シャルロットの説教
シャルロットは、銃に怯えるレベッカを強く抱きしめる。
「魔法が使える相手に銃が無力っていうのは、常識的に知ってると思うんだけど?」
銃に対しての知識は図書館から得ているので、シャルロットは平然と返す。
銃弾の威力では、魔法使いが扱える防御魔法の結界を貫く事は出来ない。加えて、魔法で迎撃すれば簡単に消し飛ばす事も出来る。そういう点から銃は魔法使いには通用しないと言われている。
冷静なシャルロットの言葉に、誘拐犯達は一瞬気圧される。だが、相手がまだ子供である事を思い出して、再び強気にシャルロット睨んだ。
「はっ……勉強してるみてぇだな。だが、それは熟練の魔法使いの話だぜ? それに結界を張るには準備が必要なんだろ? そんな準備よりも早く撃てば良い。魔法による迎撃なんて、てめぇみたいなガキが出来るわけもねぇ」
「ここまで来て、私をただのガキとして扱うあなた達に学習能力がないのは分かったよ」
ため息を零しながらそう言ったシャルロットは、真剣な表情になり誘拐犯を見る。
シャルロットから放たれるのは、強い威圧感。それはシャルロットが魔王時代に培ってきた威厳等を示すためのものだ。誘拐犯達はシャルロットの威圧を感じ取って、思わず一歩後退る。
「大人しく銃を下ろして自首しなさい。これ以上の争いは、無益だと理解出来るでしょう? あなた達の目的はある程度予測出来る。レベッカを誘拐して、身代金とかいうのを要求する。恐らくはこの子の親への恨みか、アコニツムの市議会への恨みか。前者の方が可能性は高い。個人の恨みを晴らすのに、子の誘拐は効果的だから。
でも、あなた達の恨みはこの子の親にであって、この子は関係ない。小さな子供に恐怖心を抱かせて、金を貰おうとする。恨みを晴らそうとする。そんな下劣な行為をするなんて、恥を知りなさい。
あなた達がやっている事は、子供以下。大人なら自分の感情を制御して、その恨みを正しく晴らしなさい。少なくともこれは正しくない」
「ああ!? 恨みの正しい晴らし方なんて、これしかねぇだろうが!!」
一人の誘拐犯が脅しのつもりで、シャルロット達を外すように発砲する。だが、素人が故に狙った場所に撃つような腕前はない。銃弾はシャルロットに向かって飛んできていた。
シャルロットは、その銃弾を魔素で作った壁で弾く。
「なっ……!?」
誘拐犯は銃弾が弾かれた事に加えて、自分が人に対して発砲してしまった事に驚いて、身体を大きく震わせていた。誘拐までは出来ても、人を殺すという行為には忌避感を持っていた。自分で決めていた境界を超えてしまったが故に手が震えていた。
「もう一つ弱点があったみたい。魔素を操れる者にも効果はない。魔素で弾けば良いから。勇者が聖剣に固執するのも魔族への効果が薄いと知られているからじゃない? それと、相手を殺す覚悟がないのなら人殺しの道具は使わない方が良い。それはあなたも傷付ける事になる。
もう分かったでしょう? 自首しなさい。自分から罪を告白すれば、いくらか減刑を望めるかもしれない。あなた達はまだ若い。一生を掛けて罪を償うのなら、まだやり直せる余地はある」
「う、うるせぇ!! 俺達にはもう先がねぇんだよ!!」
誘拐犯達は次々に拳銃の引き金を引く。返事は一人しかしていないが、全員が同じ行動を取った事で他の二人も同じように考えている事が分かる。
完全にシャルロット達を狙っているが、飛んでくる銃弾は、全てシャルロットが作っている魔素の壁により弾かれていく。
「な、何なんだよ!? この化物が!」
その言葉にシャルロットが抱きしめているレベッカが肩を揺らした。
「自分が理解出来ないからと他人を化物呼ばわりするのはやめた方が良い。理解出来ないのは、理解する事を諦めているから。互いに歩み寄れば理解出」
「うるせぇ!!」
銃弾を撃ち尽くした誘拐犯達は、車に乗り込んで逃げていった。そのまま車を捕縛する事も出来たが、現状はレベッカの安全を優先しなくてはいけない。そのためシャルロットは車を見送る。
(道は遠いか……)
シャルロットは、逃げていく車のナンバーを覚えてながらそう思っていた。歩み寄りの姿勢を見せて、少しずつ向こうの警戒を解くつもりだったのだが、相手は全てを撥ねのけて逃げてしまった。これでは人間と魔族が手を取り合う未来は、まだ遠いと思わざるを得ない。
その事を残念に思いながら、シャルロットは抱きしめているレベッカを見る。確認したのは殴られた顔だ。
「腫れは引いたかな。取り敢えず、警察に……行って大丈夫かな……色々とやらかしてるし……」
シャルロット自身を撥ね飛ばした車とはいえ、それを高く打ち上げている。下手すれば、あれで死人が出ている可能性があった。さらには、ビルの屋上にも不法侵入をしている。やらかしている事が割と多く、これから自分も警察に捕まる可能性があった。
「自首するか……」
「だ、大丈夫よ! きっと!」
明確に何が大丈夫か言えないレベッカは、そう言うしか出来なかった。
「まぁ、レベッカを助けるためだったから仕方なかったと主張すればいけるかな。問題は、リーシェルか……絶対に叱られる……あっ! そうだ! 自転車! あっ、マザーのお使いも……ふっ……今から震えが止まらない」
実際にシャルロットが震えているのを感じて、レベッカは何と声を掛ければ良いのか分からなくなっていた。レベッカは、何とか話題を変えようと考えていた。
「シャ、シャルロット!」
「ん?」
「助けてくれて……ありがとう。後、親なしとか魔族の子供とか言ってごめんなさい……」
「あ、うん。え? どうしたの急に? 怖いんだけど……」
突然殊勝な態度になるレベッカに対して、シャルロットは若干警戒していた。それはこれまでのレベッカの積み重ねの結果なので、レベッカは少し寂しそうな表情をしながらも拳を握った。
「さっき……あの人達が化物って……私! シャルロットを化物って思ったわけじゃないのよ! シャルロットが魔素を持っているって聞いたから、もしかしたら両親は魔族だったのかもって……そうしたら、両親の事を少しは知る事が出来るのかなって……家に誘ってたのも……私の両親を見せたら……両親がどういう存在なのか分かるかなって……」
レベッカは視線を逸らして地面の方を見ながら口にしていく。レベッカは、シャルロットの事を見る事が出来なかった。その表情を見るのが怖いからだった。
「だから……さっきの言葉を聞いて……本当に不快な……思いをさせ……ちゃっ……て……え、偉そうに……してたのも……ね……市議の子供……なんだから……立場を……理解しなさ……い……って……だから……本当は……っぐ……あぁ~ん……」
レベッカは自責の念とシャルロットへの感謝などでいっぱいいっぱいになり大泣きし始める。それを見たシャルロットは、小さく微笑んでレベッカを抱きしめる。
「うん。私が両親を知らないから、両親がどういう人だったか分かるかもしれないって教えてくれたんだね。両親がどういう存在なのか知らないと思ったから、自分の両親を見せて教えてくれようとしたんだね。うん。私もちょっと誤解してたよ。レベッカは優しい子なんだね。ありがとう」
シャルロットが優しく声を掛けると、レベッカは泣きながらシャルロットにしがみつく。そんなレベッカの頭をシャルロットは優しく撫でる。
(今までの態度は親から自分の子だという自覚を持てと圧を受けていたから。市議の子供が市議になる。昔の大臣的なものかな。勉強した感じ、完全な世襲制じゃないみたいだけど、そういう文化が残っているのも事実。レベッカもそれを押し付けられた……いや、もしかしたら自分の恥にならないように立場を理解しろと言ったのかな。まあ、どちらでもいいや。子供の生き方を縛る。その負の側面がレベッカか。
子供であるが故に両親には逆らえない。どうすれば良いのか分からなくなって、必死に偉そうにしながら遠回しに私のためを思って……それにしては不器用どころの問題じゃないけど、そういうところも抑えつけられた結果なのかな。これから素直になっていけば良いけど)
レベッカの父親は、レベッカに対して市議の子供である以上、その立場を理解して行動しろと言い続けていた。レベッカは、それを自分が上の立場である事を考えて行動し続けろという風に受け取っていた。
それが故に、常に偉そうに上から目線になっていた。だが、それはレベッカの本心ではなかった。だからこそ、シャルロットが冷たい態度を取る度に少しずつ傷付いていた。
その本心では、ずっと仲良くなりたいと思って声を掛けていたのだから……