感覚派理論派
翌日。シャルロットは、リーシェルのベッドで目を覚ます。リーシェルは既に起きており、部屋の中にはいなかった。既に教会の掃除をしているからだ。
その事を知っているシャルロットは身体を伸ばしてから、自分の部屋に戻って服を着替える。
「あっ、忘れてた。マザーにも見られたら危ないところだった」
シャルロットは、自分のベッドで寝ている偽物を魔素に戻して消す。やらないといけない事を終わらせたシャルロットは、寝間着を持って一階の洗面所に向かう。そこでネットに入れた寝間着を洗濯機に放り込む。
その後歯磨きと洗顔を終わらせる。そこで使ったタオルも放り込んでから、洗濯機を回す。リーシェルとマザー・ユキムラは、教会の仕事があるために早起きだ。なので、寝間着なども既に洗濯機の中に入っている。一番遅く起きるのが、シャルロットであるためシャルロットが洗濯機を回す事が多い。
洗濯機が回っている間に、シャルロットは朝食を作っていく。朝は簡単にスクランブエッグとベーコン、サラダ、パンだ。魔王時代には料理などした事がなかったシャルロットだが、ここでの生活でしっかりと生活能力を身に付けていた。
「よし! 今日も大成功! マザー! リーシェル! ご飯出来たよ!」
教会に顔を出してシャルロットが呼び掛けると、すぐにマザー・ユキムラとリーシェルが食卓に着く。祈りを捧げてから朝食を食べ始める。
「そうだ。聞いて下さいよ。昨日の夜シャルが教会を抜け出したんですよ。空を飛んでいたので、多分壁も越えました。シスターからも叱って下さい」
「あらあら、壁まで越えたの?」
「あはは……ちょっとだけだよ。ちょっとだけ」
小一時間程外出していたのだが、シャルロットの感覚的にはちょっとだけという範囲だった。それに対してマザー・ユキムラ優しく微笑む。
「街の外は危険だから、無闇に出ては駄目よ」
「は~い」
「はぁ……マザーはシャルに甘すぎる気がします」
「シャルロットにやりたい事が出来たのなら応援しなくちゃね。でも、本当に危険な事は駄目よ」
「は~い」
マザー・ユキムラは、シャルロットに何かやりたい事が出来たのなら応援するという方針だ。リーシェルは、少し不満げながらもマザー・ユキムラの方針にある程度従う。シャルロットの養母はマザー・ユキムラだからだ。
「そういえば、今日は診療所のお手伝い?」
「うん」
「あまり遅くならないようにね。そうだ。勉強の方はちゃんとやってる? 後二年もしたら、シャルも学校に通う事になるんだから」
「うん。科学以外は……」
「他の事は、大体飲み込みが早いのに、科学だけは苦手なままよね」
「う~ん……(概念的なものは分かるけど、原理は全く知らないからなぁ。数学とかは何となく理解は出来るけど)」
科学が広く知られていた訳では無い時代を生きていたシャルロットからすると、科学は本当に未知の分野でしかなかった。十年勉強してきた今でこそ、ある程度の理解があるが、他分野と同じくらいに理解出来ているかと言われるとそれはなかった。
同じく未知の分野である歴史などもあるが、未知の部分が過去の出来事でしかないので、科学よりも理解は楽になっていた。
「科学への理解が、魔法にも影響してくるんだから、ちゃんと勉強するのよ?」
「う~ん……まぁ、そうかもだけど」
「シャルロットは、感覚派だものねぇ。逆にリーシェルは理論派の子だから、科学への理解の影響は、それぞれ違うかもしれないわねぇ」
「正直、感覚派が持っている感覚がよく分からないですけどね……どうやって感覚で魔法を使っているのか……」
「えぇ~、何となくこうすれば良いって思い付くよ? 後は良い方向に傾けていけばいいだけだし」
「魔法の才能は、ズバ抜けてあるわよね」
「凄いでしょ? (まぁ、ずっと扱ってきたからなんだけど)」
「はいはい。凄い凄い」
人間よりも魔法が密接にあった魔族の王として君臨していたシャルロットは、魔法を理論立てて使うというよりも、感覚的に取り扱う方が性に合っていた。理論を知る事を否定する程ではないが、一々理論で考えるよりも実際に取り扱って使い方を覚えるという方が身体に染みこみやすいという考えが染みついているのである。
リーシェルからすれば、完全に理解の外側である。
「感覚だけで空を飛んでいるっていうのもおかしな話よね。どうやって飛んでいるのか見当もつかない」
「どうやってって考えるからじゃない? 魔力で身体を打ち上げるような感じだよ。後は身体に浮けって命令して、そのまま飛ぶの。浮く感覚さえ掴めば、魔力を使って再現するだけだから楽でしょ?」
「全く分からない……そもそも飛行魔法なんて、高等魔法のそれよね。重力を打ち消す程の力を生み出すのがどれだけ大変か……」
理論派のリーシェルは、理論が無ければ魔法を扱えない。正確に言えば、魔法を正しく扱えない。科学によって火の原理を知り、その原理に沿うようにして発動する事でようやく発動する事が出来る。
つまり、可燃物、酸素、熱という要素を魔力で組み立てる事で魔法を発動しているというようなものだ。魔法で構成すれば、後は魔力を操作する要領で操作が可能となる。
対して、シャルロットは取り敢えず火を点けて放つという考えだけで扱えている。魔力を火に変化する感覚などを覚えているので、それに沿って扱うだけなのだ。
これが感覚派と理論派の違い。
これだけで見れば、感覚派が強く考えられるが、実際には理論派の方は強力な魔法を作り出しやすいとされている。その魔法がどうすればより強力なものになるか、理論立てる事で安定して高出力を出せるからだ。
逆に感覚派は、強い魔法を使う感覚を覚えなければ安定して強力な魔法を出す事が出来ない。どちらも一長一短という事である。
これらの事から理論派のリーシェルからすれば、科学を深く学んで魔法に応用するのが、より深く魔法を理解する一歩に繋がると考えられるのだ。
シャルロットに科学を学ぶように進めるのも、シャルロットが魔法を扱える事に加えて魔法を好いているという事を知っているからだ。より深く魔法の世界へと入るための道標を教えている。
「まぁ、理論を組み立てたら多くの人が魔法を使えるようになるし、良い事ではあるのかな」
「まさにその通り。それにシャルの魔素に関しても何か分かるかもしれないわよ」
「魔素について?」
「うん。昨日の夜なんかは、魔素を使って自分の分身を作り出していたみたいだけど、それも理論を作れれば新しい応用方法が見つかるかもしれないじゃない?」
「あぁ……なるほど……?」
これにはシャルロットも納得する。魔王時代の経験から、分身や魔素による圧縮などを平然と行う事が出来ているが、これに理論を付ければもっと多くの利用法が思い付くかもしれない。
「う~ん……頑張ってみようかな……」
「うん。何か困ったら教えてあげるから。これでも学校の成績は良い方だったのよ」
「うん。困ったら頼る」
そう言うシャルロットに、リーシェルは優しく微笑む。血の繋がりも何もないが、妹に頼られるというのは姉として喜ばしい事なのだ。