集落の説得
翌日は予定通り街の観光をする。フリージアは、アコニツムと同等規模の発展具合だが、アコニツムよりも建物の高さが低い。高層ビルがないのだ。加えて、自然もフリージアの方が多い。大きな公園があり、そこで遊ぶ子供達の姿や道中に屋台が並んだりとアコニツムには見られない景色などがあった。車道もアコニツムとは異なり、交差点が多くなっていた。車通りも多いので、基本的にはラスティーナと手を繋いで移動する事になった。年齢からしても高身長とは言えないシャルロットの安全のためだ。
その翌日。シャルロットはラスティーナと外の世界を学習するためという名目で、フリージアから出た。少し歩いて森の中に入り、透明化した後でキティルリアに変身して移動する。
フリージアの近くには二箇所の集落あるので、効率的に回っていく。最初の集落に来たキティルリアは、集落の長に正体を明かしつつ挨拶をし、自身の目的を伝える。リリアの一族の名前を聞いた途端、キティルリアがかつての魔王だという事を知って、集落の長は、即座に平伏した。
集落全体にも自身の目的を含めた挨拶をする。人間との共存というキティルリアの目的に困惑する魔族もいたが、そこはラスティーナと共にキティルリアの理想が元々の世界に戻す事にあるという事を伝えると理解する魔族が多くなった。
後は集落を支える鉄骨などの修繕や改良などをしていき、メンテナンスの方法などを伝授してから、次の集落へと向かう。その集落が問題だった。
「断固として反対だ! 俺は貴様を魔王とは認めない!!」
集落の長に会いにきたキティルリアが、目的を話した途端に激怒していた。古い時代を知らない長であるため、キティルリアの一族の名前であるリリアにも反応しない。
キティルリアは、後ろでラスティーナが静かに怒りを覚えている事に気付いた。だが、ラスティーナはキティルリアを立てるためにここでは何もしない。
「理由を聞いても?」
「当たり前だ! 人間との共存だと? 奴等は滅ぼすべきだ!」
「なら、ここで何をしているの?」
「は?」
キティルリアに何を言われているのか分からない集落の長は、顔を顰めながらキティルリアを睨む。
「多くの点で魔族は人間よりも優れている部分がある。その中でも魔素を操るというのは、人間に対して優位に立てる一点だ。ここにいるよりも近くの街を襲って人間を減らすという事も出来ただろう。何故そうしない?」
「何を……」
平和を謳うキティルリアが、人間を滅ぼす方向の行動を口にする事が、集落の長を困惑させていた。
「自分が言った事でしょう? 滅ぼすべきだ。そう主張しながら、その行動を一切取っていない。ましてや、その主張と逆でここに引き籠もっている。あなたの言葉には一つも響くものがない」
「そんな事をすれば、集落の魔族達に迷惑を」
「掛けないでしょう? ここに逃げ込む必要はないから。滅ぼすなら、一人残らず殺し回る必要がある。老人だろうが子供だろうが全て関係なく殺し回る。かつての人間達が行っていたようにね」
「聖剣の勇者が……」
「聖剣の勇者が恐ろしい? そんな事で滅ぼすべきだと口にしたの? そんな恐ろしいなら平和になる方が嬉しいはずでしょう?」
「あんたは、恐ろしくないのか? 自分を殺した聖剣と勇者なんだろ?」
集落の長は、キティルリアが初代魔王という話は聞いているので、キティルリアが聖剣で死んでいるという事から自分と同じく聖剣を恐ろしく思っていないのかと疑問を覚えていた。
「あの聖剣とその持ち主はいない。あそこまで聖剣を使いこなせる人材がそうそういるはずもない。それに今の私なら聖剣相手でもある程度は戦える。恐ろしい以前に、私はあの聖剣を折らないといけない。あそこにつぎ込まれた魔族達のためにも」
「それなら平和なんて……」
「言ったでしょう? 私はかつての世界を取り戻したいの。人間と魔族、どちらかを恨み続ける世の中から、お互いに尊敬しあえるような世の中にするために。
それこそ、あなたのような考えをなくす必要がある。私はそのための説得をしているの。永遠に憎しみあい、殺し合う世の中が望み? その世界の果てに残るのは不毛の大地と血濡れた手だけとなるが?」
キティルリアは、真っ直ぐ集落の長を見る。ただそれだけで、集落の長は背筋が冷え切る。キティルリアの目には、それだけ熱がなかった。
地獄を見てきた。酷い地獄を。同族の死体。恨み、憎しみの感情が渦巻く現場。集落の長が口にしたものの先には、それが世界中に広がる未来が見える。
キティルリアには、それが受け入れられなかった。そして、それを望んでいるかのように人間を滅ぼそうと口にする集落の長に失望もしていた。
だが、当の集落の長には、そのような考えはない。人間との諍いがあったという事実だけが頭にあり、そんな人間と手を取り合うなどあり得ないと思っている。寧ろ、人間など滅ぼしても問題とも考えている。
若い魔族の中にある潜在的な人間への嫌悪。特に人間との決裂より過去の話を聞かされていない魔族にとっては、人間は魔族を嫌い殺そうとしているとしか認識出来ていないのだ。
それでもキティルリアの言葉を受けて、自分達が思っているような人間だけではないのだと思う事が出来る魔族も増えている。
問題は、目の前の集落の長がその魔族達と同じ道を歩んでくれるかどうか。キティルリアは、その説得のためにまた口を開く。
「これまでの話を総合して、まだ人間を滅ぼそうと考える? 集落を巻き込まず一人で戦う事になるけれど、人間を本当に滅ぼさなければ、あなたと同じような人間が現れて聖剣を持って反抗してくる事になる。分かる? これが繰り返し。あなたに聖剣を破壊する自信がないのなら、まず成功するはずもない」
「ぐ……」
「私が平和を求めるのは、平和の時代を知っているから。私達魔族と人間は手を取り合える。その時代がしっかりと存在した。確かに確執がある者達がいるかもしれない。それこそ、その時代から生きているような魔族達の中には恨みを持っている者もいる。
でも、そこで常に壁を作っていたら、現状は改善せずに悪化し続けるだけになる。今以上に確執が深まり戦争が続く世界と全員が平和に日の下で暮らせる世界。あなたはどちらが良い? 言っておくけれど、私は戦争になっても無条件で魔族の味方になるわけじゃない。魔族を殺されないように動くけど、人間も殺さない。
言っておくけれど、ラスティーナもその戦争には参加しない」
「なっ……」
集落の長は、ラスティーナがまだいると考えていたが、その頼みの綱が断たれた。だが、本人に確認しなくては、本当に断たれたかどうかは分からない。
集落の長はラスティーナに視線を向ける。
「私は魔王様に仕える身。魔王様が望む世界を私も望みます。言っておきますが、魔王様を知っている者は、全て同じ考えです。あなたが戦乱を望んだとしても、私達は一切協力しません。
それに今の現状をこれ以上享受し続けますか? ここから戦争になれば、更に酷い状況になるかもしれません。そうなれば、集落の魔族達の生活環境も大きく悪化します。
逆に魔王様の望みが叶えば、一気に状況は改善します。過去を体験してきた魔族からすれば、受け入れがたいかもしれませんが、自分達が我慢すれば次の世代達はこの平和な世を生きる事が出来る。
分かりますか? あなたの個人的な感傷などよりも優先すべき事がああります」
「だ、だが! 過去を体験した魔族の反発が……!!」
「魔王様は過去を体験していないと? 初代魔王であり、最後まで魔族を守るために戦い続けた魔王様が? 聖剣によって殺められた魔王様が? 魔王様は自身の感傷を捨て、最初から一つの目的だけを追及して動いています。あなたが何をするべきなのか。どうするべきなのか。もう一度よく考えてみなさい」
ラスティーナは、自分の考えを正確に集落の長に伝える。人間に対して思うところがあり、シャルロットの妨害ばかりする人間に対して殺意を覚える事もあるが、これまで実際に人間を直接手に掛けてはいない。
ラスティーナも自身の感傷を押し殺していた。そうする事が魔族達の今後に繋がるからだ。
二人の話を受けて、集落の長は顔を伏せる。そして、一分程考えて、平伏する。
「これまでの非礼をお許し下さい。その道、俺も進ませて頂きたい。集落の今後のため……今、こんな場所で暮らさせている子供達、その子孫に至るまでを、日の下で暮らさせてるために」
考えるべきは先の世代。今の苦しみを残し、さらに悪化させるか。あるいは、遙かに改善した環境に送り出すか。
集落の長は、思考の末に先の世代に良き環境を残したいという考えに行き着き、キティルリアに従う道を選んだ。
それを選ばせた以上、キティルリアには、ここの魔族達を導く責任があった。そして、その責任は、キティルリアも認識していた。それは古くから持つものだったため、キティルリアとしては当然のものだった。




