イリスの考察
二日後。シャルロットは、マギア診療所の手伝いに来ていた。いつも通り診察の手伝いをしながら、魔傷の治療などをしている。その中でシャルロットは気付いた事があった。
「最近魔傷の患者が多いですね」
「近くの街から来ているみたいよ。シャルちゃんの噂を聞いてね」
「そんなに広まってるんですか?」
「元冒険者だったりして、魔物と戦う仕事に就く人は多いのよ。そして、そういう人達は街を移動する。そこで色々と話しているのかもしれないわね。アコニツムには、魔傷を治療出来る人がいるって」
患者が増える事で、シャルロットが何か困るという訳では無い。ただ噂として魔素を操るような人がいるという事が広まっていくと、そこからシャルロットを害そうとする人が出てこないとも限らない。
(魔素がそのまま悪という認識が広がっていれば、私に害意を持つ人が出て来てもおかしくないと思うけど……あれ? でも、その噂が広がっていけば……)
シャルロットは、ここで一つの考えに至った。人間が魔素を操る。そんな事は過去にもなかった。そのため魔族からすれば、シャルロットは特異的な人間となる。シャルロットがどういう存在なのか気になって見に来る可能性は高い。
それを考えれば噂が広まるのは良い事とも言える。これによって魔族が一人でも釣れれば、そこから芋づる式に情報を引き出せる可能性がある。魔族のその後の情報が欲しいシャルロットにとっては良い事に繋がると言えるだろう。。
「今のところ、どこら辺の街から来ているんですか?」
「患者の個人情報だからあまり詳しくは言えないのよね。この街以外とまでしか言えないわ」
手伝って貰っているとはいえ、患者の個人情報を全て閲覧して良いという訳では無い。そのため、いくらシャルロットでも詳しい事を教えるわけにはいかなかった。だが、これでは、どこまで噂が広まっているのか知る事は出来ない。
「そうですよね」
これはシャルロットも納得せざるを得なかった。その辺りが大事だという事は、この時代で勉強して知っているからだった。
「シャルちゃんが直接訊くという選択もあるけれど、シャルちゃんが訊く理由がないと怪しく見られるわね」
「理由……確かに理由がないと怪しいですね」
「自分の噂を聞いてきたのか。それが一体どこの街なのか聞くのは自然かもしれないわね」
「あっ、なるほど! それなら施術中に聞いても怪しくない!」
「そうね」
イリスの助言でさりげなく訊く方法が決まったシャルロットは、嬉しそうな表情をする。そんな表情を見たイリスは微笑みを向けるのと同時に当然の疑問が出て来る。
「ところで、そんなに自分の噂がどこまで届いているのか気になるの?」
「そうですね……自分の事なので」
本当の目的を話すのは論外と考えたシャルロットは当たり障りのない返事をした。
(シャルちゃんが何かを隠しているのは確か。でも、それを話はしない。恐らくは魔素を操れる事に関する事。シャルちゃんは自分が魔素を操れる事への疑問が薄すぎたから。魔素が自分に与える影響は気になっていた様子だけれど。
そして、魔素を自由に操れすぎる。生まれて十年くらいしか経っていない事に加えて、教えてくれるような人もいない。それなのに昔から使っていたかのように操っている。
このことは信用出来る人には話せているのかしら。話してくれていないという事は、私はまだ完全な信用を得ていない。いや、信用して良い相手か迷われているという感じかしらね。ここで手伝っているとはいえ、私は家族でも何でもない。それを考えれば納得出来るわ)
イリスもシャルロットが何を考えているのか考えていた。そして、シャルロットのこれまでの言動などからこれらを推測していた。シャルロットが迂闊だったというだけだが、シャルロット自身魔素を操る事が普通の生活を千年以上送っていたので、その普通の感覚が抜けていなかった。
そこを指摘されれば、シャルロットも気を付けただろうが、イリスは敢えて指摘しなかった。それはシャルロットの中から魔素と向き合う選択を消す事になりかねないと考えていたからだった。
(シャルちゃんに関して、考えられる事は魔族の関係者。でも、シャルちゃんの両親はどちらも人間。しかもエルフでもドワーフでも獣人でもない純粋な人間。そこから、魔族が生まれる事はあり得ない。これは検査で分かっている。
さらに言えば、シャルちゃんの魔素は生まれつきのもの。つまり先天性だ。後から魔族が植え付けたようなものじゃない。そもそもそんな事が出来るとは聞いた事がない。そんな事が出来るのなら、既に実例が出ていてもおかしくないから。でも、私が生きてきた中で聞いた事がない。
シャルちゃんのお母さんのカルテにも魔傷の記録はなかった。父親も同様だった。シャルちゃんが生まれた時、偶然傍にあった魔傷確認用魔素検知装置が反応した事でシャルちゃんが魔素を持っている事が発覚。すぐに両親も検査したけれど、その際も魔傷も魔素も確認されなかった)
シャルロットの両親のカルテは、シャルロットの検査を担当する上で読まなくてはならないと考えてイリスは読んでいた。そこから本当に突然変異としか言いようがないという結論になり、シャルロットの検査は念入りにやっていたのだ。だからこそ、シャルロットの違和感にもすぐに気付いていた。
(これらも合わせて導き出せる事。それは、シャルちゃんの身体などではなく魂の話。シャルちゃんの魂は魔族のもの……転生。眉唾物の話だけれど、シャルちゃんを見ているとあり得ない話ではないのではと思う。冗談で初代魔王の生まれ変わりだと言った事があるけど、案外本当の事なのかもしれない。
だから、自分の噂がどこまで広がっているのかを確認して、情報を必要以上に広げないように……違う。この噂を魔族の元にまで広げて接触したい?
確か、シャルちゃんは魔族に関して調べているという話があったはず。その可能性は高い。ここは大人として言うべきか……言うべきね)
シャルロットの考えにまで至ったイリスは、シャルロットを真っ直ぐ見る。イリスの視線を感じてシャルロットは首を傾げる。
(何かやったかな……?)
シャルロット自身は、イリスから真剣な視線を受ける理由に覚えがないので困惑していた。
「シャルちゃんは、魔族……魔王の誰かもしくは初代魔王の生まれ変わり」
「!?」
唐突に言われたので、シャルロットは動揺する。前のように冗談交じりの会話などではなく、イリスの言葉には確信を感じさせるものだった。その声質によって、思わず動揺してしまったのだ。
「魔族の仲間に自分の噂が流れていくようにしたい。だから、噂が広がっている範囲が知りたいのかしら?」
「……何の事か分かりませんが」
シャルロットは平静を取り戻して誤魔化すが、それでもイリスは止まらない。
「これでも長生きしているから、普通の人より思考力や考察力はある方なのよ。エルフとしての特権みたいな感じかしら。正確に言えば、魔族も同様だけれど。
シャルちゃんの魔素は、生まれ変わった魂か何かから生成されている。だから、身体は純人間なのに魔素が溢れかえっている。そこまでの量の魔素を持つ者は魔王の可能性が高い。
一つ言うと、私は魔王や魔族を見た事がある。シャルちゃんの魔素や魔力は、その誰よりも多いのよね。だから、初代魔王の可能性を疑った。最初はほんの冗談だったのだけれどね。考えれば考える程、その可能性が見えてくるのよ」
イリスは微笑みながら言う。それは煽りなどではなく、相手を安心させようというものだとシャルロットも理解した。つまり、自分を信用して話しても良いという事を伝えているのだ。そこまで察する事が出来ない程、シャルロットは人間不信ではない。
「…………はぁ……そうです。私の魂は初代魔王のものです。記憶も人格も引き継いでいます。どうやら魂を治す過程で肉体と分離した際に、人間の中に入り込んだようです。そこからは代々受け継がれていき、シャルロットの身体で治療が終わり覚醒しました」
「やっぱりね。ようやくすっきりしたわ」
イリスは、身体を伸ばしながらそう言う。そこには長年の悩みが解消された解放感しかなかった。