懐かしき名前
それから一週間の間、シャルロットは普段通り過ごす事になった。本当なら、他の魔族の集落を訪れる予定だったが、今も教会から少し離れたところで、シャルロットを引き入れようと考えている教会関係者が監視しているため、動こうにも動けなかった。
そもそも案内役のラスティーナも調査で出ているため、訪れようにも不可能な状態だった。
そのために普段通りの生活をするしかないのだ。勉強に集中する良い機会だとリーシェルに言われているため、勉強には力を入れていた。幸いラスティーナが受け取ってきた参考書などで勉強は捗っていた。
そんな中でラスティーナが帰って来た。
「シャルロット様。ただいま戻りました。こちらは調査の報告書になります」
「ありがとう。口頭でも説明してくれる? いつも通りラスティーナ自身が感じた事も含めてね」
「はい」
この辺りの報告は、魔王時代にもやっている。報告にはラスティーナの所感も含めさせている。ノイズになってしまう事をラスティーナは憂慮したが、シャルロットからすればラスティーナが感じ取ったものから、新たな視点が開ける可能性もあるため、この形式になっている。
「まず、定期報告にも書きましたが、教会の一部は完全に腐敗しております。聖職者、修道士になった事を良い事に一般教徒に対する横暴を働いています。金銭面でのやり取りもそうですが、人を献上させるという事もしていた事が分かりました。証拠はこちらで掴んでいます」
「対価は?」
「それが聖女への謁見になります。聖女に面会させるという約束をし、実際に面会する事になります」
「ふ~ん……その辺りはしっかりとしてるんだ。その人は何をお願いしたの?」
「妹の治療などです。そういった弱みがある相手を狙っているようですね。その会話も聞きました。その場で粛正させるために証拠をばらまこうかと思いましたが、それで効果が薄いと考えました。こちらをご覧ください」
ラスティーナはシャルロットに提出した報告書の中にあるページを開く。そこには腐敗している教会聖職者及び修道士の一覧が載っていた。
「私が把握した腐敗者の一覧です。ただし、これは近くの街及び本部の聖職者の一部、この大陸の修道院に所属する修道士の一部になります。本格的な調査をするには、教会は大きな組織過ぎました。私達が知っている状態からも更に規模が大きくなっています」
「ふ~ん……これを利用したいところだけど、どこで利用するかだね。適当にばらまいてももみ消される可能性があるし、下手にキティルリアとして追い詰めようとすれば、魔族が潜入してるって思われる。そうなれば、疑わしきを罰するようになるでしょ?」
「可能性はあります」
「そうなると、こっちと関係を持った人達が危険に晒される。それは避けないと」
キティルリアが証拠を持ってくれば、魔族と通じている人間がいるか、魔族が入り込んでいるという風に思う者が出て来ると考えられる。そうしなければ、魔王であるキティルリアがその証拠を持っている事に説明が付かないからだ。
そうなれば、炙り出しが始まる。街中に潜入する魔族はラスティーナをはじめとして少数となる。つまり、主に被害を受けるのは、魔族と接点を持つ人間となる。それをシャルロットは容認できない。それを容認すれば、人間と魔族の共存を目指すという自分の志を自ら踏みにじる事になるからだ。
「やるならキティルリアの手柄にして、人間の腐敗を防止するというように見せたいけど、若干横暴が過ぎるかな……」
「人間同士の争いとは言い難いものに首を突っ込む事になります。良い顔をされるかどうかは分かりません。ですが、十中八九教会側からはされないと思います」
「まぁ、そうだよね。キティルリアでやるにはちょっと規模が大きすぎるか。まだキティルリアへの信頼が足りない……贅沢は言わずに教会の方から変わって貰う必要がありそう。後は私かラスティが報告できるだけのコネだね。さすがにこれをお願いするのは商売とはまた別だろうし……マザーに頼るのもなぁ……頼って良いのかってなっちゃう」
「教会の人間ですから、その後の立場も考えると……」
「失敗した時が危ないもんね」
マザー・ユキムラ経由で情報を与えても、これが成功しなければ、マザー・ユキムラのその後の立場が危なくなる。成功するという確証がなければ、動くに動けないのだ。
「取り敢えず、この辺りの情報は保存しておいてタイミングを見て、突くしかないか……」
「はい。そのための材料は揃えてあります。これについて他の大陸にいる魔族にも連絡し、可能な限り情報を集めるように伝えてあります。それとメイビスと連絡が取れました」
「メイビス・ジリル・ポーロス?」
「はい」
メイビス・ジリル・ポーロス。シャルロットの魔王時代に直接の配下だった魔族の生き残り。ラスティーナが秘書のような存在なら、メイビスは雑用係のような存在だった。
「大丈夫? あの子ドジっ子みたいなところがあるけど」
「はい。成長して、頼もしさを持つようになりました。私と同じく角を消せる魔族の一人です」
「あっ、そうなの? なら、期待出来るかな。こっちには来られる?」
「いえ、別大陸の魔族達にキティルリア様の事を知らせていくそうです。平和に近づくと良いですが」
「そっか。若干心配があるけど、期待しておこう」
懐かしい名前を聞き、シャルロットは少しだけ気分が良くなった。そのせいか、部屋の外で中の話を聞いていた存在に気付く事はなかった。




