魔族の集落
魔素の補給を翌週まで続けて、かなりの量が溜まったシャルロットは、魔族の集落に向かう事にした。これもマザー・ユキムラとリーシェルから許可を得ている。
表向きの理由は冒険者に興味があるシャルロットを元冒険者のラスティーナが指導するというものだ。
シャルロットが中央大陸の学園都市セントレアを目指す理由にも繋がるという事でマザー・ユキムラが提案したものだった。丁度良いので、シャルロットもその理由を利用する事にしたのだ。実際ダンジョンには入るつもりでいるので、全くの嘘という訳では無い。
アコニツムを出たシャルロット達は少し離れた場所から森の中に入る。そうして街の住人達の目が届かないような場所まで向かって行く。
「どこでキティルリアになれば良い?」
「この辺りで変身して空を飛びましょう。姿を消せば、人間には見られません。深いところまで入りましたので、私達がいなくても別の場所に向かったと考えるでしょう」
「それもそっか」
シャルロットは、魔素を出して身体の周囲を固めていく。魔素で形を作り魔力で覆う。そうして一分程でキティルリアに変身した。手を握って、軽く跳び跳ねる。
「やっぱり若干の違和感はあるかな」
「身体を魔素で構築しているので仕方ない事かと」
「慣れるしかないか。補給のおかげで、この状態でも使える魔素の量は格段に増えたから、魔王としての威厳は出てるかな。さっ、行こうか」
「はい」
シャルロットとラスティーナは、姿を消しながら空を飛んでいく。姿がなくても、シャルロットにはラスティーナの居場所が分かる。ラスティーナに自分の魔素を括り付けているからだった。
ラスティーナに案内されて、キティルリアは魔族の集落がある山に来る。その山の中腹より少し上に来て、岩によって塞がれた入口の前に来る。その岩を退かす事で中の集落へと入る事が出来る。
「割と古いやり方で隠してるのは理由があるの?」
「意外とバレにくい事に加えて、魔素ですと聖剣を使われると触れるだけで一部霧散してバレます」
「ああ……岩なら当人の力量によるからか。納得」
魔族を殺しにくるのは、基本的に聖剣を使う勇者だ。その聖剣が僅かでも触れてしまえば、魔素で作ったものは触れた箇所が霧散してしまう。魔素を断ちきる聖剣の効果は、それほどまでに危険だった。
キティルリアは、魔素を使って岩を動かし、しっかりと塞ぐ。
(あいつならこれでも一刀両断だろうな)
キティルリアが出入口を塞いでいる岩を見ながら考えていると、ラスティーナが肩を叩く。キティルリアが岩を見たまま止まっていたため心配になったのだ。
「キティルリア様。大丈夫ですか?」
「うん。ここだけど、後でもう少し頑丈に塞いでおく」
「頑丈にですか?」
「そう。どうせ岩をぶった切られる時点で、ここはバレるわけだから、その後ろに頑丈な扉を作っておく。まぁ、魔法と魔素で作れるから帰りにでもやるよ」
そう言ってキティルリアが歩き出す。
(それを簡単に出来ると言える事がどれだけ異常な事か……キティルリア様はご自覚がないのでしょうが)
ラスティーナは、心の中でため息をつきつつ、懐かしさが胸の中に広がるのを感じていた。そんな懐かしさを胸に、キティルリアの二歩後ろを付いていく。
十秒もしないうちに洞窟は終わり魔族の集落が見えてくる。山の中にある魔族の集落は、暗闇に支配されること無く明かりを得ていた。キティルリアは明かりの発生源である天井を見る。
「太陽石か。あの大きさは中々お目に掛かれないけれど」
「調達しました。太陽石を複数接合すれば出来ますので」
「物質として一つになっているから錬金術によるものか。確かに、閉鎖空間で生活するなら、これが一番良い」
太陽石は、太陽との距離が近くなればなる程光が強くなる。別名昼夜石。外の昼夜の時間と同じように光が増減するので、こういった場所でも時間感覚を失わずに済む。
「空気は?」
「太陽石の横などから」
「細かい穴からか。外に音は?」
「漏れないように一方通行の結界を張っています」
壁には金属の骨組みが張り巡らされており、崩落が起きないように太く大きな柱などを配置してある。自分達が暮らすために最大限の改造がされた集落となっていた。それが故に人間達にバレる心配がいくつかあるが、ある程度は許容しなければいけない。
(全体的に強度を上げるのが一番かな。あの洞窟も空気の循環に必要な場所になっているわけか。反対側にも同じ洞窟があるし。扉は密封型にせずに網を付けた形にしよう。岩の後ろなら魔素での構築が良いか。魔素が存在すれば、魔族には場所が分かり易い。岩の後ろの扉を見つけやすくなるのは良い事のはず。問題は魔物対策だけど、そもそも岩を壊せる魔物自体が少ない。それに魔素を少し感じたくらいでは岩を壊そうと思わないか。そもそも魔素の補給がしたい生き物でもない)
この集落の改良案を考えているキティルリアの背中をラスティーナが軽く押す。それにより、キティルリアの意識がラスティーナに向く。
「今は挨拶を先に」
「それもそうだ。最高責任者のところに案内して」
「はっ」
ラスティーナの先導に従って歩くキティルリアを集落の住人達がジロジロと見てくる。集落の住人ではないという事は明白だ。集落の規模自体はそこまで大きくない。百人以上はいるが、集落の全員が知り合いというような状態なのだ。
だからこそ、部外者、よそ者という意識が強くなる。ラスティーナは、集落を始まりから関わっているので、そのような視線を受けていない。どちらかと言えば、ラスティーナが何故キティルリアを連れてきたのかという視線が向いていた。
(さすがに閉鎖空間で生活していれば魔王が出て来たという情報も来ないか。魔素の圧で気圧されているのも見えるから、武力でどうにかしては来ないとみて良いはず)
キティルリアが内包している魔素を感じ取れる者は、内心恐怖している。自分達とラスティーナとの差も凄まじいというのに、キティルリアとの差は理解する事すら出来ない状態だからだ。
「こちらです」
ラスティーナはそう言って、一番大きな家の前で止まる。そして、その扉をノックした。すると、中から巻き角の男性魔族が出て来る。眼鏡を掛けており、温和な見た目をしている。
「はいはい。どちら様で……っと、ラスティーナ様。お久しぶりです。本日は……そちらの御方の御用でしょうか?」
ラスティーナが見覚えのない魔族を連れているという事から、ラスティーナの用事を即座に察していた。
「お久しぶりです。集落全体に紹介する前に、オニオンさんに顔合わせをして頂こうと思いまして。中に入っても宜しいですか?」
「ええ。どうぞ。狭いところですか」
オニオンと呼ばれた男性は、ラスティーナとキティルリアを家に招き入れて、応接室に通す。そこで向かい合わせになって椅子に座る。
「それで顔合わせとの事でしたが」
「ああ」
ここでキティルリアが声を発する。それだけでオニオンは身体に氷の芯が出来たかのように冷え切るのを感じた。キティルリアは軽く魔力を解放しており、魔王としての威厳を出すためのものだ。
「私はキティルリア・リリア・リルスリア。魔王を名乗っている」
「魔王……? それにリリア一族……ですと……?」
オニオンは目を大きく見開いてから、即座に椅子から降りて膝を突いた。
「ご無礼をお許し下さい」
「許す。座りなさい」
そう言われたオニオンは、改めて椅子に浅く腰掛ける。そして背筋を伸ばして真っ直ぐキティルリアを見た。
「滅びたはずのリリア一族の魔王様と言えば、初代魔王様と先祖代々聞いております。お戻りになったのですね。お慶び申し上げます。名乗りが遅れて申し訳ありません。私はオニオン・キラエ・インデリウムと申します」
家名を聞いたキティルリアは、少しだけ目を見開く。その家名に聞き覚えがあったからだ。
「インデリウム……ピエールの子孫か」
「はっ!」
オニオンの返事に、キティルリアは少し悲しげに目を伏せる。それだけで、ピエールの最期が瞼の裏に蘇ってくる。
「そう……あの子の血縁……ピエールから受け継いでいる思想は変わらないと見て良いか?」
「はっ! この集落に暮らす魔族は人間との敵対関係を終わらせたいと考えております。ただし、隷属などでは無くあくまで平等な関係を保ちたい。そう願っております」
「そう。それなら良かった。ただオニオンの期待を裏切るようで申し訳ないけれど、私も戻って来たという訳ではない」
「と言いますと……?」
困惑するオニオンの前で顔を構築している魔素を緩める。そうしてキティルリアではなく、シャルロットの顔を出した。
「今の私は人間のシャルロット。魂がキティルリアというだけで、身体が戻っていない。そういう状況」
そう説明して、再びキティルリアに戻る。シャルロットの顔を見たオニオンは目を大きく見開いていたが、すぐに顎に手を当てて考え込む。
「人間に魔王様の魂……では、目的は身体の奪還でしょうか?」
オニオンは、即座にシャルロットの目的を察する。
「それもある。でも、その戦力を求めているわけじゃない。ピエールから受け継いでいるのなら、分かっていると思うけれど、私の理想は魔族と人間の和平。そして、平和な時代を取り戻す事」
「時が来れば力を貸して欲しいという事で合っているでしょうか?」
「そう。まだ人間の中には魔族への敵対意識がある。魔族との関わりが減った事で、魔族への認識が少し変わっているけれど、少しの行き違いが台無しにする」
「集落の意思を掌握しろという事ですか。承知致しました。この集落からは、人間と敵対しようと思わせる者は出さぬように最大限協力致します」
先祖代々受け継いできた遺志。何故その遺志を受け継いできたのか、オニオンはここで察した。自分達は今復活しようとしている初代魔王キティルリアを支えるためにその遺志を受け継いできたのだと。
「ありがとう。それと私の挨拶と合わせて。集落の一部を改良したい」
「どのようにか伺っても宜しいでしょうか?」
「まずは──」
キティルリアは、集落の改良案を次々に出していく。その案は、オニオンにとっては荒唐無稽な事に聞こえるが、相手が初代魔王である事が全ての説明として成立してしまうために頷いた。
「ええ。よろしくお願いします。この場所が安全になるのなら止める理由はありません。では、皆を集めます」
「よろしく」
かつての配下の子孫。その面影は無くなっているが、血が繋がっていっている事を感じさせられたキティルリアは、内心嬉しさで満たされていた。




