聖女となる前にするべき事
それから二週間が経過した。シャルロットは、勉強に診療所の手伝いといつも通りの生活をしていた。工事現場のような事故が頻繁に起こるわけもなく、平和な日常を過ごしていた。
そんな中の夜。部屋を抜け出したシャルロットは、飛行魔法で空高く飛んでいた。リーシェルの見回りが終わった直後なので、ある程度余裕がある事をシャルロットは、この二週間で学んでいた。実際には、シャルロットが魔王だという事を考慮してリーシェルが苦渋の決断で見逃しているだけなのだが。
空にいるシャルロットは魔素を大きく広げる。シャルロットは、魔族が侵攻してしまう事を考えて、こうした方法で知らせるという事をしてこなかった。だが、自分に聖女の力があり、それがバレた場合を考慮して、早く魔族との接触をしておく必要があると判断したため、こうして夜な夜な魔素を放っていた。
(一週間くらい続けているから、大分目立っているはずだけど、この近くに魔族はいないで良いの……)
シャルロットは思考をやめて、背後に魔素を集中させる。直後に黒いレイピアがぶつかった。シャルロットの魔素によって完全に阻まれているので、レイピアは一切動かない。
シャルロットは、そのまま魔素を使ってレイピアを飲み込んでいく。内部にある魔素を自身の支配下に置いてレイピアとして形を維持している魔力に干渉して、レイピアを通して持ち主を攻撃しようとする。
レイピアの持ち主は、即座にレイピアを手放して距離を取る。
(魔素で構築したレイピアか。ここまで圧し固められた魔素は相当な研鑽が必要なはず。若くない魔族だ。願ったり叶ったりかな)
そう思って振り返ったシャルロットは目を丸くする。そこにいたのは、大きな巻き角の女性魔族だった。栗色の髪に赤い瞳。その姿にシャルロットは見覚えがあった。
「ラスティ?」
「魔王様……」
ラスティと呼ばれた魔族は空中で跪く。
「試しとはいえ、魔王様に刃を向けた事、ここに謝罪致します。この罰は如何様にも」
「落ち着いて。罰するつもりはないから。この姿なのに、よく私が魔王って分かったね。見た目は完全に人間のはずだけど」
「私が魔王様の魔素を見誤るはずがありません。ですが、魔王様の現状を考えれば、それ自体おかしな事。なので、本当に魔王様かどうかを試させて頂きました。このラスティーナ・リピエ・メルガル。再び魔王様にお仕え致します」
ラスティーナ・リピエ・メルガル。リピエ一族メルガル家の一員。魔族の中では、貴族の一人であり、シャルロットが魔王になった際に推薦した魔族の一人だった。初代魔王の側近であり世話係として侍っていたが、初代勇者との戦いの際、その戦いについていく事が出来なかった。
そして、初代魔王の身体が魔素に包まれていきダンジョンが生まれる姿を見ている数少ない生き証人だった。
「ありがとう。ラスティ。今の私はシャルロットっていうの。そっちで呼んで。魔王様って呼ばれると、人間社会ではあまり良くないから」
「……畏まりました。シャルロット様。様々な事情がお有りのようですね。ですが、この魔素と空を飛ぶ魔力は失われておられないようで安堵しました。数ヶ月前に目撃した空を飛ぶ影もシャルロット様だったのですね」
「え? 外に出た時見てたの?」
「後ろ姿のみです。人間が空を飛んでいるので違和感を覚えて、この近くに滞在していました。何度も高濃度の魔素を感じ取っていたのですが、他にも優先してやらなければならない事を抱えていましたので、遅くなってしまった事をお詫びします」
ラスティーナは改めて頭を下げる。
「別に良いって。それより色々とゆっくり話をしたい事があるんだけど……下手したらそろそろリーシェルの見回りがあるかもしれないからな……」
「処分致しますか?」
ラスティーナは冷たい目をしながら確認する。それに対して、シャルロットは首を横に振る。
「駄目。私がいない間に、少し過激になった?」
「目の前で主を失えば誰でも恨みを持つかと」
「まぁ、そっか。取り敢えず、どうしようか……魔族のラスティを街に入れるわけにもいかないし……」
「では」
ラスティーナは目を閉じて自分の角を消した。それを見たシャルロットは、目を丸くしていた。目の前で信じがたい事が起こったからだ。
「え? どうやって?」
「魔素の封印術です。魔素の生成を完全に封印する事により、身体的特徴の一つである角を消す事に成功しました。魔素の繊細な操作を必要とする術ですので、使い手はかなり少ないです」
「えっと……まぁ、ここで話すと長くなるから、一旦地上に降りよう」
「はい」
シャルロットの先導に従って、ラスティーナも付いていく。そして、窓から自室に戻る。リーシェルがいない事を確認して、シャルロットはラスティーナを中に入れる。
「簡素なお部屋ですね」
「まぁ、お金持ちってわけじゃないからね。教会だし。取り敢えず、色々と聞きたい事がいっぱいあるんだけど、まずは私が死んだ……というか、いなくなった後の事を教えてくれる?」
シャルロットはそう言いながらベッドに腰を掛ける。ラスティーナは立ったまま頷いた。
「はい。ま……シャルロット様がお隠れになった際、シャルロット様の魔素は世界を駆けました。大陸を二つと三つに切り分けると、その間が広がっていったのです」
「やっぱり……この大陸の形は、私の魔素が原因?」
「はい。恐らくはお身体を守るために陸を遠ざけたのでしょう。はっきりとした事は分かりませんが、私はそう考えました」
シャルロットが考えていた謎の一つである五つの大陸。それは想定通りシャルロットの魔素が原因だった。魔素が駆け抜け大地を割り遠ざけていく。その瞬間をラスティーナは目撃している。だが、それが何故起こったのかは考察する事しか出来ず、はっきりとした答えは得られなかった。
「魔王様が敗れたという事もあり、魔族の敗戦は濃厚になりました。結果、多くの魔族達は裏の大陸へと避難する事を選びました」
「海を挟んだ先にある場所だよね? でも、今は誰も行けない場所になっているっぽいけど」
ここまでシャルロットも調べて判明している。ラスティーナの口から裏の大陸という言葉が出た時点で、既に人間達では到達出来ないような場所という事が分かった。
「はい。空を飛べるならまだしも海となれば無理でしょう。海には、現在凶暴な魔物が棲み着いています。漁業として沖に出るくらいであれば遭遇率は低いですが、海を渡るとなれば、ほぼ確実に遭遇し船を砕かれます。そういう事もあり、魔族にとっては安住の地となっているはずです」
はずという言葉に、シャルロットは即座に反応した。
「という事は、ラスティは行った事がない?」
「はい。私はこちらに残りました。魔王様の復活を私が迎えない訳にはいきませんので。それまでの間、ここに残っている魔族達の保護などをしておりました。今日まで行っていたのは、こちらで暮らしている魔族達の確認です」
シャルロットはラスティーナが優先していた事に納得した。謎の魔素よりもまずは現在住んでいる魔族達の安否確認などの方が重要だからだ。仮に謎の魔素に意識を割いて、魔族達の集落が襲撃されていれば、大きな被害となる。これ以上被害を出したくないラスティーナからすれば最優先事項と言える。
「そう……ありがとう。他にも皆が無事で良かった」
生き残りがちゃんといる。その事にシャルロットは喜びを感じて涙を零す。容易に会えるような状態ではないが、いずれは裏にある大陸に行く事を改めて決めた。それが魔王としての自分の役目だと考えているからだ。
シャルロットは、涙を拭ってからラスティーナを見る。
「他の魔族は、この近くに住んでいるの?」
「山の内部をくり抜き暮らしております。ですが、その人数は少なく数百人規模です」
「そう……そういえば、私の他にも魔王がいたようだけど」
シャルロットとしてもこの部分はしっかりと確認したいと考えていた。何を持って魔王と名乗っているのか。悪戯に魔王の名を戦争の道具として使っているというのは許したくない事だからだ。
「過激派が魔王を名乗り戦争を仕掛けているのです。大陸に残った魔族だけではなく、裏大陸から来た魔族も参加しています。結果は現状からお分かり頂ける通り、悪しき聖剣により負けています」
人間の世が広がっている現状を考えれば、魔族が負けているという事は簡単に予想が付く。さらに本に書かれている内容からも魔王は倒されるべき存在という事が書かれているので、魔王が勝っていると考える方が難しかった。そのため、ここでシャルロットが驚く事はなかった。
「聖剣……そこも確認したいのだけど、それはあの聖剣と変わらない性能を持ってるの?」
初代勇者が持っていた聖剣。それは、ラスティーナもしっかりと目撃している。そのためラスティーナは、聖剣の性能を比較出来る。それを分かっているからこその問いだった。
「私が遠くから確認したところでは、あれよりも劣るというところでしょうか。使える魔族の死体が少ないからかもしれません。あの聖剣には多くの死体を使われたと考えれば納得は出来ます」
「それでも魔素を断ち切る力はあるで合ってる?」
「はい」
それを聞いたシャルロットは嫌な顔をする。使われている魔族の死体が少ないという事は喜べるものではない。その少ない状態でも魔素を断ち切る事が出来るという事は、これからも魔族の死体が使われる事になるからだ。
「そういえば、あれからあいつは何をしたの?」
「初代勇者ですか?」
「うん」
魔族達の動向も気になっていたが、初代勇者があの後何を成していたのか。それもシャルロットは気になっていた。
「魔王様討伐後、魔族への降伏勧告をして戦争を終わらせようとしましたが、人間側の刺客に暗殺されたようです。これは公にはなっていない事実ですが、状況判断とその後の人間の動きから間違いないかと」
この報告を受けたシャルロットは、一気に表情がなくなった。先程までの一喜一憂が嘘のように……




