シャルロットの理想
「シャルロット様?」
ラスティーナはベッドに座っているシャルロットの前に跪き、手を取って声を掛ける。ラスティーナに触れられた感覚により、シャルロットは顔を上げて表情が戻ってくる。
「大丈夫。少し驚いただけ。詳しく教えて」
シャルロットは、初代勇者が暗殺された経緯を訊く。表情は元に戻っているが、その瞳だけは底が見えない穴のように黒かった。それを見たラスティーナは冷や汗を掻いていた。
(魔王様が本気で怒っていらっしゃる……ご自身を死へと追いやった相手のはず。何故それほどまでに腹が煮え立っていらっしゃるのか……)
ラスティーナはシャルロットの真意を読む事が出来ない事を歯痒く思いながら、質問に答える。
「先程も申し上げた通り、初代勇者は、これ以上魔族を殺す意味はないと主張していたようです。魔王様が倒された以上、人間優位になっているのだから、ここで人間に優位な協定を結ぶべきだと。これ以上無駄な犠牲を生むべきではないと。密偵よりこの報告を受けた時、私はたちの悪い冗談かと思いました。ですが、その後暗殺された事を考えれば、本当だったのだと思われます。だからこそ、魔族を滅ぼそうと考えた愚王により暗殺者を向けられたのかと」
「そう。遺体は?」
シャルロットは、初代勇者の遺体が埋葬された先を訊く。何故そこまで初代勇者に拘っているのか理解出来ないラスティーナは、少しだけ蟠りが出来るのを感じつつ答える。
「中央大陸に埋葬されたという話は聞きました。ですが、その遺体を確認した者はいません。墓を暴きますか?」
「必要があれば」
そう言ってため息をついたシャルロットは、遠い目をしながら窓の外を見る。
(結局……お前の理想も届かなかったか)
シャルロットは心で呟いてから、ラスティーナに視線を戻す。そして、改めてラスティーナの角がない姿をまじまじと見た。
「本当に魔素の封印で角が消えるの?」
「はい。どうやら私達の頭から生えているこれは魔素によって構築されているようです。なので、魂より溢れる魔素を完全に押しとどめて封印すれば、この通り角は消えます。死後も角が残るのは、死後硬直のように魔素がその状態で硬化してしまうからかと」
「でも、人に見えるよね?」
魔素は人に見えない。だからこそ、シャルロットが操る膨大な魔素も、アコニツムの住人には一切見えていない。どんなに視ようとしても見る事は出来ない。
「はい。ですが、魔力でコーティングすれば」
「ああ、つまり角は魔素を魔力で覆って見せているだけって事?」
「はい」
魔素で作ったものが見えるようになる例外が存在する。それは、リーシェルを欺くべくシャルロットが分身を作った時にも行った魔力によるコーティングだ。これにより魔素で作った形を維持し、表面の色を調整する事で擬態させる事が出来る。
「角の形の理由は?」
「魔素の量と性質あるいは性格でしょうか? そこまでの研究は進んでいません。私も魔素の封印を確立させたのは、数百年前ですから。私としては、性格が大きいのではと考えています。好戦的な魔族は、天を突くような角が多いので」
「まぁ、確かに。本当にないんだよね?」
シャルロットはそう言いながら立ち上がって、ラスティーナの角が生えていた部分を触る。そこにあるのは髪と頭皮の感触だけだった。
「幻を見せている訳ではありませんので」
シャルロットは、しばらくラスティーナの頭を撫で回す。
「魔王様……?」
「ん? いや、本当にラスティだなって。この十年間魔族に会う事はなかったから。ラスティがここに居てくれる事が嬉しいの。ねぇ、ラスティ」
「はい。魔王様」
シャルロットはラスティーナの頭から手を離して、再びベッドに座る。
「私は甘いと思う?」
自身の理想。魔族も人間も関係なしに仲良く平和に暮らす事。かつて見ていた景色を追い求めるシャルロットの理想。だが、そのために行ってきた事は、こちらから死者を増やすような行動はせずに言葉で訴えかけるというもの。
その理想の途中で自身は死んだ。正確に言えば、身体は死も同然の状態になり、魂も治療しなければならない程の損傷を受けた。
自分はもっと力を使うべきだったのではないか。それをかつてからの部下に問う。それも一番身近自分を見てくれていた部下に。
「甘いです。砂糖で出来たケーキに蜂蜜を掛けて、追い砂糖をするくらいには甘いです」
「甘い物しかないじゃん……」
「それくらい甘ったるいという事です」
正直に述べられた言葉は、シャルロットの胸に深く突き刺さった。俯くシャルロットの顔をラスティーナが手を添えて上げる。
「ですが、私達はそんな甘いやり方で理想を求める魔王様に付いてきました。それはその理想を私達も欲したからです。その理想には、魔王様の甘いやり方が必要。私達はそれを理解しています」
ラスティーナは微笑みながらそう言った後、表情を引き締めた。
「『魔王様にごめんなさいと伝えてくれ』」
「え?」
唐突な言葉にシャルロットは呆然とする。だが、そこで説明する事はなくラスティーナは続ける。
「『あなたの理想を叶えたかった』」
「『理想を実現出来ず申し訳ない』」
「『力及ばず申し訳ない』」
「『あなたと駆け抜けた日々は宝物です』」
「『あなたに託します』」
「『想いは繋がる。あなたの考えは正しかった』」
「『希望を繋ぎます』」
「『自己犠牲だけは駄目です』」
「『寝る時はお腹を出さないように』」
「『生きて会えぬ事をお詫びします』」
「『私の想いは継がせていきます』」
「『平和を』」
「『かつての世を』」
「『あなたの理想が好きです』」
「『どうか折れないように』」
「『共に歩めぬようになることお許し下さい』」
「『頑張れ、魔王様』」
「『魔王様、大好き』」
「『あなたが私達の光です』」
「『誰が何と言おうと、私達の魔王様はあなた一人です』」
「『絶望を退けて下さい。あなたにはその強さがある』」
「『あなたの力は心の強さです』」
「『お先にあの野郎をぶん殴ってきます』」
「『どうか潰れないで』」
「『世界を頼みます』」
「…………」
ひたすらに紡がれる言葉をシャルロットは聞いていた。最初はシャルロットも何か分からなかった。だが、二つ三つと続いていき、それが誰の何の言葉なのかを理解した。かつての部下、そして同じ理想を抱いた同志達の最期の言葉だ。
シャルロットは自然と涙を零す。言葉を聞くだけで、皆の顔が次々に脳裏を過ぎっていった。その言葉一つ一つからラスティーナが看取った相手が誰だったのかが分かってしまったからだ。
「私が聞いた最期の言葉に、恨み言は一つもありませんでした。死の淵を彷徨っているなかでも、誰も魔王様のせいだなどとは言わず、共に魔王様と駆け抜けた日々を懐かしんでいました。いつか魔王様が理想を実現してくれると。ですが、それは魔王様のお力を使って強制させる世界ではありません。魔王様の甘ったるいやり方で実現する平和に平和を重ねたような……そんな理想の世界です。あなたはそのままで良いと思います」
「そう……そうだね。ありがとう」
シャルロットは涙を拭いて笑う。皆の最期の言葉を覚えてくれていたラスティーナへ。そして、自分の理想を叶えようと奔走してくれていた同志達へお礼を述べる。その目には、かつて初代魔王が持っていた眼光が戻っていた。
それを見たラスティーナは、腹の底から力が湧き上がってくる感覚を得る。絶対なる主の復活。それを強く感じたからだった。
「あっ、そういえば、私、聖女の力が使えるみたい」
「は? はあああああああ……!?」
驚愕から大きな声が出るラスティーナの口を即座にシャルロットが塞ぐ。そして、すぐに扉の方を見る。扉は開いておらず、その向こうから音も聞こえてこない。
「はぁ……他にも住んでいる人がいるんだから静かに」
「も、申し訳ありません……ですが、その話は本当なのですか!?」
「多分ね。私が治療をしている時に金色の光の粒が出ていたらしいから」
「金色……確かに聖女の力と同じ現象ですね……」
「そこで聞きたいんだけど、ラスティが聖女の力について知ってる事は?」
シャルロットの問いに対して、ラスティーナは首を横に振る。
「観測する事自体が難しいので。ですが、あれは魂に宿る力だったはずです。魔王様の魂は……」
「うん。修復した私の……あっ、修復?」
シャルロットがずっと疑問だった聖女の力。魂由来のもの故に、魔王時代が持っていたと考えていた。だが、ラスティーナに説明する際に口にした魂の修復という言葉から、一つの説が浮かんでいた。
「私の魂は人間の中を渡ってきた。だから、修復を終えた時、この身体で目を覚ました。人間の魂と同居していた事から、修復の際に人間の魂が持つ力が移っていく。魔族魔物の魂に宿るのが魔素なら人間に宿るのは聖女の力……」
それぞれの魂が特有の力を宿していると想定した場合、魔族と魔物が魂に持つ力が魔素であれば、人間が持つ力は聖女の力。シャルロットの場合、魂の修復の際に人間の身体に宿っていた事から、人間の魂が持つべき聖女の力が修復過程で移っていった。
シャルロットが考えていた仮説よりも説得力のある仮説が生まれた。これが事実であれば、魔王時代に聖女の力が現れなかった理由も説明出来るからだった。
「だから、私は魔素と聖女の力の二種類の力を魂に宿す存在となった。なるほどね。これなら、魔王時代に聖女の力が出ていない事に説明が付く。なんで思い付かなかったんだろう」
「修復の事を忘れていたのですから仕方ないかと。それにご自身に聖女の力が宿ったと知って少なからず動揺していたのでしょう」
「それはそうだけど……まぁ、良いか。どのみちそれが答えとは限らないわけだし」
結局のところ、これらは仮説でしかない。実際に答えを知る方法はないのだから、これ以上詰めようがなかった。
「確認だけど、その状態で人間の街を歩ける?」
「ここ数百年は、こうして情報を集めていますが」
「なら、ここに入る事も出来るって事だね。ラスティには、色々と情報収集をお願いしたい。私も後二年は、アコニツムに住むから」
「こちらに来ないのですか?」
ラスティーナが言っているこちらというのは、魔族達の集落の事だった。ラスティーナと再会した以上、もう人間の社会に拘る必要もないのではと考えていた。
「うん。聖女の力があるのとは違う理由だけどね。二年後に学園都市セントレアの学校に入学するつもり。今はその勉強をしてる最中。目的は」
「お身体の確保」
「正解。中央に居れば、ダンジョンに入る機会もあるでしょ。ひとまず、今は人間として生きる。せっかくだし、人間を理解したいから」
「……分かりました。出来れば、こちらにも顔を出して頂きたいのですが」
「そうだね……この姿が問題だから、色々と解決出来る手段を思い付けばかな。それにアコニツムもきな臭い感じがしてるし……」
そう言うシャルロットに、ラスティーナは物言いたげにしていたが口を噤んだ。そんなラスティーナにシャルロットは笑いかける。
「ラスティ」
「はい」
「ラスティが生きていて本当に良かった。改めてまたよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
ラスティーナはシャルロットの前に跪いて忠誠を誓う。
そして、このままここにいる訳にもいかないので、窓から空を飛んで出て行く。それを見送ったシャルロットはベッドに戻ろうとして、部屋の扉が軽く開いているのを見た。その隙間からシャルロットを見る目が一つ。
「説明……あるわよね?」
「あ、うん……明日で良い?」
「……まぁ、良いわ」
リーシェルはそう言って扉を閉じた。
「…………いつからバレてたんだろう」
シャルロットは聖剣よりもリーシェルの方が怖いかもしれない。密かにそう思ったという。




