精神世界に響く。
『ルインのことまで忘れちゃったの!?そんなのってないよ!』
『クヨン!後でいっぱい寝ていい!今はちゃんと起きて!あなたを救ってくれた人が死んじゃうの!!力を貸して!闇の力を!シヨあなたも光の力を!』
ルインの頬が両方赤くなっていた。精神世界に広がっていた闇が光と拮抗し消え去る。
現実世界のルインが目を開く。そのままフィンが持っていた経験玉をたたき割る。そしてレベルが上がる感覚。それが数度。徐々に恐怖感が薄れていく。
そして完全に消え去る。そこでレベルアップの感覚も止まる。ここまで約25秒。ロイもそろそろやばいと思っている表情。ルインの手元に剣が現れる。剣を握りこむ。そして剣圧が発生。スライムの体が消し飛んだ。
ドスンとロイの体が落ちる。泡を吹いて気を失っていた。
「さて帰るかのお。帰ったらお祝いじゃぞ」
あのスライムの体から生還した俺はというと・・・・・・今だルインの村で寝ていた・・・・・・フィンのやつ何が大聖女だよ。泣いてばかりで俺の体を回復してくれねえんだよ。メルさんがいなかったらまだ体の皮の大半がない状態だったよ。治ったら爺さんが教えてくれた方法でシリウスのやつをぶん殴るんだ。
ああそうだ。事の始まりから顛末まで爺さんとメルさんが説明してくれた。シリウスは俺が睨みつけるからと、どこかに隠れている。
あのスライムは元々魔王軍の雑魚スライムだったらしい。この村に偵察に来たんだそうな。そして契約の儀式を行っていたシヨとクヨンを見つけてクヨンを邪竜だと思って飲み込んだらしい。そして魔王軍の幹部になったんだそうだ。
そりゃ龍の力を取り込んだようなものだから?地力で圧倒的な力を持ったんだろうな。でもクヨンの力を邪と思っていたからまともに龍の力を取り込めなかったらしい。闇とばれていたらとっくにクヨンは溶かされていたと。なぜそこまで事情がしっかり判っているかって?シリウスがクヨンをさらわれて、スライムの所属が魔王軍だとわかったときに、魔王を締めに言ったからなんだと。土下座で謝罪してたらしいよ。まさか部下が世界の守護者たる龍騎士の治める村を襲っているとはつゆ知らず、そのスライムは即追放処分にしたんだと。
そして、どこにも逃亡できないようにあの城に閉じ込めていたらしい。
あの城の倒した魔獣は問題ないのかって?あれはスライムのエサ用に放り込まれただけで家畜のような物らしいから問題ないんだと。
そして帰ってきて目覚めて、ルインの鑑定をしてみたらびっくりまだレベル6だったよ。俺たちあのドラゴンの経験玉使って20ぐらいはレベルが上がったんだけど、ルインの必要な経験玉は俺たちの数十倍必要なんだと。なんでも固有スキルのレベルブレイカーとかいうものが関係しているらしい。
そのあたりのことはよくわかっていないんだってさ。レベル100差をひっくり返せるっていうことぐらいで。
あ、そうそう帰ってきたルインたちは、そのままシリウスをぶん殴り、山3つ向こうまで吹っ飛ばしたそうだ。
そりゃそうだろうなあ。いくらレベル制限があるとはいえ、ずっと黙っていたんだからなあ。
メルさんによると俺もそろそろ起きても問題ないらしいから、そろそろ俺たちの町へ帰ろうかなもちろん仕事してからな。じゃあまたな!
読んでいただきありがとうございました