怪しい影
リーシェルとお風呂に入ったシャルロットとレベッカは、シャルロットの部屋に戻ってベッドに腰を掛けていた。
「さてと、私のベッドもそこまで大きくないから、ほぼほぼ寄り添って寝る事になるけど良いよね?」
「も、勿論よ!」
そう返事をするレベッカの顔は林檎のように赤かった。それを見たシャルロットはレベッカの内心を察する。
「そんな付き合いたての恋人みたいな反応されても困るんだけど。私の事好きなの?」
シャルロットがド直球に訊くと、レベッカは分かり易く目を泳がせていた。そして、頬はしっかりと真っ赤に染まっていた。
「もしかして、私にしつこく話し掛けてきてたのって、友達になりたいとか以前に好きだったから?」
シャルロットの全く気を遣っていない確認に、レベッカは顔を林檎以上に真っ赤にさせていき、頭から蒸気を発しながらベッドに倒れ込んだ。
(おっ……ちょっといじめ過ぎたか。あの父親の悪い教育のせいもあるけど、もう少し素直になれば良いのに。まぁ、子供っぽくて可愛いけど)
レベッカの本当の気持ちを理解出来ているシャルロットは、既にレベッカに対する嫌いだという気持ちはなくなっていた。だからと言って、好きという訳でもない。さすがに、そこまで極端ではなかった。だが、ただただ素直じゃないだけだと分かると、そこが可愛い部分だと思うようになっていた。
「まぁ、いいや。さっさと寝ないとリーシェルが見回りに来るから寝ちゃおう。大分疲れたし」
シャルロットはそう言って、レベッカの身体を枕の方に持っていき、その横に転がって掛け布団を二人で被る。レベッカは、自分が簡単に運ばれた事に驚いて目を大きく開いていた。
「シャルロットって、本当に力持ちよね?」
「いや、魔力使ってるだけだから。素の力で人間一人持ち上げられるような馬鹿力をしてる訳ないでしょ。重い物を持ち上げるときは癖で使っちゃうんだよ」
「つまり……私が重いって事?」
レベッカはジト目でシャルロットを見る。それに対してシャルロットは困ったような表情になる。
「いや、人間は普通に重いから。十歳の子供なんて三十キロくらいあるんだから。それにレベッカは軽い方だよ」
シャルロットがそう言うと、レベッカは嬉しそうに微笑む。
(小さくても女性か……昔も体重に関しては男性よりも女性の方が気にしてる事が多かったし。そこは魔族も人間も変わらないんだなぁ。私は気にした事なかったけど)
シャルロットは、そんな事を思いながらレベッカの頭を撫でる。それだけで、レベッカは、自分が子供扱いされている事に気付く。
「子供扱いしないで欲しいわ」
「子供でしょ?」
「シャルロットも同じじゃない」
「私は中身が千以上あるからね。見た目は子供でも中身は大人なの」
「千……言動は子供なのにね」
「…………」
レベッカのツッコミに、シャルロットは完全に固まった。マザーやリーシェルなどの肉体的大人に対して、自分が子供っぽい言動をしている事に自覚はあったからだ。
「別に……肉体に精神が引っ張られてるだけだし……」
「それって良い事なのかしら?」
「……うるさいよ」
シャルロットはそう言いながら、レベッカの身体を自分の方に引き寄せる。その理由はレベッカがベッドの端の方にいたからだ。レベッカは、シャルロットの顔が近づいたので一気に顔を真っ赤にする。
(私の顔が好きなのかな? 子供なのに顔好きか……いや、子供だから? まぁ、そこは関係ないか)
レベッカを落とさないように腰に手を回したシャルロットは、そのまま目を閉じる。レベッカは、シャルロットの整った顔を見て、少し戸惑っていたが同じように目を閉じた。
(うぅ……シャルロットの顔って何でこんなに綺麗なの……それに初代魔王で千歳以上って……シャルロットの周りは年上が多いから、頑張ってお姉さんっぽく話すようにしてるのにぃ……!)
レベッカがそんな事を思っていると、シャルロットが更に抱きついてきたのでレベッカは内心戸惑っていた。心臓の鼓動が早くなっていくのが自身でも分かる程に緊張していた。
(レベッカの心臓うるさ……リーシェルがいかに私を妹だと思っているか分かるなぁ)
シャルロットがそんな事を思っていると、扉が開く音が聞こえてくる。それはリーシェルがちゃんと眠っているか見回りに来た音だった。
(……何か仲良いわね。まぁ、家庭の事情が原因でシャルロットが嫌う原因が出来たみたいだし、そこら辺の事情が分かればこうなるのかしら。まぁ十歳だし、変な事はしないで……)
リーシェルはそこまで考えて、シャルロットが初代魔王の魂を持っているという事を思い出す。
(まぁ、私の寝ている時に一度もなかったから大丈夫か。子供好きなわけでもなさそうだし)
そう判断したリーシェルは、扉を閉めて自分の部屋に戻っていった。
そんなこんなで段々と押し寄せてくる睡魔に抗うことは出来ず、レベッカは眠りに就いた。状況が状況だったので、レベッカが夜に泣いてしまう事も考えていたシャルロットは内心安堵していた。ただそれはまだ状況を全て把握出来ていないからという可能性もある。一切油断は出来ない。
(ん? 何?)
シャルロットは教会周辺に薄く広げていた魔素に人の形をした何かが入ってくるのを感じた。今日の事があって、念のために警戒していたのだ。シャルロットはレベッカを起こさないようにベッドから抜けて窓の傍に移動する。
(反対方向だから確認は出来ない。外に出るか)
窓から外に出たシャルロットは空を飛んで、感知した人間がいる場所を見る。そこには、黒ずくめの人間が三人立っていた。加えて他にも人間を感知する。
(もう一人いる……少し離れた場所だ。でも、一体何を……)
教会の近くにある林の中で何をしているのかと思っていると、そこに火が点いた。
(そういう事か……)
それだけで目的を察したシャルロットは、即座に不審者四人の身体を魔素で拘束する。
「な、何だ!?」
「か、身体が動かないぞ!?」
「ま、ま、まさか……これが魔素なんじゃ……」
そんな事を言っている三人組の前にシャルロットが着地する。シャルロットの情報を知っていた三人組は、その姿を見ただけで張り詰めた空気になる。
「その火。何をしようとしていたのか。聞かせて貰える?」
シャルロットはそう言って、全身から魔力を放出する。人間として異常な量の魔力を持っているため、身体から吹き荒れる魔力は、そのまま威圧感に変換されて三人の人間達を恐怖のどん底に陥れる。
「あ……あ……」
三人は声も出す事が出来なくなっていた。そのまま尻餅を付こうにも魔素に拘束されて身体を一歩たりとも動かす事が出来ない。
誰も答えないので、シャルロットは、離れた場所にいたもう一人の人間を連れてくる。それはレベッカを誘拐した犯人の一人だった。
「く……くそが……」
「はぁ……レベッカの誘拐が失敗したからって、今度は教会を燃やそうと考えたの? そんな事して何になるっていうの?」
「うるせぇ! お前が邪魔さえしなければ!!」
「その復讐?」
「ああ! お前のせいで人生のやり直しが台無しなんだよ!!」
そう喚く男に、シャルロットは冷え切った視線を向ける。それを受けた男が全身に刃物を刺されたのではと錯覚した。それほどまでに鋭い殺気を向けられたのだ。経験のない殺気に、頭から血が落ちていくような感覚を覚える。夏場だというのに、その時ばかりは冬を思わせるような寒さを錯覚していた。
「自分がやろうとしている事が理解出来てない愚か者か。あの場所には、マザーとリーシェルもいる。関係のない人を巻き込むつもりだったの?」
「全部お前達が悪いんだろうが! 俺達の邪魔をしなければ! っ!?」
喚く男をシャルロットが引っぱたく。少女が放つビンタとしては異常な強さを持っており、男は自分が何をされたのか理解出来ていなかった。
「自らの愚かな行いを恥じろ。お前達がやろうとしている事は、お前達がされた事よりも最悪な事だと理解しろ。自分の思い通りにならないから相手を脅して言う事を聞かせようとする? 自分の邪魔をされたから殺す? そんな愚かな行いを繰り返すから必要のない殺戮をも繰り返す。お前達の理論をお前達に当て嵌めよう。お前達は私の家族を殺そうとした。なら、その恨みをお前達に向けても良いという事になる」
シャルロットは手のひらを上に向けて広げる。それだけで、四人を縛る魔素が少しだけ強まる。身体を圧迫される感覚は、そのまま四人の恐怖心へと変わる。
「ま……待って……」
「何を? お前達はあそこに住む人全員を殺そうとしていた。それなら殺されても文句は言えないだろう? 他ならぬお前達がそうしているのだから」
「い、嫌だ……死にたくない……」
三人組の男達はそれぞれ泣いて許しを請う。三人とも失禁しており、恐怖を抱いている事がよく分かる。死への恐怖は、自分達を保身へと走らせる。それが故に口にする事は謝罪と言い訳のみだ。
だが、主犯の一人はまだシャルロットを睨んでいた。
「お前達がしようとしている復讐は子供の癇癪と同じだ。一時の感情の爆発であり、やったとしても大して意味のない事だ」
「何だと!? ガキに何が分かる!」
「ガキを誘拐してどうにかさせようとする事、そしてガキを殺そうとする事が復讐と考えている時点でガキだと言っている!」
シャルロットの剣幕に男は気圧される。
「お前達の復讐は、一時的に金を手に入れるだけで済むのか? そのお金がなくなったらどうする? また同じく脅せば良いとでも? 恒久的に脅すための材料がない限りそんなものは成立しない。毎回綱渡りでもするつもりか? 現実的じゃないな。
お前達がやるべき事は、自分達をその状況に陥った原因である市議の政策などへの反対を訴える事。そうして仲間を増やしていく事で、市議を引きずり落とす事が出来るかもしれない。
お前達がやろうとしていた事は、過激で極端な選択だよ。そもそも真面目に次に仕事を探せば良いでしょ? 探したの? 市議の政策のせいにして何もしなかったんじゃないの?」
シャルロットの言葉に男は何も言えなくなっていた。何もしていなかった訳では無いが、そのほとんどが事実だったからだ。自分達を貶めたギルランダーが悪い。そんな自分達を助けない他の人々もクズだと認識して、全てを周りの責任にしていたのだ。
「誘拐と殺人。それが本当に正しいのか。もう一度考えてみたら? 自分がやるべきだった事を今一度振り返りなよ。そうすれば見えてくるものもあるんじゃない?」
シャルロットはそう言って魔素による拘束を解く。
「ひ……ひぃ~!!」
三人組は拘束が解けたと同時に逃げ出した。主犯の男は地面にへたり込む。
「私は、この世界に残るクズの遺志を消し去るために復讐する。その中には大きく広がっている格差を狭める事も含めてる。その格差が広がった理由も恐らくは、そのクズの行為が根底にあると思うから。でも、それは人を殺す事では成り立たない。そんな事をすれば、恐怖による支配でしかなくなるから。自分達を叩き落とした人に復讐するなら、自分の未来も考えて復讐しなよ。こんな短絡的で衝動的なものじゃなくてさ」
シャルロットは最後に火の点いた松明を魔素で砕いてから、空を飛んで教会に戻っていった。それを呆然と見送った男は地面を叩く。
「くそ……」
そう呟いて、男は教会に背を向けた。
そんなシャルロット達の様子を教会の窓からマザー・ユキムラが微笑みながら見ていた。