かつての同胞を求めて
夕食を食べ終わった後、シャルロットは洗い物を手伝ってからお風呂へと向かう。そこに教会の戸締まりを確認してきたリーシェルも合流する。
シャルロットとリーシェルは、基本的に一緒にお風呂に入っている。単純に三人で順番に入るよりも、お湯が冷めないからだ。シャルロットの身体を洗ってから、リーシェルも身体を洗い始める。その間にシャルロットは湯船に浸かっていた。
(はぁ~……人間が開発したものの中で、これが一番良いなぁ。魔王の時は、基本的に水浴びくらいだったしなぁ)
シャルロットは、何度入ってもお風呂に感動していた。身体が温まる感覚に加えて、水の中にいるという感覚が新鮮だと感じていたのだ。
リーシェルはシャルロットの後ろに入って、シャルロットを足の間に入れながら抱き寄せる。こうしなくてもしっかりと浸かっている事の方が多いが、昔からの癖になっているので二人ともあまり意識せずにこの体勢になっていた。
「街の外には出ちゃ駄目だからね?」
「ん?」
シャルロットは、顔を上にしてリーシェルを見る。リーシェルはジッとシャルロットを見下ろしていた。ちゃんと返事をするまで見続けるという意思をシャルロットは感じ取っていた。
「は~い」
「もし破ったらしばらく私と同室だからね。寝る時も同じベッドにするから」
夜中に抜け出させないという意味だとシャルロットも気付いた。
(抱き枕にされるなぁ)
寝ている時の拘束が抱き枕だとシャルロットも気付く。シャルロットとしては別に抱き枕がなくても良いがあれば安心するというくらいだ。なので、抱き枕になるリーシェルがいるならそうするという事で、昔は互いに抱き枕のようにして寝ていた。
そんな約束を受けてそれぞれの部屋に戻ったところで、シャルロットは寝間着から外着に着替えていた。
(まぁ、あの話を聞いて抜け出さない訳がないよね)
確証もなく可能性も低すぎたため、街中での情報収集を優先していたが、マザー・ユキムラの話から、もしかしたら近くの森に魔族がいるかもしれないという事が分かってしまった。その可能性が少しでもあるのなら、元魔王として行かないわけにはいかない。
(問題はリーシェルかぁ。気付かれないようにしないと……まぁ、一緒の部屋くらいなら別に良いんだけど、心配はさせたくないからなぁ)
シャルロットは、自分の身体から魔素を出して形を作っていき、最後に魔力でコーティングしていく。すると、シャルロットそっくりの分身が出来上がっていく。魔素は人間から見えないが、魔素で大体の形を作って表面を魔力で覆って固定し着色していけば、こういたものも作れる。
分身と言っても、勝手に動いてくれるという事はないただの人形だ。だが、掛け布団で覆ってしまえば、シャルロットがただ寝ているようにしか見えない。
(良し! 靴がないけど、これは仕方ないかな。取りに行ったらリーシェルだけじゃなくて、マザーにもバレそうだし)
シャルロットはそう考えながら、窓から外に出る。そして、魔法で身体を透明化させ、飛行魔法を発動して空を飛んで移動していく。
「この時代でも飛行魔法は、人間に浸透してないんだよね……魔力の消費が大きいのもあるけど、昔から人間って空を恐れすぎてる気がする。ドラゴンの存在が大きいのかな。もっと魔法を研究して、新しい良い魔法を開発してくれれば良かったのに」
シャルロットは、今の時代の魔法があまり発展していない事に不満を持っていた。かつては、空を飛んでいる魔族に対して卑怯だぞと言っていた人間達が飛行魔法すら開発していない事を知った時は、深々とため息が出てしまった程、シャルロットからすれば期待外れだったのだ。
「科学に傾倒したからっていうのもあるのかな……確かに素晴らしい力だけど、もっと魔法も調べ上げて良い気がする。いや、逆に科学に傾倒したから魔法の在り方が分からなくなったとかなのかな。私が科学を上手く理解出来ないように、人間は魔法を上手く理解出来ない。魔法の近さが、私達と人間では全く違うから」
久しぶりに魔法を使う事に加えて、夕食の話などで過去を思い出す機会があったからか、シャルロットは今と過去の違いを敏感に察する事が出来ていた。
そんな事を考えている間に、目的地である森に着いた。素足で触れる草原は、少し気持ち悪さを持っていた。普段が靴を履いているので、違和感などを覚えてそう感じていた。
「帰る前にしっかり洗わないと。さて、魔族がここにいるのなら魔素で分かるはず」
シャルロットは自分の身体から魔素を放出して、森の中に薄く広げる。知能が低い魔物では気付く事はないが、魔族であれば即座に意図的な魔素の散布に気付く。加えて、自分の魔素を広げる事で、そこにあるものをシャルロットはある程度知覚する事が出来る。これは魔素を持っている魔族の中でも、魔素の扱いに長けていなければ出来ないものだった。
「…………いない。さすがにマザーの言う通りかな。街の近くは魔族にとっても危険だし。存在する事がバレれば、討伐隊として軍が動くかもしれない。魔素をちゃんと使えば大丈夫だろうけど……皆無事でいるのかな……」
シャルロットは、最後まで生き残っていたはずの親しい友人や部下の姿を思い浮かべて拳を強く握る。魔族の寿命なら、数千年くらいは生きる。シャルロットはその実例を知っているので、かつての友人と部下が生きている可能性はある。
「新たな魔王の擁立……あの子達がそんな愚かな選択をするとは思えない。だから、新しく魔王を名乗っている魔族は、あの子達の周り以外から出ているはず。そして、魔王が現れれば、新たな聖剣を携えた勇者が来る……勇者……聖剣に選ばれるという事はあいつの子孫……?」
シャルロットは自分を殺しに来た勇者の姿を思い出す。現状、かつての勇者の姿と重なるような知り合いはいない。図書館にある図鑑などに載っていた勇者の肖像画や写真にも面影は見て取れなかった。
「役目を終えた後は隠居でもしたのか……いや、あれが英雄の血を利用しないはずはない。実際に、勇者の説明に何代目の孫とかって書いてあったりしたし。さすがに、数千年前の人間に関する記述が多く残っているってわけもないか」
そんな事を考えながら、根気よく探知を続けていたが、その成果は一切得られなかった。そして、魔族の代わりに来たのは、額に小さな角を持った魔素を纏った黒い熊だった。
『グアァ!!』
「うるさい」
吠える熊を自分の魔素で覆ったシャルロットは、そのまま圧し潰す。魔素の合間から、血液だけが地面を流れていく。シャルロットが魔素を身体に戻すと、不気味な形に歪んだ熊が倒れる。熊を倒したシャルロットは、そのまま魔法で地面に穴を空けて熊を埋める。
翌日になって騒ぎにならないように証拠を隠滅したのだった。
「はぁ……さすがに街の傍の森なんかに定住するような魔族はいないか……」
もう少し調べたら見つかるかもしれないという淡い期待もシャルロットの中にあったが、あまり遅くなり過ぎるとリーシェルにバレる可能性が高くなっていく。それを考えたシャルロットは、ここで切り上げて空を飛んだ。街に近づく段階で姿を消す。
そんなシャルロットを五キロメートル離れた山の上から見る人影があった。
「あれは……」
そんな声にも人影にもシャルロットが、気が付く事はなかった。
教会の窓から戻って来たシャルロットを持っていたのは、仁王立ちしているリーシェルだった。
「え?」
正面にいるリーシェルに驚いたシャルロットは、ベッドで横になっているはずの自分の偽物を見る。偽物は置いた時と一切変わらずにそこにいる。つまり、そこに偽物がいるにも関わらず、リーシェルに外出がバレていたという事になる。
(触られた!? いや、魔素で脈動、魔法で温度を再現はしていたはず……無駄に技術を凝らした偽物だ。そう簡単にバレるはず……いや、バレてるのだけど……)
困惑しているシャルロットに対して、リーシェルは、朗らかに笑う。笑顔でいるのにリーシェルから放たれている怒気は本物だった。
「シャ~ル~?」
「あ、あはは……(逃げるが勝ち!)」
振り返って再び空を飛ぼうとするシャルロットの後頭部を鷲掴みにしてから、リーシェルは窓を閉める。シャルロットは、完全に逃げ道を失った。
「痛い! 痛い! あっ! えっ!? 本当に痛い!?」
「痛くしないとお仕置きにならないでしょうが!! お風呂での話を忘れたとは言わせないわよ!? しばらく私の部屋に来てもらうから! そして、何か言う事は!?」
「ごめんなさ~い!!」
こんなドタバタが同じ教会に住んでいるマザー・ユキムラに聞こえていないはずもない。マザー・ユキムラは自室で読んでいた本を閉じながら笑う。
「あらあら。あの子もお転婆ねぇ」
マザー・ユキムラは、基本的に大人しいシャルロットがしたお転婆的な行動を好ましく思っていた。危険な事ばかりをするのは歓迎しないが、本来のシャルロットが出て来たのだと感じたからだ。
「次はもう少し上手く抜け出せると良いわねぇ」
実はマザー・ユキムラは、シャルロットが抜け出した直後から気付いていた。リーシェルが気付かなければ、翌日にさりげなく釘を刺しておこうと考えていたのだが、こうしてリーシェルが雷を落としているのを聞いているので、その予定はマザー・ユキムラの中で削除された。




