過去の告白
少しだけお茶を飲んでからシャルロットは、自身の秘密について告白していく。それも直球に本題から入っていった。
「マザーにも聞いて欲しいんだけど……私ね……初代魔王の生まれ変わり……というか、魂が初代魔王のものなの。魔素が使えるのも恐らく魂由来のもの。その時の記憶は残ってるし、人格も初代魔王のものなの」
「そうなのねぇ」
マザー・ユキムラは、お茶飲みながら平然と返事をしていく。それを見たシャルロットは少しだけ困っていた。
「いや、冗談とかじゃないからね!?」
マザー・ユキムラがいつもの調子で返事をするので、冗談判定されていると思ったシャルロットは、マザー・ユキムラに事実だという事を再度伝える。すると、マザー・ユキムラは優しく微笑んだ。
「ええ。でも、シャルロッとはシャルロットだから。魔王の生まれ変わりでも良いのよ?」
「いや、別に後ろめたさがある訳でもないんだけど……まぁ、黙っていたのは悪いかなと思ってたけど……」
「まぁ、普段のシャルを見てたら、信じられなくはないものね。変な事に詳しかったり、特に苦も無く魔素を操っていたり、魔法への知識が深かったり。空も飛ぶ訳だし」
「えぇ~……割と重大発表みたいな感じだったのに……」
リーシェルにすら全てを受け入れられたシャルロットは、思っていた反応と違ったので、完全に調子を崩されていた。
「初代魔王って事は、この人間と魔族の争いの発端を知っているのかしら?」
リーシェルは、興味本位で訊く。人間と魔族の争いは、魔王が出て来る度に起こっているが、そもそもの発端に関しては詳しい情報はない。世間に広がっている情報は、リーシェルから見ても、かなり人間側に寄った面でしかないように思える程だった。
「発端? 人間のクソゴミ国王が魔族を排斥しようとしたからだけど。こっちは何度も書簡で和平交渉を申し出たのに、全て無視して一方的な敵視で襲い掛かってきたの」
「直接会いに行くのは駄目だったの?」
レベッカの質問にシャルロットは苦笑いする。いかにも子供っぽい考えと同時に平和な思考をしていたからだ。そんな平和な心を持っているレベッカに内心嬉しさも感じていた。
「私は後から生まれている魔王達よりも、格が一つどころか十以上は上だと思う。会ったことないから分からないけど、記録の一部を見る限りだと、あんな好戦的で被害があまり出ていないっぽいから。まぁ、そんな魔族の中でも最強の戦力が、戦時下に突然首都に来たらどう思う?」
「まず首都を落としに来たと思われるわね」
リーシェルの言葉に、シャルロットは頷く。敵対している中で最大戦力が首都にくれば、首都を陥落させようとしていると思われても全く不思議ではない。そしてそうなれば、平和から遠のく。それが分かっているからこそ、シャルロットは書簡を送りつける事でやり取りをしようとしていたのだ。全て無駄でしかなかったが。
「私一人でも首都を落とす事は可能だったから、それは絶対に避けないといけなかったの。私は戦争に勝ちたいとかじゃなくて、和平を結んで元の暮らしに戻りたかったから。まぁ、過激派はいたから戦争は激しさを保たれていたんだけどね。街に攻められていた時は、私も出向いて争いを止めるために動いてたけど……まぁ、結果はね」
シャルロットは、遠い目をしながら答える。自分が敗れた時の事を思い出していたからだ。
「シャルロットは、平和が好きだったのね」
マザー・ユキムラはシャルロットの頭を撫でながらそう言う。シャルロットは、嬉しい気持ちと若干複雑な気持ちが混在したような表情になっていた。
「そりゃあ、最初は平和な時代に生きてたし。魔族と人間が仲良く暮らしてた時は、本当に楽しかったの。魔物って脅威も協力して対処してたし。そんな時代を取り戻したかった。犯罪者の中には魔族もいたけど、人間も普通にいたし……本当に大きな問題とかはなかったから、急に排斥運動を始めて、今度は排除するってなって、本当に意味が分からなかった……平和な時代を維持すれば、何も問題なかったのに……」
「そうなのねぇ」
「だから、平和を壊した奴等に復讐する事したの」
「復讐?」
不穏な言葉にリーシェルは眉を寄せる。復讐という言葉自体が危ない事という認識があるからだ。それに対してシャルロットは安心させるように微笑む。
「うん。本当はあの愚王を殺すつもりだったけど……もう死んでるから、この世の中を壊す事にしたんだ。あいつが作った世の中を壊して元の状態に戻せたら、復讐になるでしょ?」
「そう……ね」
リーシェルは、一瞬復讐になるのかと考えたが、シャルロットがそう思うのならそれで良いだろうと納得した。結局は本人がそれで納得出来るかが問題なのだから。
「でも、首都を落とせる程強いのに勇者に負けちゃったの?」
レベッカの子供らしい疑問は、リーシェルも思っていた事なのでジッとシャルロットを見ていた。ド直球な疑問に、シャルロットは若干傷付いていた。
「ああ……まぁ、聖剣なんていう悍ましいものがあったからね」
「悍ましい……でも、そっか。魔族からしたら恐ろしいものだものね」
レベッカも聖剣に関しては、御伽噺などから聞いて知っている。ただ、その認識は魔族に対して強い剣というものだけだった。
「まぁ、確かに魔素を斬られるのは恐ろしいけど……それが悍ましいって事じゃないよ。レベッカは、あれがどうやって作られているか知らないでしょ?」
「え? 特殊な武器を聖女様のお祈りで清める事で作られるって聞いたけど……お話でも聖女様が祈って出来ていた気がするし……」
「まぁ、今の聖剣はどうか知らないけど。当時の聖剣は、そんな奇跡の詰め合わせみたいなものじゃないよ」
「そうなの?」
首を傾げるレベッカに対して、シャルロットは悲痛そうな表情をしながらも、自嘲するかのように笑う。
「あれの元々の素材は魔族の死体だよ」
「え……?」
これにはレベッカやリーシェルだけでなく、マザー・ユキムラも驚愕していた。そんな中で、やはり自嘲気味に笑いながらシャルロットは続ける。
「融けた鉄に魔族の死体を入れる事で、鉄に魔素を含ませるの。そこに聖女とかいう意味の分からない存在が、祈りを捧げる事で、ただ魔素を纏っている剣から魔素を断ち切る剣に変わった。それが聖剣。
魔素が斬れるのは、内部に魔素を保有していて魔素そのものに干渉出来るようになっているから。魔素を操って戦う事が多い魔族や魔素を纏っている魔物相手には、とても良い物だね。因みに、魔物を素材にしても魔素は宿らない。そもそも魔族と魔物じゃ魔素の量が段違いだから」
誰も考えもしなかった聖剣の真実。それを聞いたリーシェル、マザー・ユキムラ、レベッカは悲痛な面持ちだった。魔族への嫌悪感が薄れている現代。魔族の死体を剣に利用するという行為そのものが、悍ましいものだという事が良く理解出来てしまったのだ。
シャルロットは、そんな悍ましいものを作られてしまった。多くの魔族達が犠牲になってしまったのも自分の責任。そう考えてしまえば、自嘲してしまうのもある意味では当然だろう。
「どこでそんなものを考えたのか分からないけど、完全に私を殺す事を考えた武器だよ。私の強さは異常な魔力量と魔素量だから。魔素が通用しなくなれば、後は超強い魔法使いと変わらな……いや、普通に物理でも戦えるから、魔法が使える超強い武闘家? まぁ、最後には聖剣で斬られて胸を刺されたんだけどね。あの聖剣は魔法も斬るし……って、あれは、あっちの技量か……」
最後の言葉でシャルロットは、少し遠い目をしていた。最後の戦い。あの時に自身の魔法が斬られる光景を見ている。だが、それが聖剣によるものとは思えなかった。
「シャルロットは、勇者を恨んでないの?」
レベッカは、少し懐かしむような雰囲気さえ感じさせるシャルロットを見て、初代勇者への恨みはないのかと疑問を抱いた。国王や聖剣への恨みを持っている中で、勇者に対して恨みを持っている様子が見えないため疑問を抱くのは当たり前だった。
「勇者? ああ……」
シャルロットは、勇者と言われて一瞬聖剣の所有者が思い浮かばなかった。だが、すぐに自分と戦った聖剣の所有者が勇者と呼ばれた事を思い出して、レベッカが気になっている事がどういう事なのか理解した。
「うん。あれは恨んでないかな」
シャルロットは真っ直ぐと前を向きながら答えた。その表情に嘘はない。そして、その心にも嘘はない。
「どうして?」
「ん? う~ん……」
シャルロットは、最後に見た初代勇者の顔と聞いた言葉を思い出す。そして、片目を閉じて唇に人差し指を当てた。
「内緒」
そう言うシャルロットにレベッカは追及しようと思ったが、シャルロットが話したくないというのなら、無理矢理聞くのは違うと考えて引いた。
それを見たシャルロットは改めて前を向く。
「取り敢えず、これが私の隠していた事。初代魔王とかあまり言いふらすと頭のおかしな人間だと思われるだろうし、信じられたら信じられたで何をされるか分からないから、誰にも言えなかったの」
「そんな事があれば、人間を信じられなくなっても仕方ないわ。今、シャルロットが私達を信用して話してくれた事。それが嬉しいわ」
マザー・ユキムラは、シャルロットの頭を優しく撫でながらそう言う。すぐに話されなかった事に対して寂しいという気持ちはあるが、シャルロットの過去を考えれば仕方ない事だったと割り切れる。そういうものだった。
「うん。それでね。私、中央大陸に行って、自分の身体を取り戻したいんだよね。今の私の身体だと使える魔力と魔素が少ないから。魔族とも話し合って、しっかりと掌握しないといけないし、今の制度や格差も解決したいの。皆が平和に暮らせるようにするには、それくらいするしかないから」
ここでシャルロットは、中央大陸のセントレアに行きたいと言い出した理由まで話す。このタイミングであれば、その理由も説明しやすいからだった。
この話を聞いて、リーシェルは一つ疑問が浮かんだ。
「そもそもの話だけど、初代魔王の身体が中央大陸のダンジョンにあるっていうのは本当の事なのかしら?」
「うん。多分ね。あの時私の身体は、ほぼ死んだような状態になっていたの。そこで私は身体を治すために魔素で身体を守る事にしたんだ。ただ聖剣のせいで、魂までも損傷していたから魂も治すために一旦身体と魂を分離させたの。その魂が人間に方に入り込んじゃって、今に至るってわけ。身体の方は、守るために魔素で覆った事もあって、魔素が身体を守るためにダンジョンを作り出したみたい。だから、最奥に私の身体はあるはず」
「そうなのね」
リーシェルは少し考え込む。シャルロットの事情と強さの秘密は理解した。初代魔王であった以上、大抵の事には心配要らないという風にも考えられる。だが、それをシャルロットが危険を冒すのを見過ごす理由にして良いものかという悩みだった。どこまで行っても、リーシェルにとってシャルロットは大切な妹だからだ。
「平和を乱すような人だから、お父さんに反発したの?」
「ううん。あれはレベッカへの当たり方に苛ついたから。私は親だった事はないし、親も早々に死んだけど、父親として、あれはない思う」
「あ、そうなのね……」
シャルロットには深い事情があったのだと思ったレベッカだったが、単純にシャルロットの感情的な話だったので、レベッカは苦笑いしていた。
「シャルロットの秘密はこれで終わり?」
「うん」
「なら、今日はもうおやすみにしましょう。リーシェル、シャルロットとレベッカちゃんをお風呂に入れてあげて」
「はい。マザー」
「シャルロット」
「ん?」
リーシェルがお風呂の準備を始めるので、シャルロットも服を取ってこようと立ち上がった時、マザー・ユキムラに呼び止められる。
「何があっても、ここはシャルロットの家。私はシャルロットのマザーよ」
「……うん。ありがとう」
シャルロットは、満面の笑みでそう言った。それは心の底からの喜びだった。