ラスティーナの紹介
翌日。シャルロットは、朝食後にマザー・ユキムラとリーシェルに昨夜の出来事を話そうとしていた。そんなシャルロットの隣には魔素を封印したラスティーナが座っている。今朝方教会を訪ねてきたのだ。
昨夜の今で唐突にラスティーナが来たので、シャルロットも若干困惑していた。
「えっと……ラスティーナ・リピエ・メルガル。リピエ一族メルガル家の魔族で、私の配下の一人。基本的には世話係だった子。こんな見た目だけど、何千年と生きている魔族だよ。聖女の力が目覚めちゃったから、それがバレると魔族に会うのが難しくなると思って、魔素を広げて探したらラスティが見つけてくれたの」
「最近毎晩抜けていたのは、そういう事なのね?」
「うん」
毎晩部屋から抜け出している理由を知ったリーシェルは、取り敢えず街の外に出ているわけではい事に安堵した。厳密に言えば、ほぼほぼ街の外と見做しても問題ないくらいには上空にいたのだが、そこまではリーシェルも確認のしようがなかった。
マザー・ユキムラは、ラスティーナをジッと見ていた。
「何か?」
その視線に気付いていたラスティーナがマザー・ユキムラに問う。
「昔、近くの森でお会いした事がないかと」
マザー・ユキムラがそう言った直後、ラスティーナも思い当たる事があった。
「あの時の少女でしたか。やんちゃな子という印象でしたが、立派に育ったようで良かったです。魔王様をお育て頂き感謝します」
「いえ、うちの子ですので」
マザー・ユキムラが幼少期に遭遇した魔族。それがラスティーナだった。シャルロットの理想を追う魔族であるが故に相手を警戒はするが、最初から攻撃をするという事はなかったのだ。
「マザーと会った魔族はラスティだったんだ」
「はい。最近の事ですので、私も覚えていました」
何千年も生きているラスティーナからすれば、数十年前は最近の出来事になる。シャルロットも大体似たような感覚を持っているので特に違和感は覚えなかったが、人間であるマザー・ユキムラとリーシェルは感覚の違いを強く感じていた。
「私がこちらに来た理由は、今後まお……シャルロット様のお側にお仕えするためにこちらの教会に通う事になると思い、顔を覚えて貰うために来ました」
「魔族の方となると、こちらに来るのは大分危険なのでは?」
リーシェルはラスティーナの身を心配しながら訊く。魔族というだけで、人間達は恐怖する。そういう風に伝えられているからだ。見た事もなく、実在するのかも本当にそういう存在なのかも分からない状態だが、魔族がいると分かれば恐怖する人間は少なくない。
「ご覧の通り、魔族の最大の特徴である角を消している事に加えて魔素を封印状態にしていますので、こちらの魔素検出器などでも私の魔素を見つける事が出来ません。こちらは、人間の協力者とも確認した事ですので間違いはないかと」
リーシェルは、ラスティーナと人間との間に交流がある事に驚いていた。魔族との遭遇は、マザー・ユキムラが数十年前にあっただけというようにかなり少ない。それが現在進行形で人間と交流を持っているという事に驚かない訳がなかった。
「あれ? まだ繋がりはあったの?」
シャルロットは、アコニツムから出ていないので、過去に自分達と交流をしていた人間達のその後についても知らなかった。
「代を重ねても変わらぬものもあります。いくつかは裏切られましたが、最古の協力者の一族は未だに協力関係を築いています」
「そう……まだ続いてるんだ」
「はい。いずれはシャルロット様へご挨拶をしてもらうつもりです」
「うん。そうだね。挨拶はした方が良いか」
最古の協力者となれば、シャルロットも魔王時代に交流があるので、挨拶はした方が良いとだろうと考えていた。ただ、今の代の当主などとは関わりがないので、向こうからしたら何も分からないだろうが、魔王としてラスティーナ達が世話になっているという事にお礼を言わないといけないという事もあった。
「そういえば、ラスティは、今の状態で身分はしっかりしてるの?」
「いえ、定住している訳ではありませんので。人間との交流も最低限ですから、そこまでしっかりとした身分は持っていません」
「そっか。若干違和感があるけど、教会に通っても、そこまで問題はないかな?」
「そうね。引っ越してきたと言えば、あまり違和感はないと思うわ。そういう信徒はそこそこいるから。問題はシャルロットとの関係よね。そこに違和感が生じると思うわ」
教会に通う事に違和感はなくとも、シャルロットと一緒にいる事に違和感を覚えられると、そこからラスティーナが魔族というところまで飛躍する可能性がある。大きな飛躍だが、少しでも可能性は減らした方が良いというのが、リーシェルの考えだった。
「ああ、そっか……じゃあ、私の親戚って事にするのは?」
「ずっと探し続けて、ようやく見つけたという形なら納得するかもしれないわねぇ」
「じゃあ、そうしよう。ラスティは、私の遠い親戚って事で。まぁ、魂的には間違ってないからやりやすいでしょ」
「はい」
「二人は親戚だったの?」
リーシェルの質問に、シャルロットとラスティーナが顔を見合わせる。
「う~ん……本当に遠い親戚って感じかな。近しい一族ってだけだから。そもそも親戚としての付き合いよりも魔王と配下しての付き合いの方が長いし。取り敢えず、そういう感じで。私は今日診療所の手伝いがあるから、そろそろ行くね」
「お供します」
そう言って立ち上がろうとするラスティーナをセレーネは押しとどめる。
「いや、お供したらおかしいから。何か違和感のないような動きを……ラスティ、姿は隠せたよね?」
「はい。この数千年で時間は延びています」
ラスティーナのこの言葉に、シャルロットは優しく微笑む。
魔素の操作による封印もそうだが、自身の最後の記憶からラスティーナが成長しているという事がこの上なく嬉しいのだ。
「ちゃんと修行は続けていたみたいだね。それならラスティは、スラム街の調査をお願い。区画整理で大幅に取り壊すって噂があるの。それが事実なのかどうかを実地調査して」
この噂は、本当に小さいものがシャルロットの耳に入っていた。そして、それはリーシェルやマザー・ユキムラも同じだ。
シャルロットがアコニツムがきな臭いと感じ始めていた理由は、ここにあった。下手をすれば、ここで争いが起こるかもしれない以上、その調査はしておかなければいけないとシャルロットは考えていた。
(何もなければ、それで良し。でも……何だかあの人の影がチラつくんだよね……)
シャルロットはそんな事を考えながらラスティーナを見る。シャルロットの指示に、ラスティーナは跪く。
「承知しました」
ラスティーナは即座に了承の旨を言葉にする。そこには一切の疑問も挟まれない。シャルロットの命令は絶対というような様子だった。それもそのはず。ラスティーナにとって、シャルロット、初代魔王は絶対的な存在なのだから。
だからこそ、初対面でその正体を暴こうとした。シャルロットが初代魔王の魔素を持つだけの偽物なら殺すつもりでいたからだ。初代魔王の魔素は、初代魔王だけのもの。それがラスティーナの考えだった。
「では、夜には結果を出します」
「よろしく」
ラスティーナは、マザー・ユキムラとリーシェルに一礼してから去っていった。ラスティーナを見送ったリーシェルは、顔をシャルロットに戻して少し見つめる。
「何か違和感が強いわね」
「何が?」
「シャルが大人に指示をしている事よ」
「言っても配下だしね。逆に私がラスティに畏まったら、ラスティが困惑するから」
「そう……よね」
リーシェルは、シャルロットの魔王としての一面を見せられて、少しだけ戸惑いを覚えていた。マザー・ユキムラは、シャルロットが教会の襲撃犯に出していた事もあり戸惑いはなかった。
「じゃあ、そろそろ時間だから私もいってきます」
「いってらっしゃい」
「気を付けるのよ」
「うん」
シャルロットは診療所の手伝いに向かって行く。二度と再会する事はないのだろうと半ば諦めていたかつての配下であり側近との再会。それは、シャルロットにとって、とても大きな出来事だった。




