レベッカの母
それから特に何か問題が起きる事もなく、シャルロットはレベッカがいるという非日常を送っていった。レベッカの安全のために図書館などの私用は減らし、マギア診療所での手伝いだけをして、基本的には教会で過ごすことになった。
教会にいる間は、遊ぶだけという事はなくしっかりと勉強をしていった。
実はレベッカも学園都市セントレアの学校に入るために勉強をしていたのだ。公園にいた時は、気分転換で遊びに来ていた。
そんな事もあり互いに教え合いながら勉強を進めていく事になった。基本的にはリーシェルが教師役をしている。
そんな風に一週間が過ぎた時、教会にレベッカの客がやって来た。その客は、レベッカの母であるダイアナだった。リビングに通されたダイアナは、レベッカと対面に座っていた。そして、教会の仕事があるマザー・ユキムラとリーシェルに代わって、シャルロットがお茶を出していた。
「どうぞ」
「ありがとう。シャルロットちゃんも座って」
「あ、はい」
席を勧められたので、シャルロットはレベッカの隣に座る。先程自己紹介をしてあるので、互いの名前も知っている。そうでなくとも様々な噂があるので、ダイアナの方はある程度知っていた。
「まずはシャルロットちゃん。この度は不快な思いをさせてしまいごめんなさい。そして、レベッカを助けてくれて本当にありがとうございます」
ダイアナはそう言って、シャルロットに頭を下げた。お礼はレベッカを助けてくれた事。謝罪は、ギルランダーが不快な思いをさせた事についてだった。ダイアナは、一番初めにするべき事は、助けてくれたシャルロットへの謝罪と感謝だと考えていた。
それはレベッカの母として、ギルランダーの妻として、ダイアナにとって当たり前の考えだった。
「いえ、お気になさらず。目の前で誘拐されて追いかけないという選択はなかったので」
「そう言ってくれると私も嬉しいかな。レベッカはあの人の教育で、自分の本心を出せなくなっていたから、あの人に反発したと聞いて、きっとあの人の呪縛を解いてくれる友達がいたんだと嬉しくなったの」
ダイアナもギルランダーの被害者という立場ではある。だが、それを改善する事も出来ず、娘を守る事も解き放つ事も出来なかった。それを不甲斐なく思っているところに、レベッカの知らせを受けた。
レベッカへの申し訳なさと共に、レベッカが解放されているという事に嬉しさを覚えていた。
「いえ、私がした事は溝を作ったくらいです。そのせいでレベッカが勘当されてしまいましたし。感情的になってその辺りを考慮していませんでした。私の不徳の致すところです」
シャルロットの言葉にダイアナは唖然としてしまう。レベッカと同い年である事とレベッカが気になっている子供という事は知っていた。ダイアナとレベッカの仲は悪くはなく日常的な会話はするくらいだった。そこでも少し本音で話せてはいなかったが、それでも本心の一部を察する事は出来ていた。
ただ、その話を聞く限りでは、ここまで子供離れしたところがある子供だとは思っていなかったのだ。
シャルロットは相手がしっかりとした大人だから、それなりに敬意を払って接しているだけだった。ギルランダーのようにシャルロット目線でクズだと思う相手にはそのような事はしない。その理由は、脳裏にちらつく愚王の存在があるからだった。
「あっ……そうだった。その話で来たの。レベッカ」
名前を呼ばれたレベッカは緊張しながらダイアナを見る。自分のした事でダイアナにも迷惑を掛けている。怒られると思っても仕方なのない状況ではあった。
「レベッカが反発したと聞いて、お母さんもこのままではいけないなと思ったの」
「え?」
話の内容が説教ではない事に気付いたレベッカは驚いたような表情をする。そんなレベッカを見てダイアナは微笑む。
「あの人が家に帰ってきた時に私から話をしたのだけど、聞く耳を持ってくれなかった。だから、お母さん離婚する事にしたの」
「ええ!?」
レベッカは腰を上げて驚く。この展開の早さにはシャルロットも目を丸くしていた。
「元々あの家で暮らし続けるのは無理なんじゃないかと考えていたの。それでも子供達のためには家に居るのが一番良いと思っていたのだけど……今回の事があって、もう本当に無理だと気付いたわ。あの人と私達では、価値観が全く違う。あそこで暮らしている事は、レベッカ達の教育にも悪い。だから、他の子達にも話をして、家に残るかどうか確認してみたわ。皆、私に付いてきてくれると言ってくれた。だから、レベッカも一緒にね」
「うん。あっ……でも……」
レベッカは自分を迎えに来てくれたダイアナと一緒に行くこと決めたが、直後にシャルロットを見る。その視線に気付いたシャルロットはレベッカが何を言いたいのかを察する。
「ん? ああ、リーシェルやマザー・ユキムラなら気にしないと思うよ。寧ろ、レベッカが家族と一緒に居られるようになるから喜ぶんじゃないかな」
「シャルロットは……?」
「私? まぁ、寂しくはなるけど、一緒に居られて幸せなら家族は一緒にいる方が良いと思うよ」
シャルロットのこの言葉は、レベッカにとっても大きな言葉だった。それはシャルロットが家族を失い、魔族時代の家族とはもう二度と会えない状況だからだ。そんなシャルロットの言葉はレベッカに簡単に染みこむ。
「う、うん……そうね……分かったわ。お母さんと付いて行く」
「ありがとう。マザーとシスターさんにお話ししてくるから、シャルロットちゃんとお別れの挨拶をしておいてね」
「うん」
ダイアナが、マザー・ユキムラとリーシェルの元に向かっている間に、レベッカはシャルロットの方を向く。
「シャルロット。私、シャルロットに酷い事ばかり言っていたわ。改めてごめんなさい……でもね、ずっとシャルロットと仲良くなりたかったの。だから、この一週間楽しかったわ」
「うん。私も楽しかったよ」
「私、絶対に学園都市に行くから。だから、その時に会いましょう」
「そうだね。レベッカなら行けるだろうし。次に会う時はセントレアだね」
「ええ。約束よ?」
「うん。約束」
シャルロットとレベッカは、互いに学園都市セントレアで会う事を約束した。それは二人ともそれだけの学力を持っているという事を知っているからこそ出来る約束だった。
二人が約束したところで、ダイアナを連れてマザー・ユキムラとリーシェルが入ってくる。
「話は聞いたわ。少し寂しくはなるけれど、向こうでも元気でね」
「はい。お世話になりました」
「シャルロットと仲良くしてくれてありがとうねぇ」
「本当にお世話になりました。このご恩は忘れません」
リーシェルとマザー・ユキムラに挨拶をしてから、レベッカはシャルロットに抱きつく。
「またね!」
「うん。またね」
レベッカはダイアナに連れられて教会を去って行く。シャルロットはその背中を見送っていった。そんなシャルロットの頭をリーシェルが優しく撫でる。
「泣いても良いのよ?」
「ん? 別に泣く必要もないでしょ。本当に泣くのは永遠の別れの時で良いよ」
「全く子供じゃないんだから」
「子供じゃないも~ん」
どう考えても子供っぽい口調で反論してくるシャルロットにリーシェルは呆れたように息を吐く。
「本当に魔王だったのか怪しくなってくるわ……」
「失礼な。身体が戻ったら、私の肉体美を見せつけてあげるよ」
「はいはい。そんな事言ってないで、勉強してらっしゃい。ようやく科学を理解してきたのだから、今の内に詰め込んでおくのよ」
「は~い」
シャルロットとリーシェルの関係は、シャルロットの秘密を知っても一切変わらない。姉と妹のような関係のままだった。これはシャルロットが、ほぼ素で過ごしていた事に他ならない。リーシェルは、普段と何も変わらないシャルロットに安心感を覚えている。なので、リーシェルの方も何も変わらずに接する事に決めていた。
レベッカと別れたシャルロットは普段通りの生活に戻る。その中に寂しさはあれど悲しみはない。また会うという約束をしたのだから、悲しむ必要などなかった。
必要なのは約束を守るための学力だけだ。